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昼下がりの公園、二号を連れて散歩していると見知った背中を見つけた。
水戸部先輩だ。

すごい偶然。
会えたのが嬉しくて私は顔をほころばせた。


水戸部先輩は何かを持ってうろうろしている。
何をしているんだろう、と私が思うよりも早く、その姿に私以上に大喜びした二号が、彼の背中に向かって駆け出してしまった。

「わ、待って二号!」

慌てて追いかけるけど、二号の方が圧倒的に足が速い。
結局私は二号を止められず、彼の足に体当たりするかのように飛びついた。


「ワンッ」

突然足元にじゃれついてきた毛玉に水戸部先輩はビクリと肩を跳ねさせる。
しかしそれが二号だと分かると、しゃがみ込みながら二号が走ってきたこちらの方に視線を向けた。

「水戸部先輩! すみません」
ようやく追いついた私が息を切らせながら言うと、彼はニッコリ笑いながら首を横に振ってくれた。

「二号、いきなり走っちゃダメでしょ」

私も先輩の隣にしゃがみ込みながら二号の鼻先をつんつんとつついた。
しかし二号は先輩の大きな手にわしわしと撫でられてご満悦。
私のお叱りなど耳にも入らないといった様子で、私はため息をついた。


「先輩もお散歩中ですか?」
気を取り直して私が尋ねると、水戸部先輩はニコリと笑いながら手に持ったそれを掲げた。

「カメラ?」

思わず尋ね返すと、少しはにかみながら頷いてくれる。
ずいぶん本格的なカメラだ。これが一眼レフカメラってやつかな。
本体もレンズも大きくて、先輩の手でも少し余りそうなくらい。

「写真撮るの、お好きなんですか?」

すると先輩は目を輝かせながらこくりと頷く。
慣れた手つきでカメラを操作し、モニターを見せてくれた。

大きいカメラはフィルムという勝手なイメージを持っていたから、このカメラがデジカメということにまず驚いたのだが、それ以上にその画面に映っていた写真の綺麗さに驚いてしまう。


それは花の写真だった。
名前は分からないけれど、黄色い花びらがすごく鮮やかで綺麗な花。
その花びらの一枚一枚がとても瑞々しくて、それが生きているということを何よりも雄弁に語ってくれる。
綺麗だけれど力強い、そんな写真だった。


「綺麗…………」

その写真に見とれながら、ぽろっと自然に零れ落ちる言葉。
お世辞なんかじゃなく心の底からそう思った。

「すごく綺麗です! 私、この写真すごく好きですよ」

顔を上げてそう言うと、水戸部先輩は少し照れたようにはにかんだ。
心なしか顔が少しだけ赤い。
褒められて照れちゃったのかな。


「私、先輩の写真もっと見たいです。ダメですか?」

私の言葉に、先輩は笑顔で首を横に振ってくれた。
そしてスッと立ち上がり、私に手を差し伸べてくれる。
私がその手に掴まると、軽く引いて私が立ち上がるのを助けてくれ、そのまま近くのベンチに誘導された。


私たちが並んでベンチに腰かけると二号もついてきて私と水戸部先輩の間に潜り込もうとする。
先輩は私にカメラを預けながら、二号を抱え上げて自分の膝に乗せた。

「触ってもいいんですか?」

こんな高そうなカメラ、扱うのが怖くて念のため先輩にそう尋ねると、先輩は二号をあやしながらコクリと頷く。
いくつかのボタンを指さされ、私はその通りに操作をした。


「うわぁ…………」

すると次々に現れる、すごく綺麗な写真。
言葉でうまく表現できないのだが、とにかく綺麗。
私もよく知ってる何でもない風景だってこの写真の中ではとても素敵な場所に見えた。
先輩の眼を通した世界ってこんな感じなんだ。


「なんか、水戸部先輩らしい写真ばかりですね」

思わず口からこぼれた言葉に、先輩は不思議そうに首を傾げる。
でも私もうまく言葉で説明できなくて私も困ってしまう。

「なんて言ったらいいのかな…………無言で訴えかけてくれるところというか……。
何も言わないのに私を和ませてくれたり励ましてくれたりするこの感じが、すごく水戸部先輩に似てると思います」

言いながら、なんだか恥ずかしくなってしまって私はごまかすように笑った。
すると水戸部先輩は驚いたように目を見開きながら頬を染める。
恥ずかしがられるとこちらまで余計に恥ずかしくなってきてしまって、私はこれ以上水戸部先輩を見れず、視線をカメラに戻した。


「でも本当にいろんな写真撮ってますね。この二号とかも可愛い。学校ですか? これ」
平静を装った私が次々に写真を見ながら尋ねると、それまで照れたように顔を赤らめていた水戸部先輩が急にギョッとした顔をした。

「ど、どうしたんですか?」

先輩が慌てながらカメラに向かって手を伸ばす。
その強引な仕草に驚いて、ボタンの上に置きっぱなしだった指に力を入れてしまった。
その拍子にボタンが押されてしまって次の写真がモニターに表示される。

その写真に、私も先輩も固まってしまった。
私の目はモニターに釘づけになる。


それは、私の写真だった。
学校で撮られたものらしく、制服姿の私が校内のどこかを歩いている写真。
目線はカメラになく、写真を撮られた覚えもないため、おそらく盗撮の写真。


でも私はその写真が撮られた方法よりも、その写真のことで頭がいっぱいになってしまった。

だって、自分で言うのも変だけど、その写真の私がすごく可愛かったから。

おそるおそる次のボタンを押してみると、また私。
次も、その次も、構図などが少しずつ違うけれど、どれも私。
そしてそのどれもが、実物より可愛く写ってる。

どうしよう、私目がおかしくなったのかな。
自分の顔くらいちゃんと把握してるつもりだったのに、なんだか急にナルシストになったみたいで自分が気持ち悪い。

でも、それくらい写真の中の私が可愛くて。


「み、水戸部先輩………これって…………」

戸惑いながら先輩を見上げると、先輩の顔はビックリするくらい真っ赤で。
この意味が分からないほどは、私も鈍くない。

「もしかして、これって、あの……………そういう意味、なんですか……?」

念のため尋ねると、先輩はしばらく困ったように眉尻を下げていたが、やがて真っ赤な顔で小さく頷いた。


どうしよう。困った。
だって水戸部先輩は私にとって優しくて頼れる先輩で、今までそんな風に考えたことなんてない。
好きか嫌いかといわれれば、間違いなく好きだけれど、だからこそ困る。

「こ……これって、お返事した方がいい…………ですよね」

いいんですか、と尋ねようとしたけど、先輩の視線に気圧されて最後まで言えずに言葉を濁した。
真っ直ぐに私を見つめてくるその痛いくらいの視線は、私の言葉を待っている。
期待も悲観もしていない、私のどんな答えも受け入れようとするその瞳。


この誠実な瞳に、不誠実な答えなんて返せない。
でも私の気持ちがどこにあるか分からない、そんな状態ではこの場に相応しい言葉など見つからなくて。


だから私は、おそるおそる口を開いた。

「写真を………写真を、撮ってもいいですか?」


唐突な私の言葉に先輩は目を見開いた。
言葉の意味が分からず困惑しているようだ。

私は先輩の返事を待たずにおぼつかない手つきでカメラを操作して、撮影できるモードに切り替える。
大きくて重いこのカメラでも意外と家のデジカメと操作は変わらないかも、なんて失礼なことを考えながら、私はファインダーを覗いた。

レンズの中に水戸部先輩が写る。
私には先輩みたいに綺麗な写真なんて撮れないけど、それでも想いだけはいっぱいに詰め込んで、シャッターを切った。

カシャッと小気味よい音を立てる。
私はそのままカメラのモニターを見ることなく、先輩にカメラを押し付けた。


「お返しします。今の写真………見てみてください」

ドキドキしながらそう言うと、先輩は訝しげな顔をしながらも膝の上でうとうとしていた二号を地面に下ろし、私よりも素早い手つきでボタンを操作して先ほどの写真をモニターに映した。

そして、目を見開く。
私とモニターを何度も見比べて、何か言いたげに眉根を寄せていた。

ああ、これは。

「それが、私の目を通した水戸部先輩です」

心なしか声が震えた。
だって、自分ですら自覚していない心の奥を写したんだから。

「カッコよく…………撮れてました……?」


私が尋ねると、先輩は再び顔を赤くしながらゆっくりと頷いた。
そっか、と呟きながら私は身を乗り出して隣に座る先輩の首に腕を回した。
がっしりとした先輩の身体に抱きつきながら、耳元でそっと囁く。

「じゃあ、つまり、その……………そういうこと、みたいです」

恥ずかしくてドキドキしながら囁いたその言葉に先輩はフッと笑い、その力強い腕で私を抱き寄せてくれた。



(ファインダー越しの世界は言葉よりも分かりやすく心を伝えてくれるの)


*100000hitアンケートリクエスト第14位水戸部凛之助。
喋らない水戸部先輩だからこそ、写真のような無音の表現は得意なのではという結論に達しました。


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