両手に花束



「みょうじさん、明日ボクと出かけませんか?」
「へっ?」

突然声をかけられて振り返るが、声の主が見つからない。
こういうのは大抵、彼の仕業だ。

「こっちです」
「わっ」

もう一度声をかけられて、顔を正面に戻すと彼が立っていた。
黒子テツヤくん。
この影の薄さが最大にして唯一の特徴ともいえる、いろんな意味ですごい人。

そんな彼の先ほどの言葉を反芻して私は首を傾げる。


「さっき、なんて?」
聞き間違いかと思って念のため尋ねてみると、彼はニコリと微笑みながら言った。

「ボクと、デートしてください」
「えっ!?」

先ほどよりもストレートな言葉に、私はバッと顔を赤らめた。
デートって、あのデートだよね。

「え、その……私、と?」
「はい。みょうじさんとデートしたいです」

あまりに真っ直ぐすぎて、なんて答えたらいいのか分からない。
ていうか失礼な言い方だけど、正直彼が女の子をこんな風に誘う人だとは思ってなかった。
何でも受け身な人かと思っていたから、イメージとのギャップに戸惑ってしまう。

それでも、デートに誘われるのは女子として純粋に嬉しい。


「えっと………わ、私でよければ…!」
戸惑いながらも頷けば、彼は嬉しそうにニッコリと笑った。

「ありがとうございます。じゃあ明日、駅前に10時でお願いします」
「うん」

今まで全く意識していなかった人なのに、こんな風にあからさまな好意を向けられると、現金なことに胸が躍ってしまう。
私もニッコリと笑って頷いてみせると、彼は満足そうな顔をした。


***


「みょうじさん、こっちです」

駅前についてキョロキョロしていたら、どこからか声をかけられた。
そのことにまたキョロキョロすると、今度は肩を叩かれる。

「おはようございます、みょうじさん」
「おっおはよう、黒子くん!」

振り返ると、黒子くんがクスクス笑いながら立っていた。
ついつい意識してしまって緊張ぎみの私はどもってしまう。


黒子くんの私服って初めて見たけど、制服じゃないってだけで何故かドキドキしてしまう。
シンプルですごく黒子くんらしい感じ。

見とれてしまって、ぼんやりしていたら黒子くんが不思議そうな顔をした。

「どうかしましたか?」
「えっ!? あ、ごめん!」

私は慌てて目をそらす。
すると黒子くんがまたクスクスと笑った気配がした。

「みょうじさん、私服可愛いですね」
「えっ!?」
驚いてパッと顔を上げると、すごく優しく微笑む黒子くんと目が合ってしまった。

「ボクが想像していたよりもずっと可愛くて、ちょっと困ってます」

何それ。何それ。
何でこの人こんなに恥ずかしいことをサラッと言えちゃうの。
それとも男の子って皆こんな感じなの。

私は言葉を失ってしまって、真っ赤な顔で口をパクパクさせるだけしかできない。
そんな私の様子を見て、黒子くんはさらに笑った。


「可愛いですね、本当に。……行きましょうか」

そう言ってそっと手を差し出してくる。
その仕草に私は固まった。
これって、手を繋ぐってこと?
そうだよね、それ以外ありえないよね。

私は黒子くんとその手を見比べた。
黒子くんがこんなに積極的な人だとは思ってなかった。
でも、嫌じゃない。

私はドキドキする胸を押さえながら、そっと自分の手も伸ばした。
しかし。


黒子くんに伸ばしたはずの手が、パシッと後ろから伸びてきた手に繋がれてしまった。
驚いて振り返ると。


「おはよっス! 奇遇スね!」


キラキラした笑顔でニコニコ笑うイケメンが。
私の手をギュッと握りながら爽やかな挨拶をする。

「え、なっ……ええっ? 黄瀬くん? 何でっ!?」
私は状況が呑み込めなくて、わたわたと慌てる。
助けを求めるように黒子くんを見ると、彼はすごい目で黄瀬くんを睨んでいた。


「…………何してるんですか、黄瀬くん」
「そんな怖い顔しないでよ黒子っち! デートっスか?」
「分かってるなら今すぐどこか行ってもらえませんか。その手を離してください」
「えー」

黒子くんの纏う空気がどんどんと冷ややかなものへと変わっていく。
しかし黄瀬くんはそれに気づかないのか、相変わらずニコニコと笑ったまま私の手をぶんぶんと振った。

「黒子っちだけなまえっちとデートするとかズルいっス! オレもなまえっちとデートしたいのにー」

「えっ」
その言葉に私は驚いて黄瀬くんを見上げると、彼がニッコリと笑いながら私を見つめていた。


「ね、なまえっち。オレとデートしようよ。いいでしょ?」

私の方に身を乗り出しながらますます満面の笑みを浮かべる黄瀬くんに戸惑ってしまってポカンと馬鹿みたいに口を開けてしまう。
ついさっきまで黒子くんのことでいっぱいだった頭は、黄瀬くんの登場で完全に容量を超えてしまった。


何これ、からかわれてるのかな。
男の子に誘われるの自体初めてなのに、それが急に2人もなんて。
ありえない。

それでも戸惑う心とは裏腹に、ドキドキとする心臓は抑えられなくて。
きっと私の顔はこれ以上ないくらい真っ赤だろう。
心なしか視界もうるんでいる気がする。
どうしよう、と返答に困っていると、スッと黒子くんが私と黄瀬くんの間に割って入った。

「みょうじさんと約束していたのはボクです。お引き取りください」
「そんな怖い顔しないでくださいよー。なまえっちが怖がっちゃうス」
「みょうじさんを怖がらせる気なんて毛頭ありません」
「実際ちょっと怖がってるじゃないスか。
てゆーか、正直黒子っちよりオレの方がなまえっちを楽しませてあげられると思うんスけど。オレ女の子の扱い上手いっスよ」
「キミのだらしない交友関係が自慢になるとでも思っているんですか? ボクはキミと違って誠実です。みょうじさん以外の女の子に目を向ける気もありません」
「ひどっ! オレだってなまえっち以外の女の子とかどうでもいいっスよ! オレ一途スから」

「えっ? あの、ちょ………っ」

私を蚊帳の外にして言い争う彼らの話の方向性が、ちょっと恥ずかしい方向へとずんずん進んでいく。
どういう顔でこの話を聞けばいいのか分からず、これ以上は耐えられなくて私は思わず黄瀬くんの手と黒子くんの袖を引いた。


すると黄瀬くんが黒子くんを押しのけるように私に詰め寄る。
ギョッとした私が一歩退くと、その距離をさらに詰められて私は逃げ場がない。

「なまえっちはどっちとデートしたいスか? なまえっちが選んでよ!」
「え?」

ただ言い争いをやめてほしかっただけなのに、何故かますます困った方向に話が進んだ。
戸惑うように黒子くんにも視線を向けると、彼も少し不機嫌そうながらも頷く。

「みょうじさんが選ぶことなら文句はありませんが……もちろんボクとデートしてくれますよね」
「オレと! オレとデートするよね!」

「ええ? ちょっ……」


何で私こんな目に合ってるの。
昨日まで恋バナは聞く専門で、恋愛事なんて他人事だと思っていた私が、2人の男の子からデートに誘われて、どちらかを選べと迫られている。
冗談にしては性質が悪すぎる。


「ボクですよね、みょうじさん」
「オレっスよねっ」


気づけば、周囲の人から好奇の視線を集めてしまっている。
そりゃあ私だって他人事だったら面白いと思うよ、こんな修羅場。
本当に他人事だったらいいのに、と私は心の中で呟いた。


「お願いですみょうじさん。ボクを選んでください」
「ダメっス、オレを選んでよ」


どうしよう、どうしよう。
そんなこと言われても、どっちも選べない。
だって私にとって2人は、少なくともついさっきまでただの同級生で、どっちが好きとか嫌いとかなんてない。
それなら2人とも断ってしまうのが誠実なような気もするのだが、2人の真剣な目に気圧されてとても断れる雰囲気じゃない。
どうしよう。どうしようもない。

悩みに悩んだ末、私は苦肉の策で彼らに提案した。


「あの……3人で遊びに行く…とかじゃ、ダメかな…………」


私の言葉に、彼らはきょとんとした顔をする。
予想外の提案だったようだ。
しばらく困ったように眉を寄せていた彼らだが、とにかく事を荒立てたくないと私が目で訴えると、やがて彼らはため息をついた。

「……分かりました。今日のところはそれでいいとしましょう」
「まぁなまえっちが言うなら仕方ないスよね」

しぶしぶながらも頷いてくれてホッとした。
やっとこの修羅場から抜け出せると安堵したのもつかの間。


ちゅっとおでこに何かが触れた。
驚いてそちらを見上げると、不敵な笑みを浮かべる黄瀬くんが繋いだままの私の手を握る力を強める。


「その代わり、次はないスよ。今日、なまえっちを落としてみせるから」
「はっ!? え、なっ…………」

戸惑う私に、黄瀬くんがニッコリ笑いながら自分の唇をつんつんと指でつついた。
その仕草で、先ほど私の額に触れたのは彼の唇なのだと知る。

ボッと顔を赤くして狼狽える私に、今度は。


黄瀬くんと繋いでいない方の手をグイッと引かれて、ちゅっと頬に柔らかい感触。
驚いてそちらを見ると、すごく真剣な目をした黒子くんに視線が捕まった。


「それはこちらの台詞です。今日は覚悟してください、みょうじさん」

不敵に持ち上げられた唇に、黒子くんにキスされたんだと理解する。

「なっ、なん…………えぇ?」
言いたいことがありすぎで、逆に何も言えない私はただ狼狽えるばかりだ。
そんな私を見て彼らはクスリと笑う。


「行きましょうか、みょうじさん」
「どこ行きたいスか? どこでも連れてってあげるっス!」

昨日まで色恋沙汰には縁遠かった私が、今は男の子2人に両手を引かれて。
それぞれ自己主張するようにギュッと強い力で私の手を握る。


早く冗談だと言ってほしい。
でないと、私。騙されちゃう。

ドキドキとうるさい心臓を抑えつけながら、私は両手を引かれるままに2人の男の子についていった。



(ていうか、黄瀬くんどこか行くとこだったんじゃないの………っ?)
(ん? 何でスか?)
(だって、こんな時間に駅前って…………)
(ああ、オレただ黒子っちの邪魔しに来ただけス。抜け駆けはさせねっスよ)
(なっ…………)
(盗み聞きなんて、趣味が悪いですね黄瀬くん)


*明日香さまリクエスト作品。
裏までいこうと思ったのですが、長くなってしまったので切りました。


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