世界が変わるその瞬間



「なまえ、こっちにおいで」
「はあ」


オレはイライラしていた。
いやそれともハラハラしていた?
この際どっちでもいい。とにかくオレは彼らから目が離せなかった。


「ここに座れ」
「……なんで赤司くんのお膝に座らなきゃいけないんでしょう?」
「オレが言ったからだ」
「…………分かった」


いやいや、分かっちゃダメっしょ!
女の子がそんな簡単に男の膝に乗っちゃいけません!

思わず叫びそうになるのを必死に抑える。
これじゃただのお父さんだ。


「赤司くんは最近甘えんぼだね」

自分の腰をぎゅーと抱きしめている赤司っちを、どうでもよさそうに眺めながらため息をつくなまえっち。

「そういうつもりはないが……甘えさせてくれるのか?」

赤司っちが不敵に微笑む。
やべえ、オレから見てもイケメン。


「えー…………どうせ拒否権ないんでしょう」
「よく分かってるじゃないか」

なまえっちがすげえ面倒くさそうな顔してる。
赤司っちのキメ顔をこんなにさらっと流せちゃうなんて。

イケメンにも絆されない所がマジでかっこいい。
まあでもイケメンに絆されてくれる子だったらこんな苦労しなくていい気もするんですけどね!


ああ、それにしても赤司っちときたら。
体育館のステージからに座って膝になまえっちを乗せ、自分はというと背中を紫原っちに預けご満悦。
なんて幸せなサンドイッチだ。

いや、この場合一番幸せなのは赤司っちもなまえっちも両方抱きしめている紫原っちかもしれない。
ほしいだけお菓子貢いであげるからそのポジション変わってほしい切実に。


「…………おい黄瀬ぇ」
「なんスか青峰っち。虫取りなら焼けるからお断りっス」
「違ぇよバカ! てめぇ顔がキモいんだよっ!」
「えっ」

慌てて顔を触ってみる。
一応イケメンモデルで通ってるのに、そんなことあるわけ──。

「黄瀬くん、キモいです」
「うわぁっ!? く、黒子っちまで……!!」

突然背後から現れた黒子っちにまで言われてしまった。
青峰っちに言われると腹が立つのに、黒子っちに言われるとグッサリくるから不思議だ。


「バカップルはほっとけよ。それよりお前まだメニュー終わってないだろうが」
「うっ…………」

そうだった。
なまえっちを見守ってる場合じゃない。
これが終わらないと赤司っちに何言われるか分からない。

ちらりと視線をやると、まだベタベタしてる赤司っちと目が合った。
マズい、と思った次の瞬間、赤司っちが、オレに向かってニッコリと笑う。
その笑みにオレの背筋が凍った。


「さ、サボってないっス! 外周行ってきます!」

本当はまだベタベタしてる2人(いや、3人?)が気になって仕方がなかったが、無言の圧力に耐えきれなかったオレは慌ててその場を飛び出した。


***


「なまえっちはそれでいいんスか!」


オレはなまえっちに詰め寄っていた。
今は昼休み、クラスが違う赤司っちがいないこの教室にいる間だけがチャンスだった。
 

「えっと……ごめん黄瀬くん、何が?」

なまえっちは紙パックのココアを片手に首を傾げた。
顔には"めんどいヤツが来た"とか、"いきなり何言ってんだこいつ"とか、そういう類の言葉がびっしり書いてある。

まるで芋虫でも見るかのような視線。
オレがイケメンでも態度がブレないなまえっち素敵!
じゃなくて。


「何って赤司っちのことスよ! どんどんヒドくなってるじゃないスか!
あんなベタベタ触らせてていいんスか!? あんたらが付き合ってないのは知ってんだかんな!」

「ああ、そのことか」

ズズッとココアをすすって、なまえっちは何でもないことのようにサラリと言い放つ。


「まあ……別にいいんじゃない」

「うえぇ!?」


驚きすぎて思わず変な叫びが飛び出ると、うるさかったのか、なまえっちは迷惑そうに顔をしかめた。


「何でっスか! ま、まさか赤司っちのこと好きとか……!?」

思わず口に出た自分の言葉にヘコんだ。
そんなこと言われたらオレもう立ち直れない。


「まさか」

しかしなまえっちは、そんな嫌な想像も表情ひとつ変えずにあっさりと打ち砕いてくれる。
ホッとしたのもつかの間。


「だって拒否るの面倒なんだもん」

本当に、心底めんどくさそうな顔で告げられた言葉に、俺は声を失った。


「は……………えぇ? な、何スかそれ!!」

思わずガタッと身を乗り出すと、なまえっちは驚いたらしく肩を揺らしたが、謝ってる場合じゃない。

「拒否るの面倒とかモノグサにもほどがあるっしょ!! あんた女の子なんスよ!?
好きでもない男にベタベタ触らせて、万が一お嫁に行けないようなことされたらどうする気スか!!」
「さ……さすがにそれは断るよ。ていうかお嫁って、まだ中学生なのに気が早くないですか」
「早くないス!! 女の子なんだからもっと自分を大切にしないと………」

「なまえ」

聞き慣れた声が、オレの言葉を遮った。
教室の入り口を見ると、そこには王様が1人。


「なまえ、売店に行くぞ。ついてこい」

赤司っちの言葉に、なまえっちはまた面倒そうな顔をした。
いつも思うけど、赤司っちからの誘いにこんな顔できるのってすごい。


「私、特に売店に用事ないんだけど……」
「ココアを買ってやろう」
「行く」

「ちょっ、ええぇっ!?」

ガタンと音を立てながらすごい勢いで立ち上がったなまえっちに、オレは思いきり叫んだ。

ココアで釣られるとかチョロすぎるだろ!
ていうか今の今までココア飲んでたのにどんだけココア好きなんだ!


「というわけで、行ってきます」

バッと手を上げて去っていく背中に何を言えばいいかも分からず、言葉を探して口をパクパクさせている間になまえっちは行ってしまった。
去り際の赤司っちのどや顔は忘れない。


「はぁー…………」
急に1人になって、オレは力なく机に突っ伏した。

ココアくらい、オレだって買ってあげるのに。
ココアだけじゃない、なまえっちが欲しがるなら服でも靴でも何だって買ってあげる。
おそらくそんなことじゃ喜ばないのは分かってるけど。


赤司っちみたいに強引に誘えばデートとかでも付き合ってくれんのかな、とぼんやり考えた。
しかしすぐにその思考を否定する。

どうせデートするなら、笑顔のなまえっちがいい。
断るのが面倒だから、なんて理由で付き合ってもらっても嬉しくない。

(まあ、デートなんて誘うことすらできないヘタレなんスけどね…)

何故なら、断られたらショックだから。
赤司っちには何だかんだ言いながらも付き合ってるのに、オレだけ断られたらもう立ち直れない。

何でもっと楽な女の子を好きにならなかったんだろ、とオレはこっそりため息をついた。


***


「なまえ、おいで」

赤司っちは今日もまたなまえっちを膝に乗せる。
なまえっちは相も変わらずされるがままだ。

「なまえはいい子だね」
「同い年でしょう私たち」
「子供扱いしてるわけじゃないよ」

赤司っちは、クスクス笑いながらなまえっちの腰を引き寄せた。
ますます密着する身体に、さすがのなまえっちも戸惑っているように見える。


「女の子扱いしてるんだ」

「え、ちょっ…………」


赤司っちが、スッとなまえっちの首のラインを指でなぞった。

「んっ…………」

ピクリと肩を揺らして、何かを耐えるように唇を噛んだなまえっちに、頭の奥が急にカッと熱くなって目が眩む。


気づいたらオレは赤司っちたちの正面に立って見下ろしていた。


「どうした、黄瀬」
猫をあやすようになまえっちの喉や顎をくすぐりながら、赤司っちは不敵に微笑んだ。

いつもならビビるのに、今は不思議と怖く感じない。
いや、恐怖だけじゃない。本当に何も感じない。
感情が麻痺してしまったようだ。


オレはなまえっちの腕を掴んで引き寄せた。
案外あっさりと赤司っちの拘束はとけて、されるがままになまえっちはオレの胸に飛び込んでくる。

「あんまりベタベタ触らないでくれないスか」

言いながら自分の声の低さに少し驚いた。
ビックリするほど抑揚がない。


「なまえっちはオレのスよ」


ギュッと抱きしめる腕に力を入れると、思ってたより柔らかくて、思わず怯む。

はずみで少しだけ頭の芯が冷える。
すると、急に現状が理解できなくなった。


オレ、なまえっちを、抱きしめてる。
それも、赤司っちから奪った。

マジで?


冷静になったら、自分がとんでもないことをしていることに気がついた。
周りもシンとしてる。奇異なものを見つめるかのような視線を感じる。

正面にいる赤司っちにおそるおそる視線をやると、ニッコリ笑っていた。
条件反射でビクッと肩が跳ねる。

「黄瀬」

名を呼ばれた。相変わらずニッコリ笑ってる。
その笑みがオレには悪魔の微笑みにしか見えない。

ヘタレな心臓がバクバクと騒いで、背中に変な汗が伝う。
しかし、ここまで来たからには後に引くわけにはいかない。

オレは勇気を振り絞って赤司っちを睨んだ。


「お、女の子をベタベタ触るのは感心しないっス!」

何言ってんだオレ。
自分でもテンパってるのはよく分かってるのに、落ち着く方法が分からない。

「何でだ」

対して、赤司っちはすごく冷静だ。
余裕すら窺える。

「なまえっちがお嫁に行けなくなったらどうしてくれるんスか!」

ああ、ホントに何言ってんだろ。
意味分かんないマジで。

「そういうお前だって触ってるじゃないか」

そのとおりだ。
指摘されると、もぞもぞ動く腕の中の温もりをますます意識しちゃって、顔に熱が集まる。

「お、オレはいいんスよ!」
「何で」


何で?
分かんない。

ぐちゃぐちゃになった頭の中で、唯一はっきりとした形を保っていたのは、なまえっちが好きという事実だけ。

それに気づいた次の瞬間には、オレはとんでもないことを口走っていた。


「お、オレはなまえっちをお嫁にもらうんスから!
だから赤司っちは触っちゃダメで、オレは触ってもいいんス!」


周囲の空気が凍った気がした。
オレも凍る。
一体、オレは何を口走ってるんだ。


「…………黄瀬、くん」

腕の中からくぐもった声が沈黙を破った。
オレはビクリと肩を跳ねさせる。


下が、見れない。
どんな顔をしてるのか。
どん引いた顔だろうか。オレを拒絶する顔だろうか。
せめていつも通りの面倒そうな表情であればまだマシだ。


「黄瀬くん、あの…………」

今度は、消え入りそうな声が響いた。
あれ、なんか。様子がおかしい。

不思議に思って、覚悟を決め下を見る。
すると。


「あの…………は、恥ずかしい、から…………離して、ほしい………………です」

俯いていて表情は見えないが、真っ赤な耳と、震える声がなまえっちの様子を伝えてくれる。
予想だにしなかった反応に、オレはこみあげてくる感情をグッとこらえる。
これは、ちょっと。


「なまえっち」

オレはなまえっちの顔をそっと包んで上を向かせた。
真っ赤な顔、今にも泣き出しそうに下がった眉尻、うるんだ瞳。
これは、ちょっと。


「これは、ちょっと、たまんねぇスわ………」

なんか力が抜けて、なまえっちを抱きしめながらその場にへたりこんだ。
赤い顔を見られたくなくて、オレにつられて座り込んだなまえっちの肩に顔を埋める。


「ごめん、なまえっち。離せなくなっちゃった……………」

だって、こんな可愛い反応してくれるなんて。
赤司っちには何されても顔を赤くしたことなんてないのに、ちょっとこれは。


「オレ、期待してもいいんスかね……?」

耳元で囁くと、なまえっちはますます耳を赤くした。


「………お、教えない」

言いながらも、なまえっちはオレのシャツの袖をギュッと握る。
控えめなその仕草に、死にそうなくらい胸がキュンと締めつけられる。

今週末はなまえっちの予定空いてるのかな、とデートに誘う算段をしながら、オレはますます強くなまえっちを抱きしめた。


(よかったな、黄瀬。………いい度胸だ)
(ひっ……あ、赤司っち……………!?)
(黄瀬死ね)(黄瀬くん死んでください)(余所でやってほしいのだよ)(黄瀬ちんウザーい)
(み、みんな……………!!)
(2人の世界に入り込むのは結構だが、もちろんそれなりの覚悟はしているんだろうね?)
(ひっ…………や、やめ…………!!)


*蒼天さまリクエスト作品。
黄瀬くん終了のお知らせ。


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