食いしん坊の恋模様



オレが行くコンビニには、最近うざい奴がいる。

「あっ、こんにちは! 今日もお菓子ですか?」

新しいアルバイトのみょうじ。名前は知らない。
オレが来る度に話しかけてくる変わり者だ。

オレ化け物みたいな身長だからそれだけで敬遠されるのに、いつもいつも下から明るい声で話しかけてくる。
正直、うざい。


「あのさー」
「はい?」
「ちょっと黙ってくれる? オレうざいの嫌いー」
「えっ、あ、はい!」

だからオレはみょうじを追い払う。
でも。

「じゃあ私レジにいるんで、何かあったら声かけてくださいねー」

そう言って、レジから笑顔でこちらを見つめてくる。
これ全部毎回やる流れだ。
こりない。うざい。


でもこのコンビニ学校から近いから練習帰りに寄るのに便利。
こいつのために店を変えるのもムカつくから、オレは毎回ここに来る。


「ありがとうございましたー!」
店を出るときに笑顔でそう言ってくるのもムカつく。うざい。



***


そんな日々の中の、ある日の昼休み。
特にすることもなく、オレはお菓子を食べながらブラブラ歩く。
てゆーかこのポテチうまっ。

ザクザク食べ進めていると、当たり前だがなくなってしまった。


足りない。
もっと食べたい。
昼休みの残り時間を確認し、オレは学校近くのコンビニに足を向けた。


***


「いらっしゃいませー」
「げっ」

学校近くのコンビニに入ると同時にかけられた声に、オレは顔をしかめる。

「あ、またお菓子ですか?」

ニコニコ笑うみょうじに言い当てられて、なんかムカついた。

「ちげーし。
てゆーか何でいんの? あんた夜が多いじゃん」
「今日は特別ですよー。夜は飲み会があるからシフト変わってもらったんです」
「キョーミねーしっ」

てゆーか飲み会って、オレよりそんなちっこいクセに年上かよ。
意味分かんないし。


なんかムカついたから、みょうじをシカトしてオレは目的の品を探す。

けど見つけられない。
買ったときに置いてあったところにないのだ。


「ねえみょうじ。ここのポテチどこ?」
オレが振り返ると、みょうじは首を傾げた。


「もしかして期間限定のポテチですか?
それならもう期間終わっちゃいましたよ」

「はぁ!?」

何それ意味わかんねー!


「一個もないわけっ?」
「はい、在庫売り切っちゃったので…」

みょうじは困ったように眉を下げるが、困るのはこっちだ。
ポテチ買いにきたのにないとかマジで意味わかんねーし。


「あ、そうだ!」
そのとき、みょうじがパッと表情をひらめかせた。

「ちょっと待っててください」

そう言ってみょうじは店員専用のスペースに引っ込んでしまう。
すぐに出てきたと思ったら、みょうじは何故かタッパーを持っていた。
そしてそれをオレに差し出す。


「これ、よかったら」
「何これ」
「ポテチですっ」

どやっと言わんばかりの顔で胸をはるみょうじ。

「はぁ?」

タッパーにポテチいれるとかバカじゃねぇのこいつ。
呆れるオレに気付かないのか、みょうじはタッパーのフタを開けてオレの鼻先に突き出した。


「………ポテチだ」
中身を見て、オレは呟いた。

まぎれもなく、ポテチ。
塩の香りが鼻をくすぐる。
でも見たことなさそうなポテチ。

「だからポテチですってば。食べてみてください」


みょうじに勧められるがまま、オレはポテチに手を伸ばした。
本当なら嫌いなヤツからモノ貰うとかあり得ないんだけど、ちょっとくらいならいいよね。

オレはつまんだそれを口に放り込んだ。


その途端口内いっぱいに広がる塩の香り。
オレはそれを歯で噛み砕いた。
カリッ、と音をたてて割れたそれはますます塩の香りを発し、塩がジュワリと染み出してきたような錯覚。
薄いけどしっかりした塩加減がゼツミョーだ。


「うま………………」
思わず呟く。

「え、何これ食べたことないんですけどっ。何これうまっ!」


何これ何これとつい声を上げてしまう。
なんかめちゃくちゃオレ好みな味!

うまいうまいと言いながら次々にそのポテチを口に放り込んでいると、みょうじがクスクス笑った。


「そんなに気に入ってもらえるなんてビックリです。これ、私が作ったんですよ」

オレの手が止まった。

「………………はぁ?」


何言ってんのかちょっとわかんねー。


「ポテチが作れるわけないじゃん。バカじゃねーの?」
「電子レンジ使えば簡単ですよ」
「うっそだー!」
「嘘じゃないですって。もちろん油で揚げてもできますし」

自分で作るとお金かからないし自分好みで作れて楽しいですよ、と言われて沈黙した。

自分好み。たしかにそうだ。
悔しいことにみょうじの作ったポテチは、オレが食べてきたどんなポテチよりオレ好み。

これがいつでも食べられて、しかもお金かかんないなんて。


「……ねえ、みょうじっていっつもこんなの作ってるわけ?」
「え? あーそうですね、宅飲みの飲み会のときは大抵何かおつまみ持っていくようにしてます」
「レパートリーは?」
「えっと、一番得意なのはじゃがいものガレットです」
「何それ」
「じゃがいもを千切りにして平べったくして外側をカリカリに焼くんです。中にチーズとかいれても美味しいです」

なんだそれ。めちゃくちゃうまそう。
口の中に唾が溜まる。


「なんなら今度作ってきましょうか?」
「今食べたい」
「えー無茶言わないでください」
「でも今食べたい」

口に出せば出すほど食べたくて仕方がなくなってくる。
ぐーと腹が鳴って、オレはもう我慢ができなかった。


「あんた今日終わるの何時?」
「え? えーと、もうすぐ上がりですね」

「じゃあオレんち来て」

オレが言うと、みょうじは目を丸くした。
なんかこういう動物いた気がする。
何だっけ、ミーアキャット? 違うかも。わかんない。


「え、何で、でも、あの飲み会が………」
あからさまに戸惑ってるみょうじにイラッとする。

「飲み会ってそんな大事?」
「えーまあ付き合いなので」
「じゃあオレとも付き合ってよ」
「は?」


オレはみょうじのポテチを一枚手に取り、かじりながらみょうじを見下ろした。

「オレと付き合ってよ。オレのカノジョになったらこんなのいっぱい作ってくれるんでしょ?」


パリッと音を立てて割れたポテチからは、相変わらずオレ好みな塩味がにじみ出てくる。
もしかしたらみょうじも食べたら美味いんじゃないかと思ってオレは、その柔らかそうな真っ赤なほっぺたを舌で舐め上げた。



(い、いきなりすぎませんか!? 何もかんも!)
(何じゃあいきなりじゃなかったらいいわけ)
(そ…そういう問題じゃ……! ていうか私のこと嫌いだったんじゃないんですか!)
(うるさーい。いいからオレと付き合って)


*胃袋を掴まれると弱い。


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