愛玩ウサギ



最近付き合いはじめたオレの彼女は可愛い。
くりくりした黒目がちの目、ふわふわした髪、少し恥ずかしがり屋だけど優しくて女の子らしい性格。

動物でたとえるなら、ウサギ。
くりくりした瞳でオレを見上げてくるくせに、抱き上げようとすると途端にビクリと固まるふわふわの小動物だ。
いっそ憎らしいほどの可愛さが、無意識でも、(ありえないけど)わざとでも全く構わないと思える程度にはオレは彼女に溺れている。


だが、可愛すぎるというのも困ったものだ。

例えば、オレが彼女の頭を撫でようとする。
その瞬間、びくりと固まって顔を真っ赤にし瞳を潤ませる。
嫌がってるわけじゃないのは分かってる。
恥ずかしがっているのだけだ。
でもオレはそのせいで手が出せない。

考えてもみろ。
紅潮した頬、熱に浮かされ潤んだ瞳、ふるふると小さく震える細い肩。
そんな彼女に指一本でも触れたりしたら。
頭を撫でるだけじゃ止まらなくなることは必至だ。
そこで止まれるほどオレは理性的じゃない。


じゃあいっそのことさっさと押し倒す、なんてこともできない。
オレは彼女を大切にしたいんだ。
間違っても身体目当てなんかじゃないし、そう誤解されるのも嫌だ。

だからオレは、なまえちゃんがいいって言ってくれるまで手は出さない。
そう心に誓った。


しかし、そんな誓いが危うくなる事態が早速訪れてしまった。


久々の部活オフの週末はもちろんなまえちゃんとデート。
行き先はなまえちゃんご希望の動物園。
健全すぎるデートだったのに。


「うわっ…………マジかよ」

動物園に向かって歩いている途中にぽたりと顔に当たる雫。
雨が降り出してしまった。
オレは急いで鞄から折り畳み傘を取り出し、なまえちゃんに差し掛けてやる。

「なまえちゃん傘持ってる?」
「ごめんなさい………置いてきちゃった」

てことは相合い傘か。
ラッキー、と内心ガッツポーズだけど、もちろん顔には出さない。


「じゃあ傘一本か…………これじゃ動物園は回りにくいかもね」

そう簡単に去りそうにない分厚い雨雲を見上げて言う。
もちろん動物園についてしまえば傘のレンタルもあるだろうが、まず雨の日の動物園は動物自体屋内に引っ込んでいたりするので見応えがない。

「どうする?」
「今日は動物園はダメかな…………」

残念そうにそう言うなまえちゃん。
彼女が今日を楽しみにしていたのを知っているから、オレにとっても残念だ。

「また必ず来ような」

残念がるなまえちゃんの頭に手を伸ばしそうになったが、なまえちゃんがビクリと肩を揺らしたことでハッとした。
危ない、またやってしまった。


「それよりも、これからどうしよっか?」

慌てて違う話題をふると、恥ずかしそうななまえちゃんの表情は一瞬で元の残念そうな顔に戻ってしまった。

「動物園行けないし………この近くってあんまり遊べるところないよね。
…………私、傘ないし……」

なまえちゃんの言わんとしていることを悟る。
たしかに、この近くで傘なしでデートできる場所なんてない。
しかし移動するにも、相合い傘だと大変だ。
こんな状態でデートなんてできるのだろうか。

「今日はお開き、かな…………せっかく一緒にいられるのに…………」
寂しそうな顔でそう言うなまえちゃんに、オレは眉を寄せた。


このままじゃオレは彼氏失格だ。
こんな顔をさせてたまるか。
急いで頭をフル回転させる。

オレたちが2人でいれるとこ。
できればあんまりお金かかんなくて、あんまり煩くないところがいい。
オレと一緒にいたがってるこの可愛い彼女が満足してくれるような場所。

どっかあるだろ。どっか────。


「…………………あ」

ひとつ、思いついてしまった。
しかしこれはあまりにも。
いや、でもこれ以外の場所が思いつかない。

「どうかした?」

言いながら、不思議そうな表情でオレを見つめるなまえちゃんに、オレは出来るだけ平静を装う。


「……あ…のさぁ、なまえちゃん」
ごくりと生唾を飲み込んで言った。


「オレん家、ここからわりと近いんだけど……………」

その瞬間、パッと輝いたなまえちゃんの表情に、オレはまた生唾を飲み込んだ。



***


そんなこんなで、なまえちゃんを家に連れてきてしまった。

ていうか、なまえちゃんがあっさりどころかむしろ喜んで家について来てくれたことに逆に不安になる。
こんな警戒心ゼロで、この子この先大丈夫なんかな。
まあオレが守ってやるからいいんだけどさ。


「適当にくつろいでてよ」

言いながら、なまえちゃんをオレの部屋に通したのは、僅かばかりの下心。
あわよくば、ちょっといい雰囲気になれないかなぁ、なんて。
あわよくば、だけど。


お茶の用意をしながら、今日は家にいるはずの妹ちゃんの姿を探す。
彼女が来てることだけ伝えようと思ったのに。

冷蔵庫のメッセージボードに、妹ちゃんの走り書きを見つけてオレは目をむいた。
友達の家で遊んでくるってさ。
なんてベストタイミング、妹ちゃん空気読み過ぎ。


ってことは、オレは今自宅で彼女と2人きりなわけで。
健全な男子高校生として、この状況はあまりよろしくない。


いや、今までの努力を無駄にする気か、と自分を叱咤するように理性を活性化させながら「お待たせ」と部屋に戻ると。


「ふにゃっ!? 早っ…………」

ふにゃっ、つったよこの子。猫かよ。ウサギじゃねぇのかよ。
いや、そんなことよりも。

オレの帰りに慌てて居住まいを正すなまえちゃんが持っているのは、棚にいたはずの、妹ちゃんにもらったウサギのぬいぐるみ。
部屋に帰ってきた瞬間の光景を思い出して、自然と顔がにやける。


「いいよ、そいつ、ぎゅーってしてても」
「ほ、ほんと…………?」

ベッドに座るなまえちゃんのためのマグカップをサイドボードに置いて、オレは勉強机の椅子に座る。
笑って頷いてやると、なまえちゃんはパッと顔を輝かせてまたそのウサギを両手で抱きしめた。

「…………へへっ……」

ぎゅーとウサギに顔を埋める彼女から零れた幸せそうな笑い声。
いいなぁウサギ、と思ったことは内緒だ。


「そんなにそいつ気に入っちゃった? ウサギ好きなの?」
同族だから?と尋ねようとしたけどさすがにやめといた。

「ウサギも好きだけど、ね」

相変わらずぎゅーとそいつを抱きしめたまま言うなまえちゃんに、オレは重ねて尋ねる。

「他になんかあんの?」
「……………えっと」

するとなまえちゃんは困ったように言葉を詰まらせた。
なんか、面白そうな予感。


「何々? 教えてよ、隠し事禁止ー」

きっと、いつも抱いて寝てるぬいぐるみに似てる、とかそういうことだろう。
ぬいぐるみを抱っこしないと眠れないというのは散々からかってきたネタだ。

「…………………ひかない?」
「ひくわけないじゃん」

おずおずと尋ねてくるなまえちゃんにニッコリ笑い返してやると、なまえちゃんは顔の半分をウサギで隠しながら、恥ずかしそうに口を開いた。


「あの、ね…………高尾くんの、だから」
「は?」

いまいち言葉の意味が分からなくて首を傾げると、なまえちゃんはますます顔を真っ赤にして消え入りそうな声で言った。


「この子ね、高尾くんの匂いがして、安心する」

ふわふわしてて気持ちいいし、と言う彼女の言葉は、途中で耳に入らなくなった。


それでそんな幸せそうな顔してたわけ?
オレの匂いで安心する、って。
何それ。何かいっそムカつくくらい可愛い。
何でこの子こんな可愛いの。

あのウサギのぬいぐるみが、急にわりと本気で心の底から憎くなる。
お前が気に入られてる理由はオレあってこそのものなんだからな。
勘違いして調子づいたら耳引っこ抜くぞ。


そう思いながら、オレはマグカップを置いて、立ち上がった。
ゆっくりとベッドに歩み寄ってなまえちゃんの隣に腰かけると、ぎしりと軋む音とともに身体が少し沈んだ。

そして、彼女の腕を掴んで、ぐっと引き寄せる。
その際、間に割り込もうとしたウサギ野郎を部屋の隅に投げ捨てることも忘れない。

「ひゃっ…………!? た、たかおくんっ…………!!」
「なまえちゃん、可愛い」

そう囁きながらぎゅっと抱きしめた身体は小さくて柔らかくて、なんだかふわふわしてる。
ビクッと震えて、もぞもぞと抵抗するその動きもウサギみたいで。


「あんなウサギより、こっちの方がいいでしょ?」

ああ、可愛いなぁ。
ここまで可愛いといっそ腹立たしいくらいだ。
めちゃくちゃにしてやりたくなる。
可愛すぎるなまえちゃんが悪いんだから、と。
そんな風に彼女に責任転嫁して。

――――いや、そんなの男として最低すぎるだろ。
オレはなまえちゃんを大切にするって決めたんだ。
こみ上げる獰猛な衝動を必死に抑え込む。


オレなりにそんなギリギリの綱渡りをして、ぶじ渡りきれるはずだったんだ。
それなのに。


「…………ほんとだね、こっちがいいね」

言いながら、彼女からオレにすり寄ってくる。
オレの肩におでこをくっつけて、背中に腕を回してきて。
ぎゅっと密着する身体に、心臓が変な音を立てた。


「……………私、こうするの好きかも………」
その呟き声が、心底幸せそうなものだったから。

煽られたオレの理性の綱は大きく揺さぶられて、呆気なく落下。
もう、限界。


体重をかけると、あっさりとベッドに倒れ込む小さい身体。
何が起きたか分からないみたいで、くりくりした純真な瞳がオレを見上げていた。
その瞳を今から汚してしまうのかと思うと、オレを襲うのはわずかな罪悪感と、それを圧倒的な力で黙らせる高揚感。


「なまえちゃん、今ね、家の中誰もいないんだ」

なまえちゃんに覆いかぶさりながら耳元でそう囁いてやると、さすがのなまえちゃんも事態を呑みこんだようで、ひっと息を呑んだ。


「たっ、高尾くん!? だっ……だめ!! だめだよ、ホントだめ!!」
「オレもだめ。なまえちゃんは何でだめなのさ?」
「何で、って……!」

軽くパニック状態のなまえちゃんの首に、ちゅ、と口づけて跡を残してやると、動きを止めさせたいのかなまえちゃんはオレの髪をくしゃりと握って叫ぶように言った。


「だって、今日、下着可愛くない…………っ!!」

「は………………」


思わず、動きが止まる。
それを見て安心したように顔をほころばせるなまえちゃん。

ああ、もう、ほんとにこの子は。


「…………なまえちゃんって結構バカだよね。そういうとこ可愛くてホント好き」
「へっ!? ふにゃっ……!! え、何で…………!?」

また行為を再開し始めたオレに彼女は慌てふためく。


なまえちゃんは気づいてないんでしょ。
下着が可愛くないからダメ、なんて。
そんなの拒絶になってないよ。


「なまえちゃん、好き。大好き。愛してる」

うわ言のようにそう呟きながら、オレはなまえちゃんに顔を近づけた。

視線が絡まる。
紅潮した頬、熱に浮かされ潤んだ瞳、ふるふると小さく震える細い肩。

もう、止まれない。



(身体目当てじゃないとは言えなくなってしまった)
(身体だけじゃない、全てが欲しくなった)


*100000hitアンケートリクエスト第4位高尾和成で蒼天さまリクエスト作品。
ウサギのあの毛玉感、たまらん。


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