▼わんこの躾
「凉くんっ」
「なまえっちー」
がしっとお互いにお互いを抱きしめる。
会うたびに行われるなまえと黄瀬のこのやり取りはもはや名物だ。
「会いたかったよ凉くん会いたかったよー!」
「俺もッスよなまえっち超会いたかったー!」
がっしりとお互いをホールドして離さない。
そして。
「っ───てめえらいつまでやってやがるバカ野郎ども!!!!」
「いったぁっ!!!!」
海常高校バスケ部主将、笠松幸男の蹴りが黄瀬にヒットする、ここまでが名物。
「いたた……先輩相変わらず突っ込みが厳しいッス」
「わー大丈夫!? 凉くん怪我してない?」
「大丈夫ッスよ!! 慣れてるんス!!」
「そっか、なら大丈夫!!」
そしてまたお互いを抱きしめる。
彼らは海常名物、わんこカップルだ。
「今日も怒られちゃったね」
しょんぼりと見えない尻尾と耳を垂らしながら歩くのは、みょうじなまえ。
小柄な体型とその性格から小型犬に例えられることが多い。
「笠松先輩は乱暴なんスよ!」
見えない耳と尻尾をピンと立てて憤りながら歩くのは、黄瀬涼太。
その長身と性格から大型犬に例えられることが多い。
わんこ二匹が連れ立って歩く姿はなかなか見ものだ。
しかもこのわんこは。
「ところでなまえっち、今週末黒子っちの試合があるんスよ!」
「本当!? 行こう行こう!!」
なせだか誠凛高校1年黒子テツヤに異常に懐いている。
「じゃあ集合時間とかはまたメールするッスね。あとたぶん笠松先輩も一緒ッス」
「りょーかいっ」
そしておそらくこの二匹の飼い主は笠松幸男だ。
苦労性の彼のことを思い、周囲はため息をついた。
***
「黒子っち! 来たッスよ」
「黒子くん! おつかれさまっ」
わんこ二匹が見えない尻尾をブンブンと振る。
「……どうも」
黒子は辟易した様子で、しぶしぶ頭を下げるが、わんこ二匹はそれに気づかない。
「黒子くん、今日もカッコよかったよー」
「そうそう、もー黒子っち最高!」
「……ありがとうございます」
今日の試合では黒子は特に何もしていない。
いつも通りパスを回していただけなのにこのテンション。
「……すまない、うちの馬鹿どもがいつもいつも」
「いえ、笠松さんが謝ることでは」
笠松がため息をつきながら肩を落とす。
聞くと、試合中も終始このテンションだったらしく、叱り疲れたらしい。
「それは……すみませんでした」
「いや、黒子が謝ることでもない」
「それでもすみませんでした。
黄瀬くん、伏せ」
「ちょっ、黒子っち! 俺犬じゃねえッス!」
どの口が言うか、と皆思う。
「そうですね、黄瀬くんは犬じゃないです。うちの二号の方が賢そうですし」
「えっ、ねえ黒子っち、もしかしてバカにしてる?」
「あれ、分かるんですか」
「ちょっ…黒子っちぃ!!」
もはや涙目の黄瀬の袖を、なまえはちょいちょいと引っ張った。
「ねえ凉くん、二号って?」
「あれ、なまえっちは会ったことなかったッスか?」
黄瀬が驚くのと同時に、黒子が顔の前に何かを掲げた。
「うちの二号です」
「わんっ」
黒子に抱えられている犬。
その目は黒子そっくりだ。
「なっ……」
なまえは絶句する。
二号を凝視しながら無言でフルフルと震えるなまえに、もしかして犬が苦手だったのかと心配になって黄瀬が声をかけようとした瞬間。
「何これ何これ何これ可愛いーっ!!!!」
「むぐっ」
なまえが二号に抱きついた。
黒子ごと。
「黒子くんみたい可愛い何これ!!!!」
「むぐ……だから、テツヤ二号です」
「黒子くん二号可愛いー!!!!」
顔に二号を押しつけられて息苦しそうな黒子だが、がっちりとなまえにホールドされてしまって逃げられない。
「何やってんだみょうじ!! 黒子を離せバカ!!」
笠松は慌てるが、さすがに女子を力業で引っ剥がすようなことはできず、ただ怒鳴るばかり。
「……みょうじさん、苦しい、です」
「お願い、もうちょっとだけ!!」
なまえはもう完全に我を見失っている。
二号に頬ずりしてとても幸せそうだ。
二号も可愛いと言われてまんざらではなさそうな顔をしている。
しかしそろそろ止めないと黒子が窒息してしまう。
力業にでるかどうか笠松が思案していると。
次の瞬間。
べりっ、と黄瀬がなまえを引っ剥がした。
「なまえっち、ちょっと来るッス」
「えっ、凉くん!?」
突然の出来事に呆然とするなまえはズルズルと引きずり、黄瀬はどこかに行ってしまった。
残された黒子と笠松は無言でそれを見送る。
「……あの顔は」
「黄瀬くんって嫉妬深いんですね、意外と」
なまえを連行していった黄瀬の顔は、いつものヘラヘラした笑顔ではなく、まるで試合中のような鋭い目つきで。
原因はどう考えても一つだ。
「黒子を追っかけるのはいいけど、黒子に抱きつくのはダメだなんて難しい奴だな、黄瀬も」
「まあそこは複雑な男心というものでしょう」
もしかしたら、と黒子は続ける。
「黄瀬くんがボクを好きなのはフリで、本当はみょうじさんを一人で僕に近づけたくないだけかも。
試合なんかも黄瀬くんから誘ってしまえばみょうじさんが一人で来ることは絶対ありませんし」
「はあ? 何だそれ」
「仮定の話、ですよ」
黒子はそう言って微かに笑った。
(ただいまッス、急にすんませんっした!)
(……おい、黒子。みょうじの首筋……)
(くっきりついてますね、歯形。噛み癖のある犬だなんて、手に負えませんね)
*躾が必要なのはどちらのわんこでしょう。
個人的に、黄瀬くんはちょっと計算高いわんこだったら萌える。
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