三面鏡の恋心



(※桃井双子姉夢主)



「貴女が好きです」


太陽が沈み、夜闇が辺りを包む。
夜闇に溶け込みそうになってしまう私たちを、大通りにぼんやり灯る街灯と、ときどき走り抜ける自動車のヘッドライトが照らし出した。


目の前の彼は、相変わらずの無表情で、しかしどこか不安げにじっと佇む。
その姿を信じられない気分で見つめていると、不意に彼の背後にある真っ暗なショーウィンドウに視線を奪われた。

そして泣きたい衝動に駆られる。
そのウィンドウガラスに映る自分の姿が、あまりにも愛しくて、しかしあまりにも憎かったから。


その嫌いな姿には目をつぶり、愛しい姿のみを瞳に描いた。
私は胸の前で手を組み、無理矢理テンションを上げて、自分に言い聞かせる。
これは鏡の中の出来事なのだと。


「テテテ、テツくん!! ほっホントに……!? ホントに私のこと好きなの!?」

感極まった様子で、弾んだ声で。

「わわわわわ私も!! 私も、テツくんのことが好き!! 大好き!!」


身を乗り出し気味にそう叫ぶ、我ながら完璧すぎる演技に、胸の痛みがわずかに強まった。
私は間違っていない。これが一番正しい答えなのだと。
そう言い聞かせながら、組んだ両手で強く胸に押し当てる。
間違っていない、と再び心の中で呟いたとき。


彼の顔が、悲しそうに歪められた。
あれ、何で、私間違ってないのに。
そう思うと同時に、彼の唇がゆっくりと開かれて。


「何で、嘘をつくんですか?」


私の呼吸が止まった。
驚きすぎて呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。

生まれて16年、ずっと繰り返してきたその簡単な動作を必死に思い出しながら、私はようやく声を絞り出す。
元気よく、けれど困惑気味に。


「えっ!? 何で!? 私、嘘なんかついてないよ!! 私はテツくんのことが好きだよ!! ホントだよ!!」

私の演技は完璧なのに。
彼はますます顔を歪めた。
つられて私まで悲しくなる。
そんな顔させたくなんかないのに。


「ね、テツくん、どうしたの? 私、テツくんが好きだよ。両想いだよ!」
「違います」


おそるおそるとかけた声をキッパリと否定されて、私は困惑した。

どういうこと、だってさっき、"私"のことが好きだって、言ったのに。
狼狽える私に、彼が次の言葉を浴びせて、私は本当に呼吸を忘れてしまった。


「貴女はボクのことを"テツくん"とは呼びません。ボクのことをそう呼ぶのは、貴女の妹のさつきさんでしょう。なまえさん」


身体の中心に氷水を流し込まれた気分だった。
心臓も、肺も、喉も、何もかもが凍えて縮こまって、身動きがとれない。
そんな私に、彼、テツヤくんはさらに言う。

「何でさつきさんのフリをするんですか? ボクは、貴女が好きなんです、なまえさん」

限界だった。
これ以上は、不可能だった。


「――――何で、わかったの?」

彼の背後に映る姿が、憎いものに変わった。
さつきと同じ姿なのに。
自分の姿が、自分という存在が憎くて仕方がない。



私はさつきと一卵性双生児だ。
親でさえ間違えてしまうほど私たちはよく似ている。
外見だけではない、趣味嗜好も似ていて、好きになるものは大体一緒。

おそろいのぬいぐるみ、おそろいのワンピース、おそろいのリップ。
私たちは仲のいい姉妹。
私にとってさつきは一番の親友で、可愛い妹だった。



「ボクがさつきさんと貴女を間違えたことがありますか?」
「……そうだね、一度もなかったね。テツヤくんは絶対に私たちを見間違えなかった」

そんな彼を騙すこと自体、無理があったのだ。
私は自分の浅はかさを知る。

「何でテツヤくんにはばれちゃうんだろうねぇ。さつきのフリしてても、親も気づかないのに」

ため息をつきながらそう言うと、テツヤくんがクスリと笑った。


「ボクが、好きな女性を誰かと間違えるような男だとでも?」

その言葉に、ギクリとした。
テツヤくんの目に炎が灯る。
痛いくらいの真剣な視線から逃げたくて俯いてみたけれど、突き刺さるそれから逃げることはできない。


「先ほどの言葉は、なまえさんの言葉として受け取ってもいいんですか?」
「さ、さっきの言葉……?」
「"両想い"という言葉です」

ドキリと心臓が跳ねた。
私は唇を噛む。顔を上げることができない。
俯いたまま、私はわずかに口角を持ち上げる。
嘘でも笑えば、明るくなれる気がした。


「まさか。ごめんね、テツヤくんがさつきと私を間違えてるのかと思って。面白かったからつい、さつきのフリしちゃった! さつきならああ言うかなぁって」

恥じらうような声で、足元を見つめながらはにかむように。
彼がどんな表情をしているのか知る術はない。
お願い、騙されてと祈るような気持ちで、私はニコニコと微笑み続ける。


次の瞬間。
彼の足が、一歩前に踏み出された。
その足に驚いて反射的に後ずさろうとした私の腕をつかみ、彼らしくない強引な仕草で私を引き寄せた。
ぽすんと彼の肩に鼻がぶつかる。
私を包んだ彼の体温と香りに、胸が締め付けられた。


「なまえさんは嘘つきですね」

耳のすぐ近くで響く声に、背筋がぞくりとする。


「本当のことを教えてください。なまえさんはボクのことをどう思っているんですか?」

背中に回された腕の力が強くなる。
ますます密着する身体同士に、じわりと鼻の奥が痛くなった。



――なまえちゃん! 私ね、好きな人できたかもしれない!

その言葉を聞いたときに、考えるべきだった。
私はいつも浅はかで、考えが足りない。
考えればすぐ分かることだった。


――なまえちゃん、紹介するね! この人がテツくんだよ!

そう嬉しそうに笑うさつきを微笑ましく思うと同時に。


――よろしくお願いします、なまえさん。

ぺこりと頭を下げる彼に出逢ってしまったことを、深く後悔した。
考えるべきだったのだ、私は。


私たち姉妹は、いつも同じものを好きになるのだから。




「なまえさん」

促すような優しい声音に、ついに私の瞳に浮かんだ涙は彼のジャケットにしみこんで消える。
私も一緒に消えてしまえたらいいのにとな馬鹿なことを考えながら、私は半ば諦めに近い感情を抱いて。


彼の胸に手をあてて、その身体を突き放した。
急に離れた体温に、身体がひやりとする。


「わ……私、さつきが大切なの。大事な大事な妹なの」

ぽろぽろと涙が頬を伝う。
苦しくて苦しくて、仕方がなかった。

「さつきを傷つけたくないの。さつきのことが大好きなの。だから、」


ごめんなさい。
そう呟こうとした、唇が震える。

テツヤくんがどんな表情をしたのかは分からなかった。
その表情を見ることなく、消えてしまいたかった。
ぎゅうっと胸の奥が痛くて、苦しくて、辛い。


あと一言、告げればいいだけ。
でも、それを告げてこの恋を終わらせてしまうには、私には未練がありすぎた。


「ご、め…………っ」

言わなきゃ。言いたいのに。
嗚咽が、本音が邪魔をして言えない言葉。
それでも、一文字ずつゆっくりと発音していけば、あと一文字というところまで言えた。


だが。
テツヤくんの掌に濡れた頬をそっと拭われて、私の喉はひっくと変な音を立て言葉を失った。
驚いて顔を上げると、思ったより近くにあった彼の顔と、その優しい表情にまた喉が変な音を立てる。


「すみませんでした」
唐突に謝られて、困惑する。

「貴女を泣かせたいわけじゃないんです。どうか泣かないでください。
困らせてしまって、すみませんでした」


謝られた瞬間、絶望した自分に気づいた。
ああ、これで私の恋は終わったんだと。
彼の方から終わりを告げられたんだと思って、絶望してしまう自分が憎い。
受け入れられないくせに、終わらせたくはない。
なんてワガママな人間なんだろう。

「こっち、こそ……ごめ、…………」

嗚咽をこらえながら何とかそれだけ言って、彼から離れようとした。
刹那。


撫でられていた頬とは反対の頬に、ちゅっと彼の唇が押し当てられた。
そして私の後頭部に手をあてて引き寄せ、私の額を自分の肩に押し当てながら、彼は囁く。

「ワガママな自分に嫌気がさします」

まるで私の心を読んだかのようなその言葉に私は息を止めた。
そんな心中を知ってか知らずか、まるで宥めるかのような優しい手つきで私の頭を撫でながら、彼はさらに言う。


「あなたがさつきさんを大切に思っていることも、さつきさんがあなたを大切に思っていることも知っています。だからボクがなまえさんに告白したとしても、受け入れてもらえないのは覚悟の上で告白しました。
それなのに、あなたの口から謝罪の言葉を聞きたくありません。

あなたが好きなんです。諦められないんです。他の誰でもない、なまえさんを愛しているんです」


まるで懇願のように響く声。
じわりと、涙がまた溢れた。
彼と想いあっていることへの喜びと、喜んでいる自分への自己嫌悪が、せめぎ合って私の喉を塞ぐ。


私も好き。
そう返事をしたいけれど、言葉にはできない。
言葉にしてしまったら、私はもう自分の気持ちを抑えきれないから。


だから、私は彼に聞こえないように唇だけで囁いた。
あなたが好きです、と。
音にならない吐息は、夜闇の中にたやすく霧散していく。
ふとショーウィンドウを見ると、さつきによく似た顔が、泣きそうな顔でこちらを見つめていた。



(さつきは私。私はさつき)
(あなたに想われる私と、あなたに想われない"私")
(嬉しくて、悲しくて、私はただ泣きじゃくる)


*キリ番リクエスト202020番 悠璃さまリクエスト作品。
さつきちゃんは、お姉ちゃんと黒子が両想いなのを知っていますが、どうしても自分の気持ちを抑えることができずに自己嫌悪しています。


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