選択肢は存在しない



「緑間真太郎って、属性もちすぎだよね」
「…………今度はいったい何の話を始めたんだ」

赤司は将棋盤から顔を上げることなく、呆れたような声で言った。
私はその背中によりかかりながら、ゲーム画面の女の子を見つめた。

「だってさぁ、優等生っぽいツンデレ女王様なのにラッキーアイテムがないと実は不幸体質な天性ドジっ子メガネとか、属性多すぎでしょ。あれで素だなんて驚きだよね」
「オレはお前がそんな目で緑間を見ていたことに驚いているよ」

全く驚いた様子もない平静な声で、彼はぱちりと駒を置く。
私はその言葉を流して、ぽちぽちとボタンを押した。


「あ、告白された」

無心にゲームを進めていたら、画面の中の女の子が頬を染めながら迫ってきた。
今は他の子を攻略中だから、この子のイベント起こしたくないんだけどな。

『私のこと、受け入れてくれる…………?』

女の子のセリフの後に、選択肢が出てきた。
私は迷わず『……ごめん』を選択する。
すると女の子が悲しそうに顔を歪ませた。


「フっちゃった」
「ずいぶんと軽く言うんだな。心は痛まないのか」
「んー慣れてるし」

「オレも慣れてるが、心は痛むぞ」

「何それ、嫌味? ……………って、ええ!?」

私はバッと赤司を振り返った。
あまりの衝撃すぎて逆に気づかずに流してしまうところだった。


「赤司にも痛むような心あったの!?」
「…………みょうじはオレを何だと思っているのかな」

赤司は振り返りながら私をじろりと睨んだ。
いつもなら身が竦むような鋭い眼光だが、驚きのあまり興奮状態にある私には効果はない。


「だって、あの赤司征十郎だよ!? バレンタインには女の子が綺麗に並んで長蛇の列を作りチョコ渡しと告白を行うっていう伝説の赤司さまだよ!?」

「あれは群がられると鬱陶しいから並ばせただけだ」

「いやその発想がまず男子中学生じゃないから!
しかもそのチョコも告白も逐一丁寧にお断りしてるらしいじゃん! あの流れ作業っぽくフってる最中にも心痛めてるっていうの?」

「もちろん。だからバレンタインは嫌いだ」


当然のように頷く赤司に、私は驚くばかりだ。
この男が口にするからには、嘘ではないのだろうが、やはりにわかには信じがたい。

容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。
息をするようにモテるこの男は、フるのも同様に息をするように行う。
フった女の子が泣こうが喚こうが顔色ひとつ変えないこの男が、実はこっそり心を痛めていたなんて。
新手のギャグにしか思えない。


はー、と感心したようなため息をつきながら赤司を見つめる私に、赤司はまたふいと背中を向けて視線を将棋盤に戻してしまった。
私もまた彼と背中合わせになり、その背中に体重を預けながら携帯ゲーム機を構える。

「まあ………あれだね、赤司にも優しい一面はあるっていうことだね」

うんうんと1人で納得するように呟きながらぽちぽちとボタンを押していると、赤司はぱちりと駒を打ちながらバツが悪そうな声で呟いた。

「別に……優しさで心を痛めているわけじゃない」
「そうなの? じゃあ何で?」

「…………オレにも、片思いの痛みは分かるというだけだ」
「へぇ……………………ぇええ!?」

私はまた驚いてバッと振り返る。
ちょこちょこ衝撃発言を挟み込んでくるから、うっかり流しそうになって困る。


「そ、その発言だと赤司、片思いしてそうな感じにとれるんだけど………」
「悪いか」
「えええぇぇ!?」

思いっきり叫ぶ私を、赤司はうるさそうに顔をしかめながら振り返った。
若干怒ってるようにも見える。

「お前はさっきから何なんだ」
「いや、こっちが何なんだだよ! え、じゃあ赤司が女の子フりまくるのって、好きな子がいるから………!?」
「ああ」
「うそぉ!!」

何それ一途か!!

ていうか、あの赤司が片思いだなんて。


「に、似合わない…………」
「うるさいな」
「だって赤司って欲しい物は強引に手に入れそうじゃん!」
「お前はオレを何だと思っているんだ………」
「だって赤司さまだよ!? しょっちゅう私からポッキー強奪する紫原敦の元締めだよ!?」
「それはオレに関係があるのか。というか、紫原はそんなことをしていたのか」


呆れたように赤司はため息をついた。

「紫原は知らんが、オレは本当に欲しいものはそれに相応しい方法で手に入れなければ意味がないと思っている。強引に奪って手に入れたものはやがて手をすり抜けるからだ。
バスケと同じだ。戦って得る勝利だからこそ価値がある。そういうものだろう」


なるほど、言ってることは分かるけど、存在自体が卑怯くさいキセキの世代の主将がそんなことを言うと、これは笑うところなのだろうかと考えてしまう。

「ええと…………だから、好きな子も無理やり自分のものにしちゃダメってこと?」
「そうだ。相手が人間ならなおさら、自分で望んでオレの元に来てもらわねば意味がない」


うーわー。
これは相当ベタ惚れしてるみたいだ。
あの赤司にここまで言わせる女の子の存在が気になる。

むくむくと起き上った野次馬根性にしたがって私は、赤司の背中にのしかかり、肩ごしに顔を覗き込んだ。


「ね、誰? その本命」
「教えない」
「いいじゃん! 誰にも言わないし! 私の知ってる子?」
「教えない」
「あーかーしー!」

彼の背中にしがみつくように揺さぶる私を、赤司は鬱陶しそうに睨んだ。
しかし私はその視線に怯むことなく、彼の首に腕を回して抱きつく。


「じゃあヒントだけ! 同じ学校?」
なおも引き下がらない私に、赤司は諦めたようにため息をついた。

「…………そうだ」

赤司が反応してくれたことが嬉しくて、私はますます質問を重ねる。

「同じ学年?」
「そうだ」
「同じ部活?」
「違う」

えー、じゃあ桃ちゃんとかじゃないんだ。
よく一緒にいるからそうかなーって思ったんだけど。


「えーと、じゃあ…………クラスは?」

クラス言っちゃったら結構限られるから、そこまでヒントを与えてくれるかは怪しいけど一応尋ねてみる。
すると赤司は、深くため息をついた。

「オレの好きな奴なんて知ってどうするんだ」
「えー、どうもしないけど。赤司の恋バナ聞きたいだけ。
あ、でもせっかくだから、好きな子を見つめてる赤司を見てニヤニヤしたい」

「…………いいだろう。聞くからにはそれなりの覚悟はできているんだろうな?」

「え?」

赤司は片手で弄んでいた駒を置いて、私の手を取った。


その次の瞬間、赤司の背中にしがみついていたはずの私は、何故か逆に赤司に抱き締められていた。
何が起きたか分からずに、私は呆けてしまう。


「クラスは、同じクラスだ」
耳元で聞こえた赤司の声に背筋がぞくりとした。

「何故かよく隣の席にもなる。やかましい。オレはツンデレとクーデレとヤンデレのどれに当たるのかとオレ自身に尋ねてくる阿呆で、放課後はオレを背もたれにして女のくせにギャルゲーばかりしてる変な奴だ」

何その変な子。
まるで他人事のように考えるけれど、それは口には出せない。


「――――心当たりは?」

尋ねられて、私はひくっと息を呑んだ。
何故なら私はその子のことをよく知っているからだ。

「だ…………誰、それ」

しかし混乱しすぎて反射的にとぼけてしまう。
選択肢が出てこないリアルでは、何を応えれば正解なのかすら分からない。
せめて選択肢があれば、現時点での最良の答えが選べるのに。

「分からないのか」
ふっと笑った赤司の吐息が耳にかかった。


びくりと肩を揺らした私から赤司の体温がゆっくりと離れていく。
そして赤司はじっと私を見つめた。

まるで夕焼け空のようなその瞳が、微かに揺らいだ気がした。
その揺らぎに、私の心さえも揺さぶられてしまって私は狼狽える。


「――だ、だいたい、赤司ってこんな序盤にルート分岐出てくるようなキャラじゃない」

狼狽えた結果、気づけば私はそんなことを口走っていた。
何を言っているんだ、私。
焦るけれど止められない。


「赤司って普通2、3周してようやくルート分岐出てくるような、そういう隠し攻略キャラじゃん。なのに1周目の序盤でルート分岐とかおかしいよ」
「みょうじのいう″赤司″とは一体何なんだろうな」

赤司が呆れたようなため息をつく。
そして、私の頬にすっと手を伸ばしてきた。
反射的にびくりと身を縮める私を見て、赤司はくっと喉を鳴らした。

「オレだってお前のような女に惚れたなどと、おかしいと思うさ。何でオレがこんな色気も可愛げもない女に惚れなきゃいけない」
「なっ、なんだと……!?」

これではっきりした。
こいつ実は私のこと嫌いだ。
そうに決まってる。

「でもな」

怒鳴ろうとした私の頬を、赤司の手が優しく撫でた。
まるで壊れ物を扱うかのような繊細なその手つきに、私の呼吸が止まった。

妙に熱っぽい赤司の瞳が、まるで陽炎のように揺らめく。


「何をどうひっくり返そうとも、オレがお前を好きな事実は変わらない。オレが愛するのは、今までもこれからもみょうじなまえ、お前だけだ」

「なっ……………!!」

呆れてものが言えないとはまさにこのこと。
だって、私だけ、とか馬鹿じゃんこいつ。
二次元にも三次元にも、可愛い女の子はあふれているというのに。


そうやって心の中では悪態をつくも、現実では声にならない。
まるで赤司の瞳の熱にあてられたように、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせる私を、赤司はクスリと笑いながら私の両頬を手で挟んだ。

ずいぶんと楽しそうに瞳を細めながら、私を見つめて彼は低く囁く。


「────ニヤニヤ、してみろよ」


もしもこれがゲーム画面越しの光景であれば、私の頬はニヤニヤと緩みっぱなしだろう。
もしもこれがゲーム画面越しの他人事であったのならば。


選択肢は相変わらず出てこない。
赤司の顔はだんだんと近づいてきて、彼の吐息が私の唇に触れる。
これはもうもしかして、赤司恋愛ENDルートに入ってしまったのかな、と瞼を下ろしながらぼんやり思った。



(まさかの赤司攻略か…………)
(ん? まさかこれくらいでオレを攻略した気でいるのか、甘いな)
(えっ? や、赤司、どこ触って…………っあんた無理やりはダメって言ってたじゃん!)
(それは手に入れる方法についてだ。オレはもうお前を手に入れた。オレの物をどうしようとオレの勝手だろう)
(何その屁理屈………!! ひゃっ)


*100000hitフリリク企画 うめぼしさまリクエスト作品。
ギャルゲーって楽しいよね。


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