運命詐欺師にお尋ねを



間延びしたチャイムの音が鳴った。
「起立、礼」
日直の笠松くんの生真面目な声が、この息苦しい時間からの解放を告げてくれる。

さて、楽しい昼休みの始まりだ。


「んー…………」
私は背伸びして凝り固まった筋肉をほぐしながら、今日の予定を考える。

まずは食料の調達。
今日はお弁当ないから購買行かなきゃ。
そのあとはどうしよう。
天気がいいから、中庭でお昼を食べるのもいいな。
もしかしたら、ときどき現れる迷い猫が来てくれるかもしれないし。

そうと決まれば即行動。
お財布を持って椅子から立ち上がると。


「みょうじ」
「ん? ああ、森山くん」

声をかけてきたのは、クラスメートの森山くん。
彼は相変わらず胡散臭いキラキラオーラを醸し出しながら私の手を握った。


「こんなところで会うなんて運命だな、みょうじ」
「まぁクラスメイトなんだから教室で会うよね」

相変わらず少し残念なこのクラスメイトの発言を軽く流す。

「校内ナンパ禁止だよ」
「相変わらずつれないな。この運命の赤い糸が見えないのか」
「逆に見えてた方が異常だと思うんだけど」

笠松くんあたりに助けを求めるべきかな。
でも笠松くん相手だと会話成り立たないし、さてどうしよう。

辺りをキョロキョロと見回していると、ちょうどいいところにちょうどいい人が。


「小堀くん、ヘルプ!」

偶然通りかかったのであろう小堀くんに声をかけると彼は首を傾げながらも歩み寄ってきてくれる。


「ナンパ男から私を助けて、小堀くん」
「何だそりゃ。っていうか、また森山か」
「またとは何だ、失敬な!」
「怒るくらいならその運命詐欺やめようよ」
「運命詐欺ぃ!? 何だそれは!」
「運命運命ってうるさい新手のキャッチセールスみたいなそのナンパのこと」

私の言葉に森山くんはあからさまにショックを受けた顔をする。
私はそれに構わず、森山くんの力が弱まった隙を見計らって手を振りほどき、苦笑する小堀くんの腕を引いた。


「よし、脱出成功」
「これってオレいらなかったんじゃ……」
「ううん、ありがと助かった。ていうか、どっか行くとこだった?」
「え? ああ、購買行こうと思って」
「わ、ホント? じゃあ一緒行こ! 私も行くとこだったの!」
「おう」

小堀くんは苦笑しながらも私と歩いてくれる。
本当にいい人だなあ、この人。同い年なのにお兄ちゃんって感じ。


「小堀くんってお弁当派なイメージあるんだけど」
「弁当だよ。でもいっつも足りないから購買で買い足すんだよ。ついでに部活前に食べる分も買っとくんだ」
「うっわ、さすが運動部! そんだけ食べて太らないの?」
「全部部活で消費する。ていうか少し太らないと筋肉つかないから、むしろもっと食べろって言われるよ」
「えーすごっ!」

適当な話をしながら、私たちは三年校舎を出て、一年校舎に通じる渡り廊下を歩く。
購買がある建物は一年校舎の一階から行くのが近道なのだ。


「じゃあもしかして、腹筋とか割れてたりする?」
「もちろん」
「触ってみていい?」
「いいよ」

渡り廊下の真ん中で立ち止まって、少し照れたような顔の彼のお腹をぺたぺたと触ってみる。固い。
彼のお腹を触りながらもう片方の手で自分のお腹を触ってみると、そのふにふにした感触に少しへこんだ。

「すごいねーさすがバスケ部」
「まあな」

彼のお腹を触っていると、不意にその胴回りが気になった。
もしかして腹筋だけじゃなくて、この回り全部筋肉なのだろうか。


思い立ったら即行動ということで私は、えいやっ、と彼の腰に抱きついてみる。

「みょうじ!? なっ、何を……っ!!」
「太っ! ごつっ! 何これ!」

慌てる彼はシカトして、背中や腰をペシペシと叩く。
固い。どこもかしこも固い。
私みたいな脂肪とは縁がないようだ。

「すっごいねー…………どんだけ鍛えればこんなになるんだか…………」

私が感心してため息をついたとき、背後でバサバサッと何かが落ちた音がした。
小堀くんから腕を離して振り返ると。


「こっ…小堀先輩…………!」

噂の一年生、黄瀬涼太くんがいた。
遠くからしか見たことなかったが、近くで見ると予想以上に背が高くて迫力のあるイケメン。

でも残念ながらそのイケメンは今、わなわなと震えながら目に涙を浮かべて、なんだかイメージとはずいぶん違った残念な感じになってる。
足元に散らばった教科書やノートが先ほどの音の原因らしい。


「どうした黄瀬!? 誰かにいじめられたのか」

小堀くんはギョッとして彼に歩み寄るが、黄瀬くんはフルフルと首を横に振りながら一歩後ずさる。
小堀くんのセリフがまるで保護者みたいで面白い。


「ちっ……違……………先輩、もしかして、つ、付き合って…………」
「は?」

えぐえぐと涙ぐむ黄瀬くんの言葉の意味が分からない。
小堀くんも同じようだ。

「黄瀬、固有名詞が足りない。はっきり言え、どうした?」
小堀くんの言葉に黄瀬くんはギュッと眉を寄せながら泣き叫ぶように言った。


「みょうじ先輩って小堀先輩の彼女なんスか…………!?」

「……………へっ!?」


彼の口から急に飛び出てきた私の名前に、驚きすぎて変な声が出た。

何で私の話になるの?
ていうか、黄瀬くん何で私の名前知ってるの?


「こ、小堀くんはクラスメートだよ!?」
「うっ嘘だぁ! だって今、抱き合って!」
「抱き合ってない! オレは手を出してない! 勝手に抱きつかれただけだ!」
「えっ、じゃあもしかして、みょうじ先輩は、小堀先輩を、すっ……好きなんスか……………!?」
「いやいやいや! 何でそうなるの! 小堀くんはクラスメートだってば!」


何ですかこの状況。
何でこんな修羅場っぽくなってるの?

かたやクラスメート、かたや初対面の後輩。
修羅場になる要素が全く見当たらない。


でも、気のせいじゃなければ今ここにはある意味本物の修羅場も存在しているようだ。
外野の女子と、私の間に。
端から見たらこの状況、私はバスケ部レギュラーで二股かけているようにしか見えないだろう。

何とかしなければ、私は無事に生きて卒業できない気がする。


「っ────! 黄瀬くん!」
「っ!? はい!」

生命の危機を感じた私がピシリと厳しい口調で彼の名を呼ぶと、黄瀬くんはピシッと背筋を伸ばした。
ふさふさの耳としっぽもピンと立ったような気がする。目の錯覚だろうか。

まあそんなことはどうでもいい。
私は黄瀬くんに向かって指を突き付けながら、丁寧にはっきりと発音する。


「いい? 私と小堀くんはクラスメート。今までもこれからもそれ以上になることはありません。それに残念ながら私は正真正銘のロンリーだから、黄瀬くんからどうこう言われる筋合いはない」

だから私は無罪だ!と周りに聞こえるように叫ぶと、彼はポカンと口を開けた。

「へ………………マジで何もないんスか?」
「ありません」
「じゃ、じゃあ先輩………好きな人……とかは?」
「いません」


私の答えに、自分の勘違いを恥じているのか、みるみるうちに黄瀬くんの顔が赤く染まる。
ようやく誤解がとけたか、と安堵していると。


突然黄瀬くんが私の両肩をガッと掴んだ。

「みょうじ先輩!」
「はい!?」

真剣な目が私を見下ろす。
顔はまだ真っ赤だ。

「先輩、あの、オレ先輩に言いたいことがあるんス」

たどたどしくも必死な声。
何となく口を挟める雰囲気じゃなくて、私は大人しく彼の言葉を待つ。


「オレ、先輩のことずっと見てて、可愛いなってずっと思ってて、その、」
「へ……………?」

てっきり、勘違いへの謝罪かと思っていたのに、何やら、雲行きが怪しい。

「名前とかもこっそり調べたんスけど、彼氏とかそういうのは分かんなくて、そんで今日小堀先輩とイチャついてるの見てもしかしてーって勘違いしちゃって、」
「ちょっ、ちょっと待って黄瀬くん!」

だんだんと話が逸れていっている気がする彼の顔の前に手のひらを突き出して言葉を遮った。


「わ、私、黄瀬くんとは初対面だよね?」

確認するように尋ねると、黄瀬くんは一瞬迷うような素振りを見せたが、やがてゆっくり頷いた。

「会話するのは間違いなく初めてっス」
「じゃあちょっと話の方向性おかしくないですか?」
「おかしくないっス」

黄瀬くんはスウッと息を吸い込むと、やがて決意したように真っ直ぐ私を見つめながら言った。


「オレ、みょうじ先輩が好きです。付き合ってください」

「………………なっ何で!?」


今日は何でもない昼休みのはずだった。
購買でパン買って、それを中庭でかじりながら、どこからか迷い込んでくる猫を構って終わるはずの昼休み。

一体どこでその運命が変わってしまったんだ、と運命詐欺を働こうとしたあの男を思い出していた。
その運命とやらを教えてくれ、と念じながら。



(私の神回避を阻止するとか何考えてんの! 私の命! 大切にして!)
(え、何がっスか、あ、ちょっと叩かないで、痛い!)


*50000hitフリリク企画 陽樹さまリクエスト作品。
タイトルは語呂がいいからつけただけで、実際に森山先輩に尋ねちゃったりしたら大変なことになりますよ。ていうか森山先輩扱いひどくてごめんね。


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