可愛いアヒルの子



(※ReplaceUネタあり)



「醜いアヒルの子……?」
「そんな、なまえっちが!? ウソでしょ、ありえねっス!!」


赤司くんが眉をひそめた。
その隣で黄瀬くんがキャンキャンと騒ぎ始める。
私はこの話題を出したことを瞬時に後悔した。


きっかけは何でもない、帝光祭の話。
黄瀬くんのクラスがすごいことをやるらしいとか、桃ちゃんのクラスが大変なことになりそうとか、そんな他愛もない話から、私のクラスは何をやるのかという話になって今に至る。

私のクラスは、運よく舞台発表権を勝ち取れたので、定番の演劇だ。
脚本はクラスの中心的女子が書いて、それを元に今日キャストを決めた。
そしたらなんと、クラスの女子の圧倒的な支持を受けて私が主人公になってしまったのだ。

そして肝心の劇の内容はというと。


「アヒルの中に一羽だけ生まれた醜い子が、周りの兄弟の羽根で着飾ろうとするけど、結局綺麗な姿にはなれない喜劇、っスか。ありえねー!」

「その脚本を書いた女子は"醜いアヒルの子"を読んだことはあるのか? オレの知ってる話とはだいぶ違うんだが」

「たぶん、ないんじゃないかなぁ……。あの人、本読むイメージないし」


私の知ってる"醜いアヒルの子"は、真っ白なアヒルの中に一羽だけ混じった醜い灰色の雛が実は白鳥の雛で、成長したら美しい白鳥になって飛び立っていくという話だ。

おそらく脚本を書いた子は、「醜い」という単語が入っているからこの物語をモチーフに選び、ろくに元の話を読みもせずこの脚本を書いたのだろう。
でもタイトルだけでここまで想像して一冊の脚本が書けるなんて逆にすごいと思う。
彼女の文才を活かす方向が少々ねじまがっていることだけが残念でならない。



「なまえっち、なまえっちは醜くなんかねーっスよ! めっちゃ可愛い! 超好き!」
「はいはい、うるさい黄瀬くん」

グイグイと身を乗り出してくる黄瀬くんの額をべしっと叩いて、私はため息をつく。

私に醜いアヒル役が回ってきたのは、おそらくこいつのこういう言動も一役買っていると思うのだが。
ただでさえイケメン揃いのバスケ部のマネージャーは濡れ衣に近い妬みを買いやすい。
その上、イケメンモデルの黄瀬くんが尻尾を振って飛びついてくるのだから、妬むなという方が不可能だ。


「言っとくけど、役については別に文句ないよ、私。だって劇の役者に入っとけば、大道具とかの準備しなくていいじゃん」

「あー、なまえっち美術とか苦手っスもんね」

「それもあるけど。劇の練習より道具の準備の方が時間とられちゃうじゃん。部活いけないのはヤダ」

「さすがなまえっち! マネージャーの鏡! 可愛い!」

「うるさい黄瀬くん」


また隙あらばグイグイと身を乗り出してくる黄瀬くんにデコピン。
こんなイケメンに可愛いと言われても、微塵も心が動かない自分の慣れ様に驚きつつも、ふと黙ったままの赤司くんが気になってチラリとそちらを見てみると、何か考え込んでいた。



「赤司くん、どうかした?」
「いや、何でもない。それよりみょうじ」
「はい?」
「その脚本を書いた女子というのは、なんていう人だったかな」

何の脈絡もなく赤司くんがそう尋ねたが、グイグイと迫ってくる黄瀬くんにデコピンするのに忙しい私は、特に何の疑問も持たずそれに答えた。



***



事件は、帝光祭当日に起きた。


「脚本が変わった……!?」

劇の直前、唐突にもたらされた知らせに辺りは騒然となる。
その知らせを持ってきた、脚本担当および親アヒル役の女子(自分で美しいアヒル役をやるところがこの子のすごいところでもある)は、どこかおどおどとしながら言葉を続ける。


「きっ、昨日、もっといい話を思いついちゃって。は、話の大筋は、変わってないから、セリフは大体前の脚本どおりでいいわよ。変更が、あ、あるところはカンペを出してもらうから、心配しないで。あと衣装も変更があるから」


何だそれ、とか、動きはどうするんだ、とか唐突で勝手な変更にブーイングが飛ぶ中、私はその女子をじっと見つめる。
何だか様子がおかしい。

彼女はもっと高慢で、勝手に変更するならもっと偉そうに宣言しそうなものなのだが。
今は必死に高慢に見せようと演技しているようにしか見えない。

しかし何故。
何となく腑におちなくて、彼女の様子をじっと観察していると、ふと彼女と視線があった。

瞬間、あからさまに逸らされる。
でも逸らす寸前、一瞬だけ彼女が怯えたような顔をしたのを見逃さなかった。

そのことに私は戸惑う。
何で、私を見て怯えるんだろう。彼女は私のことを、醜いアヒル役に抜擢するくらい見下していたのに。

こうして考えていても埒があかない。
彼女に直接尋ねてみようと一歩踏み出したときだった。


「もうすぐ始まるからスタンバイしてー!」


タイムキーパーの子がそう叫んで、一気に周りは慌ただしくなる。
彼女の様子は気になったけれど、劇が終わってからでいいやと思って私はスタンバイ位置へと急いだ。



***


「何でこの子だけこんなに醜いのかしら!」

「ほんっとに醜い色! 私たちに近寄らないで。真っ白な私たちの羽根にあなたの汚い灰色が混ざってしまったら大変よ」


劇はつつがなく進行していく。
今のところは変更点はない。


「ああ、私だけ何でこんなに醜いの。私もお姉ちゃんたちみたいな綺麗な羽根がよかった」


言いながら、私は自分の格好を見下ろす。
アヒル役のキャストはみんな、羽根がたくさんくっついた服を着ている。
みんなの衣装は大きくて白い羽根が綺麗に散りばめられていて可愛らしいつくりになっているけれど、醜いアヒル役の私の衣装はボロボロのくすんだ灰色のワンピースに灰色の羽根や藁クズなどが散りばめられていて、とにかくみすぼらしい。
衣装係の人すごいなーと感心しながら、パッと顔を上げる。


「そうだ! 私も、お姉ちゃんたちの羽根を混ぜればもっと綺麗になれるかもしれないわ」

そしてその場に落ちていた白い羽根を拾い、髪にさしてみる。
ボサボサの髪に純白の羽根、あまりにも不釣り合いなその姿が滑稽で、会場にはクスクス笑いが満ちた。
でも醜いアヒルは池の水面に映る自分の姿を見て大喜びする。

「とっても綺麗だわ! もっとたくさんの羽根を集めてみましょう」

そう言って私は舞台袖に走り去る。
第一幕はこれで終わり。
ナレーションが入り、舞台が暗転していく。




ここで私は衣装替えだ。灰色の中に白い羽が不揃いに混ざった、より滑稽な衣装に。
舞台セットの転換をしている間に急いで着替えなければならない。

衣装係の子はどこかと辺りを見回すと。


「なまえっち! こっちっスよ!」
「へ!?」

その聞きなれた声に私はぎょっとして振り向いた。
すると、キラキラしたモデルスマイルで私に手を振っている男が。


「なっ、何してるの黄瀬くん! あなたクラス違うでしょ!?」
「んな細かいこと気にしちゃダメっスよー。はい、これ衣装。着替えてきて」
「えっ!? これ、違うよっ」
「衣装変更あるって、事前に言ってたじゃないっスかー。ちゃんと聞かないとダメっスよ、なまえっち! めっ」
「えっ黄瀬くんキモい、え、何これ、嘘っ」

混乱する私を黄瀬くんは、いいから早く着替えて、と着替え用の衝立の中に押し込む。
何が何だかわけが分からないけれど、時間がないと急かされた私は渡された衣装に急いで着替え始めたのだった。



***



「――――そして季節が変わった。醜いアヒルの子は大きな変貌を遂げていた」


ナレーションのセリフとともに、私は舞台へと足を踏み出す。
その姿に、観客が沸いた。
劇のキャストでさえ呆気にとられている。



「見て、お母さん、お姉ちゃん。私、こんなに綺麗になったよ」


決められたセリフを言って、スカートをちょっとつまみクルリと回ってみせる。

本来ならこのときの衣装は、もっとみすぼらしくなった灰色のワンピースに不似合いな白い羽が散りばめられた不格好なもので、このセリフは滑稽なものだったはずなのだが。

今の私の衣装は、ひざ丈の真っ白な羽根ドレス。
ふんわり膨らんだ袖や、胸元に散りばめられた羽根飾りとキラキラした宝石のようなビーズ。
腰から下は羽根のような大きなレースが幾重にも重なっており、ふわふわしていて可愛い。

そして私のヘアメイクも、そのドレスに負けないくらいの仕上がりになっている。
着替えが終わるなり黄瀬くんが、とても男とは思えない手慣れた手つきで髪をいじり、軽くメイクまでしてくれた。
本人曰く「ヘアメイクさんの真似してみたっス!」ということらしいが、真似してできるなら女の子は誰も苦労しない。


とにかく私は今、自分でもびっくりなくらいお姫様みたいな綺麗な姿になってしまった。
これでは劇が進まない。
だって私は醜いアヒル役なんだから。
さっきのセリフまでは台本どおりでよかったけど、ここから先はカンペを頼りに劇を進めていかなければならない。
なんて行き当たりばったりな計画なんだろうと呆れながら、客席の一番前にあるというカンペを探していると。

客席最前列、ど真ん中に特徴ある赤い髪を発見してぎょっとした。
そしてその手に握られているスケッチブックに。
まさか、嘘でしょ、と思っていると、そのスケッチブックが開かれて達筆な文字が現れる。



『みょうじ、醜いアヒルに歩み寄って別れを告げる』


やっぱりこの人がカンペ係だ!
クラス違うのに何やってるの、と思わず叫びそうになるが、ここが舞台の上だということを思い出してぐっとこらえる。

そしてカンペどおりに動こうとしたけれど、動けなかった。
醜いアヒルって私の役なんだけど、自分に歩み寄るってどういうこと?
困惑していると赤司くんがペラリとページをめくった。


『みょうじ「今まで育ててくれてありがとう、お母さん。私は自分の群れに帰ります。白鳥の群れの中に」』


このセリフと、さっきのカンペ。
この2つを頭の中でくっつけてみて、ようやく私は事態を理解した。

赤司くんは、親アヒルのことを「醜いアヒル」って呼んでるんだ。

「醜い、アヒルの子」ではなく「醜いアヒルの、子」ってことらしい。
そして、私は原作どおり、美しい白鳥姿になって巣を飛び立つことになっているようだ。


同時に、この新しい脚本を書いた人物が赤司くんであることも悟った。
だって脚本係と美しい親アヒル役を兼任している彼女が、自分で自分のことを「醜いアヒル」なんて書き換えるわけがないもん。


いったい何をどうやってそんな横暴を押し通したのか気になるけれど、今最優先すべきのは劇だ。
私は親アヒル役の彼女に歩み寄った。
第一幕では彼女の衣装は美しく見えていたけれど、こんな本格的なドレスと並んでしまっては霞んで見えてしまう。



「今まで育ててくれてありがとう、お母さん。私は自分の群れに帰ります。白鳥の群れの中に」

「あ、あんた私の子じゃなかったのね! アヒルじゃなくて、白鳥だったなんて!」

「ううん、私はお母さんの子だよ。ただお母さんから産まれなかっただけで、私はお母さんの子供」


セリフはカンペをちら見しながら、動作はアドリブで。
次のセリフを見て私はくるりと踵を返して親アヒルに背中を向け、俯いてみせた。


「お母さんが私を育ててくれたおかげで、こんなに綺麗な姿になれたの。お母さんやお姉ちゃんみたいな綺麗な姿に」

そしてまたドレスをちょっとつまみ上げてクルリと回ってみせる。
私、意外とこの動作気に入っているみたい。
だって仕方ない。回るとドレスがひらひらして綺麗なんだもん。
そして親アヒルを見ると、その子の形相に息を呑んだ。


「あんたなんか要らない子なのよ…………!」

言いながら私に掴みかかろうとしてきた。
とても演技とは思えないその迫力に、私は思わず後ずさる。

すると、背中に何かがぶつかった。
客席から黄色い悲鳴が上がるのとほぼ同時に、大きな手が私の肩を抱く。



「ホント、醜いっスねぇ。嫉妬なんて」

頭上から聞こえてきた声に、私は驚いてバッとそちらに顔を向けた。

「黄っ……!」

そこにいた金髪の彼の姿に思わず叫びそうになったが、唇を彼の指に押さえられて声を上げることができなくなった。


「迎えに来たよ、姫」


そのセリフに、キャーッとさらに大きな悲鳴が観客席から上がった。
しかし私は状況が呑み込めず、目を丸くするばかりだ。

舞台袖にいるだけでも謎だったのに、何で舞台の上にまで黄瀬くんがいるの。
ていうか、黄瀬くんの格好。
なんていったらいいのだろう。中世ヨーロッパの将校さんみたいな、すごく派手な格好をしている。
髪型もいつもと違うせいか、いつもの犬みたいな黄瀬くんとは別人のようだ。

状況に困惑して声を失っている私の肩を抱き寄せながら、黄瀬くんは親アヒルに言う。


「オレ、白鳥の王子っス。白鳥の姫を迎えにきました。この子は、オレがもらっていくんで」
「ひゃっ……!?」

その言葉と同時に、私の身体が急に宙に浮いた。
何が起きたか分からず、無意識に近くにあったものを抱きつくと、フッと耳を何かが掠めて私は身をすくませた。


「なまえっち、大胆っスねぇ」

私にしか聞こえないような声でそう囁かれて、私はまた悲鳴を上げそうになった。
私が抱きついてしまったのはなんと、黄瀬くんの首だ。
黄瀬くんにお姫様抱っこをされ、彼の首に腕を回しているという、この状況。
私、明日から学校これないかも、と心の中で呟く。



黄瀬くんはそんな私の心中なんか知る由もなく、私を抱きかかえたまま舞台の中央に歩み出て、少し芝居がかった様子で声を張り上げた。


「ああ、あんなに醜いアヒルから、こんなに美しい白鳥の姫が育つなんて! さあ姫、オレと一緒に白鳥の群れに帰ろう。そしてオレの妻となってください」

あまりにぶっ飛び過ぎているこの状況に目をぱちくりさせるだけの私。
しかし彼のその不自然すぎるくらいに自然な王子さま姿に気おされて、私の唇は自然に言葉を紡いでいた。


「よ、喜んで」

そう言うと、黄瀬くんはパッと嬉しそうな顔をする。


「ああ、美しい姫。まるで夢みたいっス」


言いながら、黄瀬くんの顔が近づいてくる。
まさかと驚きながらもギュッと目をつぶると、額に柔らかく押し当てられる唇。
体育館には割れんばかりの悲鳴が沸き起こった。


そんな悲鳴がまるで聞こえないかのように、涼しい顔で私を抱きかかえたまま舞台袖に向かって歩く黄瀬くん。
完全に舞台を降りてしまうと、すかさずナレーションが入った。


「そうして残されたのは、醜いアヒル。白鳥の王子と遠い空に羽ばたいていった美しい子供をいつまでも、いつまでも見つめていた」


だんだんと暗くなる舞台。
観客席からはパラパラと拍手が起こりはじめ、やがて舞台が真っ暗になると、その拍手は体育館中から沸き起こった。
そうして私たちの劇は幕を閉じた。




「なまえっち! お疲れさまっス! 大成功っスね」

舞台の撤収で袖が騒がしくなる中、黄瀬くんが私にニッコリと笑いかけた。
そのときようやく、私がまだ抱きかかえられたままのことに気づく。


「え、ちょっ、降ろして!」
「うわっ、急に暴れないでっ」

叫びながらじたばたと手足を動かすと、急な抵抗に驚いたらしく私は地面に降ろされる。
そうして彼を見上げたけれども、何から言うべきか。
なかなか言葉を発せずにいる私に、今度は背後から声をかけられた。


「みょうじ、お疲れ様。いい劇だったよ」
「えっ、あ、赤司くん!」
「赤司っちー、オレうまくやったっしょ!」
「ああ。さすがだな、黄瀬。よくやった」

その言葉を聞いて、やはりこれは赤司くんが仕組んだことなのだと理解する。


「あ、赤司くんっ、これ、いったいどういうことなの!?」

何を思ってこんなことをしたのか、それを問い詰めようとしたのだけれど、赤司くんは聞こえたのか聞こえていないのか、私の格好を上から下まで眺めてフッと微笑んだ。


「いいセレクトだ。さすが、黄瀬はセンスがいいな」
「でっしょー? なまえっちのコーディネートさせたらオレに敵う奴はいねーっスよ!」

「ちょっ、何の話をしてるの! 話聞いてよ、赤司くん!」

「黄瀬のその衣装は?」
「ああ、これはクラスの衣装っス。ちょうどいいかなーって思って」
「たしかに、ちょうどいいな。お前は馬鹿みたいに派手な役がよく似合うよ」
「それって褒め言葉? ねぇ赤司っち、それ褒めてる?」

「ちょっと! 二人とも!」


私が声を荒げると、赤司くんがチラリと私に視線を向けた。
しかし、すぐに逸らされる。


「ところで黄瀬……」

そしてまた別の話をしようとする赤司くん。
あまりにあからさますぎるシカトに、カチンときた。


「赤司くんっ」

私は彼に歩み寄って、その頬を両手で挟み込んだ。
そしてグイッと私の方に引き寄せる。
いつもなら恐れ多くてとてもできない大胆な行動だ。


「説明して。どういうことなの?」

しかし今日の私は強気だ。
ひとりだけわけの分からない状況に放り込まれて、腹が立っている。
そのまま彼をじっと睨み上げるけれど、赤司くんは視線を逸らして私の瞳を見ようとしない。


「……別にいいだろう、細かいことは気にするんじゃない」
「細かくない! 脚本変えたのも、衣装変えたのも全部赤司くんの差し金でしょ? 何でこんなことしたの?」
「細かいことは気にするなと言っている。もう劇は終わったんだ、それよりも黒子のクラスに行ってみないか、腹が減った」
「赤司くん」

じっと睨みつけると、ようやく観念したのか、赤司くんがため息をついた。


「……たしかに、脚本を変えさせたのはオレだ。そのことを怒っているなら、謝ろう。すまなかった」

彼の素直な謝罪に面食らいながらも、私は言う。

「別に謝ってほしいわけじゃない。何でこんなことしたの、って聞いてるの」
「それは……」
赤司くんが言いにくそうに、口をつぐんだ。


「はいはーい、じゃあオレが代わりに説明するっス!」
「えっ」

突然、両頬を暖かい掌に包まれた。
ぐいっと引っ張られ黄瀬くんの方を向かされる。
私は赤司くんの頬を挟み、私の頬は黄瀬くんに挟まれ、何だか変な格好だ。


「赤司っちは、なまえっちに醜いアヒルの役をやらせるのがイヤだったんスよ!」
「黄瀬」

赤司くんが鋭く名を呼んだ。
しかし黄瀬くんは構わず楽しそうな様子で続ける。


「オレたちの可愛いなまえっちがそんな風にコケにされるなんて許せなかったんス! だから赤司っちと2人で、衣装用意したりとか脚本変えさせたりとかして……」

「黄瀬!」
「うぐっ」


黄瀬くんがうめき声をあげた。
赤司くんが黄瀬くんの鳩尾に貫き手をいれたらしい。
人体の急所になんて攻撃を、とか、顔は私の方を向いたままなのになんて正確な攻撃、とかいろいろ思うことはあるけれど、とにかく私は慌てる。


「だっ大丈夫!? 黄瀬くんっ」

「なんとか、大丈夫っス…………けど、赤司っち……! 何するんスか!」

「うるさい。お前が余計なことをベラベラと喋るからだ。これだから犬は嫌いだ」

「ちょっ、赤司っち! オレ犬じゃねぇっスって! うっ、ぐ」

「黙れ駄犬」

「ちょっ、赤司くんストップ、それ以上やったら黄瀬くん死んじゃう!」


続けざまに黄瀬くんの鳩尾に2発、貫き手が決まる。
慌てて赤司くんの頬を強く挟み込み、こちらに引き寄せると。
赤司くんの赤い瞳がじっと私を見つめていて、思わず腰が引けた。


「……みょうじ」
「はっ、はい」


何を考えているのか分からない、透明な赤色に私はたじろぐ。
もしかして、怒らせたかもしれない。
冷静になってみたら、私はあの赤司くんになんという無礼を。
怒って当然だ、どうしよう、私なんてことを。


「みょうじ」

赤司くんの手がそっと私の両頬を包んだ。
どうしよう、怒られる。
反射的に肩をすくめ、ぎゅっと目を閉じた瞬間。


私の額を、何か柔らかいものが掠めた。


「あーっ、赤司っちー!」

黄瀬くんの叫び声。
思わず目を開けると、赤司くんの綺麗な顔が思ったより間近にあって慄いた。


「え、今、何を……」

状況が呑み込めなくて、額を押さえてぽかんとする私から離れて、赤司くんはそっぽを向く。
その赤司くんに黄瀬くんは前のめり気味に食いかかった。


「赤司っち何でキスなんかするんスか! ひどい!」
「……お前だってしただろう、黄瀬」
「オレは劇の一環じゃないスか!」
「それが言い訳になるとでも思っているのか。第一そんな指示はオレは出していない。お前の行動はアドリブだろう。オレは言うことを聞かない犬が一番嫌いだ」
「えっ、ちょっ、何でまた犬扱い、うぐっ」

赤司くんの貫き手がまた黄瀬くんに刺さる。
そろそろ黄瀬くんのライフが限界かもしれない。

しかし私は額を押さえたままぼけーっとそれを見つめるだけ。
頭がついていかなくて、ぽかんとするだけ。

その私を、次の瞬間赤い瞳が貫いた。
赤司くんが私を睨んだのだと一拍遅れて理解する。


「お前も。今後はこんな馬鹿な真似はするな。こちらの心臓に悪い」
「え? な、何の話……」

唐突な話題についていけず目をぱちくりさせていると、赤司くんは深くため息をついて腕を組んだ。

「醜いアヒル役のことだ。せめて事前にオレに相談すること」
「は? え……?」

「お前に醜いなんて形容詞がつく役ができるはずがないんだ。今回は許すが、次にこんな馬鹿な真似をしたら承知しない」

そう言う赤司くんが私にまた近づいてくる。
ぎゅっと目を瞑ると、ちゅっと音を立てて額に柔らかいものが押し当てられた。


「お前はうちの可愛いマネージャーだよ、みょうじ。醜い役は醜い奴にやらせておくこと、いいね」

柔らかい声で告げられたその唐突な行動と言葉に驚くより早く、今度は背後に体温を感じ、次の瞬間には軽いリップ音とともに後頭部に何かが触れる。

「赤司っちの言うとおりっスよ、なまえっち。なまえっちは可愛いことだけやってればいいの。分かった?」


「えっ、え、ちょっ……馬鹿っ、うそ、ええっ?」

正面には赤司くん、背後には黄瀬くん。
近すぎるでしょ、とか、何てひどいことをさらっと言うんだ、とか、私に甘すぎるだろ、とかいろいろ言いたいことがいっぱいありすぎて、でも何から言えばいいのか。
混乱してただ口をぱくぱくさせる私を見て、赤司くんと黄瀬くんはクスクス笑った。



(可愛い可愛い、オレたちのお姫様)

*100000hitリクエスト企画 咲夜さまリクエスト作品。
モンスターペアレントな赤司くんと忠犬黄瀬くんです。恋愛感情は(たぶん)ありません。


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