甘やかな空腹



(※食いしん坊の恋模様 の続き)


「ねー遊び行こーよ」

お店に入って開口一番、オレが言うとなまえちんは目を丸くした。


「えっと、今日も唐突ですね、紫原くん」

戸惑ったようなその言葉にオレはむっとする。


「紫原って呼ぶのやめろっていつも言ってんじゃん」
「え、でもまぁお客さんですし」
「じゃあコイビトになったら名前で呼んでくれるわけ?」
「たぶん……」
「じゃあなって。今すぐ。はい」
「そんな、急にはムリですってば……!」


困った顔を見せるなまえちんにイライラする。
何でオレの告白受け入れてくれないわけ?
むかつく。


あ、でもそうだ、今日のオレはいつもと少し違うんだった。

なまえちんが彼女になってくれないって室ちんに愚痴ったら、モテまくりな室ちんが知恵を授けてくれたから。

曰わく、恋人になるにはまず距離を縮めた方がいいんだって。
だからオレは、財布の中から秘密兵器を取り出した。


「あんねー、映画の券が2枚あるんだけど。一緒行こうよ」


室ちんからもらった券を差し出しながらそう言うオレに、なまえちんは目をぱちぱちさせた。
やっぱ何かこういう動物いた気がするけど、思い出せない。
フェレット? いや、ちょっと違う気がする。分かんない。


「映画、ですか?」
「そう、映画。デートしよーよ、オレと」
「へっ…………」


デート、という単語になまえちんはほんのりほっぺを赤くした。

なまえちんのほっぺって、ふくふくしててすべすべでホント美味しそう。
さらに今はそれがピンク色だから、余計美味しそうに見える。
でもあんまり舐めたりかじったりしたらなまえちん怒るから、今は我慢することにした。


「なまえちん終わるの何時?」
「あ、もうすぐ終わりです」
「このあとヒマ?」
「予定はないです」
「じゃあ待っとくから、終わったら行こーよ」
「ええと…………分かりました」


なまえちんは困ったように眉を八の字に下げながらも、とりあえずは頷いてくれた。
オレはそのことに満足する。


「んじゃ、オレ外いるから」
「あ、待って」

オレみたいなデカいのが店内にいたらジャマだろうからと外に出ようとすると、なまえちんに引き止められた。
何、と振り返ると。


「これ、どうぞ」

そう言ってなまえちんが差し出したのは、タッパー。
嬉しくて思わず、わあ、と声をあげてしまった。
何の色気もない地味なタッパーだけど、オレにはそれがキラキラした宝物に見える。


「中身は?」
「アップルパイです。リンゴ大丈夫?」
「ちょー好き。ありがとー、なまえちんもちょー好き」
「リンゴと並べられても……」


そう苦笑するなまえちんに、タッパーを受け取りながら「リンゴより好きだよ」と言うとなまえちんがリンゴみたいになった。

うん、やっぱリンゴよりなまえちんの方が美味しそう。
そう思いながらオレは店の外に出た。


店の裏手、できるだけ人目につかないところでオレはしゃがみ込む。(前に入り口んとこで座ったらなまえちんが怒ったから)

わくわくしながらタッパーを開けた瞬間、リンゴの甘い匂いがふわりと香った。
こんがりとキツネ色に焼けたパイに、つやつやした飴色のリンゴ。
一口サイズのちっちゃいパイは見てるだけでよだれが出てくる。

「いただきまーす」

こそりと呟いて、まずはひとつ、口に放り込んだ。
口の中がリンゴの味と香りでいっぱいになる。
さくさくしたパイの食感と、リンゴのしっとりした甘みとの相性が完璧だ。
美味しすぎて、幸せ。


なまえちんはときどきこうやってオレのために、お菓子やおつまみを作ってきてくれるようになった。
ねだり続けたオレの粘り勝ちだ。
なまえちんの作るものはどれも美味しくてオレ好みな味。
もうオレ、なまえちん以外が作るアップルパイ食べれない気がする。


そんな美味しいパイがなくなっちゃうのが勿体無くて、いつものオレからは考えられないくらいのスピードでゆっくりゆっくり食べる。

ああ、ホントになまえちん早くオレのカノジョになってくれないかなぁ。
そしたら毎日でもこんなのが食べられるんだろうなぁ。
そんなの夢みたいだ。幸せすぎる。


とうとう最後のひとつになってしまったパイを口に入れて、噛みしめるようにもぐもぐしていると、後ろから声をかけられた。


「紫原くん」
「んっ、」

待ち望んでいた声に、オレは驚いたのと嬉しいのとで口の中のものをごくりと呑みこんでしまった。
思わず、あー、と声をあげる。

「飲み込んじゃった」
「何をですか?」
「パイ。もっと食べてたかったのに」

オレが言うと、なまえちんは一瞬目を丸くしたけど、すぐにクスクス笑いだした。

「そんなに気に入ったんですか?」
「うん。ちょー美味かった。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」


なまえちんは嬉しそうだ。
美味しいって言ってもらえたらやっぱ嬉しいんだろうな。
もっともっと、言ってあげたくなる。
ていうか、もっともっと言いたい。


「…………ねー、やっぱ映画は今度にしていい?」
「は?」


オレが唐突に言うと、なまえちんはきょとんとした。
やっぱこの目丸くしたときの顔、なんかに似てるんだよなー。
ハムスターかな? うん、だいぶ近づいた気がする。


「オレさぁ、お腹空いた」
「え? さっきアップルパイ食べたじゃないですか」
「うん、美味しかった。だからもっといっぱい美味しいの食べたい。
オレんち来てよ。ご飯作って」
「ええ?」

ただでさえクリクリの目をさらに丸くさせるなまえちんの手を、オレはそっと握った。
間違っても潰しちゃったりしないように、そっと。
美味しいものを次から次へと生み出すなまえちんの魔法の手だ。大切にしなきゃ。


「なんか前もこんなことなかったっけ……」
「いーじゃん。ね、お願い。映画は今度。ご飯作って、美味しいやつ」

促すように軽く腕を引くと、なまえちんはしばらく困ったように眉を下げて、そしてついにため息をついた。

「はぁ……………何が食べたいんですか?」
「やったぁ、なまえちん大好き」

言いながら、何が食べたいかなーって考える。
一番美味しいものがいいな。
何が一番美味しいかな。


「あ」
「何ですか?」
「あー………………んーん、やっぱ肉じゃがでいい。肉いっぱいのが食べたい」
「肉じゃがでいい、って、何でちょっと妥協気味なんですか」

オレの言葉になまえちんはクスリと笑う。
「一番食べたいのは何なんです? 私にできるものなら作りますよ」


そう言ってくれたのは嬉しい。
でも、オレは首を横に振る。

「いいの。肉じゃがでいい。人参少なめの肉じゃが食べたい」


だって、言ったらたぶん怒るもん。
なまえちん食べたい、なんて。
一番美味しいのは絶対なまえちんだけど、室ちんが「コイビトになるまではそういうことしちゃダメ」って言ってたから、肉じゃがでガマンするんだ。


オレがぎゅっと唇を結んでいたらなまえちんは、ふぅと息を吐き出した。

「りょーかいしました。でも人参も食べなきゃですよ。美味しく作るから、人参も食べてください」
「ん、期待してる」


なまえちんの言葉に、オレは大人しく頷いた。
あー、なまえちん早くコイビトになってくれないかなぁ。



(美味しそうなのから美味しいのができるって不思議だよね)
(何の話ですか? お料理?)
(んーん、なまえちんって不思議だなって)


*きーりさまリクエスト作品。
食欲全開の紫原くんです。


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