▼僕らの秘密
意味がわかんない。
だって、今日の朝はすごく晴れてたのに、何で日が暮れてから雨が降ってくるんだろう。
天気予報では降水確率10%って言ってた。
10分の1の不運にあたるなんて、逆に運がいい気もしてくる。
「それにしても降りすぎ…………」
私の呟きは体育館の屋根を激しく叩く雨音にかき消された。
空を厚く覆う雨雲のせいでいつもよりも薄暗い体育館の倉庫。
私は備品チェックのスピードを早める。
「ビブスが15……と」
この仕事を一番最後にしたのが間違いだった。
扉の外の静けさから察するに、練習は終わってしまったらしい。
部員もきっと皆帰っちゃっただろう。急がなければ。
次はコールドスプレー類だ。
チェック表に目を落としながら私は踵を返した。
が、勢い余ってスコアボードに足を引っかけてしまいバランスを崩す。
「うわっ………」
私自身は何とか踏みとどまったものの、スコアボートは倒れてしまって、倉庫内に大きな音が響いた。
同時に周囲が真っ暗になる。
「っ!!」
上げそうになった悲鳴を何とかかみ殺す。
倒れたスコアボードが電灯のスイッチを押してしまったのだと理解するのに数秒かかった。
少しずつ暗闇に目が慣れてくると、扉の方向に向かってもたれかかるスコアボードがぼんやり見えてくる。
手探りで何とかスコアボードを起こしたとき、今度は窓の外がピカリと光って室内を一瞬だけ照らして、私は息を詰めた。
そんな、まさか。
私が身を縮めるよりも早く、バリバリッと外で轟音が鳴った。
「いやあっ!!」
私はその場にうずくまった。
それだけでは足りず、体操マットの山と壁の隙間に逃げ込む。
何故かは分からないが、私は雷が大の苦手だった。
そうそう人に落ちてくるものじゃないと十分理解しているのに、雷鳴が轟くと室内にいても怖くて怖くて平常心じゃいられない。
カッコ悪くて友達にも言えない、私の秘密だ。
また雷鳴が轟いた。
私は必死に悲鳴を押し殺してギュッと身を小さくする。
怖くない、大丈夫、怖くない。
自分に言い聞かせるけど、ガタガタと震える身体は言うことを聞いてくれない。
真っ暗な倉庫に一人きりという状況がますます恐怖を増大させる。
言い知れぬ不安にじわりと目の奥が熱くなったとき。
ガラガラと重たい引き戸を開ける音がした。
「誰かいるんですか?」
静かな声が響く。誰かが様子を見にきたんだ。
どうしよう、高校生にもなって雷が怖いなんてそんなカッコ悪いところ、誰にも見られたくない。
何でもないふりをするために口を開こうとしたその瞬間、再び外で轟音が鳴り響いた。
「ひゃあっ!!」
完全に油断していた私の口からは悲鳴が飛び出る。
私の悲鳴に驚いたらしく、その人物は慌てた様子で倉庫に入ってきた。
「………あれ?」
パチパチと何度かスイッチを操作する音がした。けれども電気はつかない。
停電だろうか。もしかしたらスコアボードがぶつかった衝撃でスイッチが壊れてしまったのかもしれない。
やがて彼は電気を諦めたらしく、薄暗い倉庫の中におそるおそる足を踏み出してきた。
どうしよう、来なくていいのに。
こんな恥ずかしいとこ見られたくない。
せめて見つからないようにと、私は頭を膝に埋めて縮こまる。
が。
「みょうじ、さん?」
私の努力もむなしく、頭のすぐ上から降ってきた声に私は諦めて顔を上げる。
「黒子くん……………」
そこにいた人物が意外で私は驚いた。
1年レギュラーの黒子くん。
何で彼がこんなところにいるんだろう。
「もう皆帰ったんじゃ………」
「ええ、帰ろうとしたんですが、倉庫からすごい音がしてたんで戻ってきました」
そう言って黒子くんは私の顔を覗き込む。
急に近づいた顔にぎょっとして私は少しのけぞった。
「気分でも悪いんですか? 顔色が、あまりよくないように見えますが…………」
「やっ………たぶん暗いからだと思…………………」
とにかく早くこの場を去ってほしい、と慌てて言い訳していると、窓からピカリと鋭い光が射し込んだ。
「っ……………」
私がギュッと身を縮めると、すぐにドーンと雷鳴が轟く。
その音に私が声にならない悲鳴をあげると、黒子くんが戸惑った気配がした。
「もしかしてみょうじさん、雷が怖いんですか?」
言い当てられてビクリと肩を震わせる。
「違っ…………!! 怖くなんか、」
パッと顔を上げた瞬間、ピカッと光ってすぐさま轟音がした。
「ひっ…………!!」
耳が裂けるようなその音が近すぎて、私はまた声にならない悲鳴をあげる。
何でこのタイミングで鳴ってしまうのか。
これでは怖いって言ってるようなものじゃないか。
そんな、カッコ悪いところ見せたくないのに。
「ほっ、ホントに違うの! 子供じゃないんだし、雷くらい…………」
平気だと必死に強がってみせる。
そんな私の様子に黒子くんはしばらく考えるように黙り込んで、そして頷いた。
「分かりました。誰にも言いません」
「っ────!! そうじゃなくて…………っ」
「ボク、口は堅いですよ。だから………そろそろ、そこから出てきませんか」
その言葉に、また私はビクリと肩を震わせる。
黒子くんは私が好きでこんなところに挟まってるとでも思っているのだろうか。
ここに挟まってるのは今も雷がゴロゴロと唸っているからだ。
家ならば布団にくるまって凌ぐのだが、ここには布団がないのだから仕方がない。
「落ちつくまで一緒にいてあげますから、とりあえず部室に行きましょう」
「っ………いや」
部室みたいな広々とした空間に移動するなんて冗談じゃない。
反射的に断った後で、我に返って必死に言い訳を考える。
「だ、だって部室なんて……………せ、狭いし」
「この倉庫の方が狭いと思いますが」
「うっ…………えっと、そうじゃなくて………………あ、ほら、誰か来たら私がいたら迷惑かも………」
「何でですか。構いませんよ」
「うー……………」
他に何か尤もらしい理由はないだろうか。
もう半泣き状態で必死に唸っていると黒子くんはため息をついた。
「─────分かりました。そんなに言うなら、部室には行かなくていいですから、とにかくそこから出てきてください」
「いやです」
また反射的に返事をする。
黒子くんが呆れたように眉を吊り上げたとき、また空を切り裂く轟音が鳴り響いた。
「っ!!」
私は必死に頭を抱えて耳を塞ぐ。
心臓がバクバクとうるさい。
「もうやだぁ………………」
黒子くんに聞こえないように、小さな声で呟いた。
何でこんな目に遭わなきゃいけないの。
雷なんてこの世から消えてしまえばいい、と膝に頭を埋めたとき。
ふわりと頭に何かが触れた。
それはそのまま私を宥めるように、優しく撫でてくれる。
その暖かさに、わずかに恐怖が和らいで、私はゆっくりと顔を上げた。
それは黒子くんの手だった。
よしよし、と幼子をあやすような手つきに少しムッとするも、その心地よさに抗えなくて私は目を細めた。
「……………仕方のない人ですね」
黒子くんはため息をつきながらそう言った。
馬鹿にされているような言葉だがその口調が柔らかいせいか、不思議と不快感はない。
「どうしても出てきてくれないんですか?」
私は無言で頷く。
「そうですか。困りましたね………」
言いながら、黒子くんは私の正面にしゃがみ込んだ。
そして。
「壁に接してると、建物に雷が落ちたときに壁を伝って感電しますよ」
「っ──────!?」
私は弾かれたように隙間から飛び出した。
そこを黒子くんに捕獲され、ギュッと抱きしめられる。
「やっと出てきてくれました」
そのまま黒子くんは身体を捻ってマットの山に背を預け、足の間に座らせた私の頭を抱え込んで、腕で耳を塞いでくれた。
見た目よりもがっしりとしてるその胸板に顔を押しつけられて視界も塞がれる。
「すみません、感電するって嘘です」
耳を塞がれているせいでくぐもって聞こえるその言葉に私は目をむく。
「えっ、なっ…………!?」
「出てきてほしくて嘘つきました」
でも、と黒子くんが続けようとしたとき、またドーンと轟音が響いた。
「やっ……………!!」
私はとっさに黒子くんに力いっぱいしがみつく。
強く抱きしめ返してくれる腕と体温に、何故かホッとする。
「……………マットの隙間よりも、こっちの方がいいと思いませんか?」
少し意地悪なその口調に、どう返答していいか分からなくて悩んでいると、またゴロゴロと空が唸った。
私が身を固くしたその瞬間、黒子くんは腕に力を入れて私の耳をがっちり塞いでくれる。
暖かくて優しい感触。
「怖くなくなるまで、こうしていましょうか」
その優しい口調に垣間見える余裕が悔しくて、私は黒子くんの胸板に額を押しつけながら呟く。
「わっ私、雷なんて怖くないもん」
「じゃあ、ボクが怖がってるということで」
「何それ」
「ボクが雷怖いんで、みょうじさんを抱きしめさせてもらってます」
内緒ですよ、と耳元で囁かれ、かすめた吐息に肌が粟立つ。
もう何を言ってもムダな気がして私は大人しく口をつぐんだ。
まだ雨はやむ気配がない。
雷の恐怖はまだ終わらないが、この腕の中は存外居心地がいいな、と私はますます強く黒子くんにしがみついた。
(君がこんなに優しいなんて、)
(君がこんなに可愛いなんて、)
((他の人には言えない、秘密))
*50000hitフリリク企画 すももさまリクエスト作品。
夢主のモデルはうちの猫。雷と掃除機が嫌いな可愛いやつです。
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