私の変人



(※男主)



ビーっとけたたましくブザーの音が鳴った。
「よし、じゃあ10分休憩! 次は試合形式で行う。水分をしっかりとって体を冷やさないようにしろ」
赤司がそう言うと同時に、ベンチに座っていた桃井とみょうじが立ち上がる。
ドリンクを配るためだ。


「はいよ、黄瀬くん」
みょうじがドリンクを渡すと、黄瀬はにっこりと笑ってそれを受け取る。
「ありがと、みょうじくん」
みょうじはそれにニッコリと笑い返して、他の選手の元へと走っていく。

男子は皆汗をかいて座り込んでいる中で、桃井と一緒にその間を走り回るみょうじの姿はとても目立った。
黄瀬はその姿を目で追いながら、近くにいた青峰に声をかけた。


「ねぇ青峰っち」
「あ? なんだよ」
「なんでみょうじくんってマネージャーやってんスか? わりと体格いいし、選手やればいいのに」
「あー」

新人の黄瀬の当然といえば当然の疑問に、青峰はボリボリと頭をかく。

「みょうじな、あいつ変人なんだよ」
「は?」
「なんか、コートの外がいいとかなんとか……意味わかんねぇんだよ。でもまぁあいつのおかげで、さつきは力仕事が減って助かってるみたいだし、本人も楽しそうだしいいんじゃね?」
「はぁ……」

青峰のはっきりとしない答えがいまいち腑に落ちない様子の黄瀬であったが、青峰がボールを弄りはじめるとすぐにそのボールを奪おうとじゃれつくことに夢中になって、それまで考えていたことなど忘れてしまったのだった。


***


練習が再開されてしまうとマネージャーは仕事がなくなってしまう。
スコアやタイムキーパー、ボール拾いなどの雑用は多すぎる部員で賄えてしまうからだ。

「さつきちゃん、今のうちにドリンク作り直しに行こうよ」
「あっ、うん!」

みょうじに声をかけられ、ベンチでぼんやりと試合を見ていた桃井は慌てて足元のジャグを持って立ち上がった。
しかし、その重みにふらついてしまう。するとすかさずみょうじが手を伸ばしてその身体を支えた。

「ジャグは俺が持つっていっつも言ってんじゃん。さつきちゃんはこっち」
みょうじは桃井の手からジャグを奪い取り、代わりにコップの入った籠を持たせる。

「あ、ありがとみょうじくん」
流れるようなその一連の動きに桃井は呆気にとられながらも、歩き出すみょうじの隣に並んでその腕を見つめた。

「みょうじくんって結構力強いよね」
「そう? 選手よりと比べると大したことないと思うけど。一般的な男子だよ」

その言葉に桃井は頬を膨らませて視線を落とす。

「いいなぁ男の子。私も男の子に生まれたかったなぁ」
「何言ってんの。もしさつきちゃんが男だったら、世の中から可愛い女の子が1人減っちゃうってことだよ。損害賠償請求されても文句言えないよ、損失がデカすぎて」

褒めてるのか何なのかよく分からないみょうじの理論に、桃井は苦笑いだ。

「みょうじくんって面白いよね」
「そんな苦笑いで言われても嬉しくないかなぁ」
「ごめんごめん」


他愛もない話をしながら水道につくと、2人は並んでそれぞれ水仕事を始める。
大量のコップを洗いながら、桃井はふと思い出したように言った。

「そういえばさっき、きーちゃんが話してたんだけど」
「ん?」

みょうじはジャグをじゃばじゃばと水で流しながら顔を上げた。
桃井はその顔を見つめながら尋ねる。

「みょうじくんって、なんでマネージャーなの? 男の子なのに」
その言葉にみょうじは首を傾げた。

「言ったことないっけ?」
「ないと思う。みょうじくんがいてくれて私はすごく助かるけど、せっかく男の子なのに勿体ないなぁって。選手やらないの?」
「んー」

みょうじは苦笑いしながら、きゅっと水道の蛇口を閉めた。


「たぶん、さつきちゃんが女バスに行かないのと一緒」
「え?」

きょとんとする桃井にみょうじは笑いかけた。

「さつきちゃんっていっつも、男の子はバスケができていいなぁ、みたいなこと言うけど、さつきちゃんだってやろうと思えば女バスに行ってバスケできるでしょ?
だけどそうしないのと一緒」

桃井は目をぱちくりさせた。

たしかに自分は身体能力的にバスケができないわけじゃない。
バスケというスポーツがやりたいなら、女バスの選手になればいくらでもできる。
だけどそんなこと考えたこともなかった。何故だろう。


「――なんで?」

考えた結果、結局よく分からなくなって桃井はみょうじに尋ねた。
するとみょうじはジャグを洗う手を止めて桃井を見つめる。


「なんでって…………さつきちゃん自分でわかんないの?」

桃井がふるふると首を横に振ると、みょうじは苦笑した。

「そっか。じゃあ勝手な憶測で話しちゃうけど」


みょうじはジャグにためた水を豪快にひっくり返す。
激しい水音とは正反対の落ち着いた声でみょうじは事も無げに言った。


「俺もさつきちゃんも、ただバスケが好きなんじゃなくて、うちの選手がやってるバスケが好きなんだよ。青峰くんのバスケとか、黒子くんのバスケとか、そういうのが好きなの。そういうのってコートの外からが一番よく見えるでしょ?」


言いながらみょうじが微笑んだ。
どこか遠くを見るようなその表情に、桃井はハッとする。


「俺はキセキの奴らと同じ景色が見たい。でも、彼らと同じ場所に立ってちゃ景色は見えてもキセキは見えない。だから俺は彼らから離れたところにいたいんだ」

みょうじの言いたいことが何となく分かった気がして桃井は口を挟んだ。


「それってつまり、私たちってキセキの皆が大好きってこと?」


桃井の言葉に、みょうじは目を丸くする。
予想外の言葉選びだったようだ。
しかしやがてみょうじは照れたような笑みを浮かべて言った。

「そういうこと! なんか恥ずかしいけどね」
本当に恥ずかしそうなみょうじに、桃井はクスリと笑う。


心に何となくつっかえていたものがやっと取れた気がする。
何故自分はマネージャーをしているのか、その理由がやっと分かった。
データ分析が得意だから、とかそういう理由だけじゃなかったんだ。

桃井は流しっぱなしだった水道の蛇口をキュッと捻った。
それまで水音が支配していた空間に静寂が広がる。
その中に桃井の凛とした声が一滴響いて広がった。

「ありがとう、みょうじくん。みょうじくんのおかげでマネージャーとしての自分がもっと好きになれそうな気がする」

みょうじはその晴れ晴れとした笑顔を微笑みながら見つめた。
何かを考えていたような彼が、やがてそっと口を開く。


「あのね、さつきちゃん。俺、マネージャーになってからもう1つ気づいたことがあるんだ」
「え?」

言いながらみょうじは、コップを片づける桃井の手を取った。
作業を中断させられて顔を上げた桃井は、みょうじのまっすぐな眼差しに捕まって息を呑む。


「ベンチからだと、キセキの背中の向こうにキセキの見ている景色が見える。それって、さつきちゃんと見てるのと全く同じ景色なんだってことに気づいた」

みょうじは桃井の手をギュッと握る。
お互い濡れている手だが、桃井の手は冷えている一方でみょうじの手は暖かい。
みょうじはその手を暖めるようにタオルで包み込みながらニッコリと笑った。


「さつきちゃんと同じ景色が見れてすごい嬉しい。俺、さつきちゃんのこと大好きなんだ」

「へっ…………!?」


あまりに唐突な発言に、何を言われたのか分からなかった。
状況が呑み込めない。

「そっ、それってどういう意味………っ」

慌てる桃井を見つめながら、みょうじは意地悪く笑みを浮かべる。

「言わせんの? やるねぇ」
「だっ、だって!」

しどろもどろになる桃井に、みょうじは急に真顔になった。
その真っ直ぐな視線に桃井はビクリと肩を震わせる。
そんな桃井の目を真剣な眼差しで見つめながら、はっきりと言った。


「好きだよ、さつきちゃん。マネージャー仲間としてじゃなくて、女の子として見てる。
よければ、俺と付き合ってほしい」


ドキリと胸が高鳴った。
何これ、なんで?
真っ赤な顔の桃井は狼狽えながら、言い訳をするように言う。

「わ……………私にはテツくんが…………!」
「じゃあ俺じゃダメ?」
「ダメとかそんなんじゃなくて………………」
「俺のことそういう風に考えられない?」
「だ、だってそんな風に考えたことないし………っ」

「そっか分かった」

みょうじはパッと桃井の手を離した。
あっさりと引き下がったみょうじに、何が起きたか分からず桃井はポカンとする。

「今の俺じゃまだダメってことだよね」

サラリとそう言うみょうじに、ダメじゃない、と声を上げそうになって桃井は慌てて口をつぐんだ。
ここで否定したら、それはみょうじを受け入れるということだ。
そんな、心の準備もできてないのに。


「ごっ………ごめん、みょうじくん………」

みょうじのことは嫌いじゃない。むしろ好きな方に入る。
だが、今までそういう目で見たことのない相手と、いきなり付き合うというのは相手にも失礼だ。

それまでみょうじの気持ちに気づけなかった自分が悔しい。
気持ちに応えられない罪悪感から、桃井が謝罪するとみょうじは慌てて手を振った。

「謝んないでよ! なんか虚しくなるじゃん」
「ごめんなさい………」
「もー………まぁいいよ」

みょうじは苦笑しながらため息をついた。


「どうせ明日も告るし」

「………………は?」
桃井は耳を疑う。今、彼は何て?


「今の俺がダメでも、明日なら大丈夫かもしれないじゃん。さつきちゃん俺のこと意識してくれると思うし」
「え…………でも私さすがに1日で惚れたりしな………………」
「大丈夫、俺明日までにもっといい男になってくるから。明日もダメだったら明後日も告るし」
「はい………………!?」


桃井はますます自分の耳が信じられない。
さっきまで抱いていた罪悪感とかそういうものは遥か彼方に旅立ってしまったようだ。

「もしかして、私がOKするまで毎日告るつもり……………?」
「もちろん」

桃井は口をポカンと開けた。
前から、読めないところのある変わった人だとは思っていたけど、まさかここまでぶっ飛んでいるとは思ってもみなかった。


「さつきちゃんが俺のこと好きになったらいつでも言ってね。それまでちゃんと告るから」
「そっ、そんな軽く言えちゃうものなの!? 告白って!」

思わず声をあげると、みょうじはきょとんとする。

「まさか、そんなわけないじゃん」

みょうじは桃井の手を取って、自分の左胸に押し当てた。
その固い胸板の感触と、手のひらに伝わってくる早い鼓動に驚いて顔を赤くする。


「もう心臓爆発しそう。さつきちゃんのこと大好きだもん、俺」

頬を染めてニッコリと笑う彼に、桃井はもう何も言えずに俯いた。


(みょうじくんってはっきり言って変人だよね……………)
(あ、それ俺にとっては褒め言葉)
(は…………!?)
(変人と恋人って、似てる気がしない?)


*キリ番リクエスト98989番 雨里さまリクエスト作品。
タイトルの元ネタは「青い山脈」という映画の「変しい変しい私の変人」というラブレター。


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