とある彼氏の言い分



「なまえ」
背後から名を呼ばれた。
振り向くと、鮮やかな赤い髪。
「赤司くん」
名を呼ぶと、彼が微かに笑った。


彼は私の恋人だ。
とはいってもバスケに対してストイックな彼だから、普通の恋人同士みたいにデートしたりする時間は多くない。
デートも二人で家でゆっくりするだけというお家デートがほとんどだ。
私も彼も人ごみは好きじゃない。


「明日、どこか出かけないか」
「明日? いいよ……って出かけるの?」
「ああ」


唐突なデートの誘いに驚く私に、彼は平然と頷いてみせる。
いつものことだが、私には彼の真意は分からない。
分からないから、考えない。大人しく彼に従うのみだ。


「分かった」
「じゃあ明日の11時に迎えに行く」
「うん、ありがとう」
「じゃあ練習だから」
「うん、がんばって」

立ち去る彼にバイバイと手を振る。
こういうやり取りを見た友達には、ずいぶんドライな関係だと言われた。
しかし、私にとってはこれぐらいが丁度いい。
誰かに依存する生活なんてまっぴらごめんだ。

これを赤司くんに話すと、オレもだ、と一言返された。
だから、私たちは付き合っている。


***


身支度を整え終わった頃にピンポンとチャイムがなった。
時計を見るとちょうど11時。赤司くんだ。
バッグを持って玄関に向かう。
「おはよう」
玄関を開けると、赤司くんは、うん、と頷いた。
「おはよう、なまえ」
玄関の鍵を閉めようとすると、彼は首を傾げる。

「親は?」
「今日は仕事。だから誰もいないの」
「そうか。やっぱり出かけなきゃよかったかな」
「バカ」
他愛もないやりとりをしながら、私たちはどちらからともなく自然と手を繋いだ。


人とベタベタするのは苦手。でも赤司くんと手を繋ぐのは好き。
大きくて、暖かくて、安心する。
彼もそれを知ってるから、二人でいるときは基本的に手を繋いでいる。


「今日はどこに行くの?」
「行きたいところはあるか?」
彼がこう尋ねるのは、彼には行きたいところがあるというサイン。
だから私は首を横に振る。
「どこでもいいよ」
「じゃあついてこい」
彼の言葉に私は頷いた。


***


「ここ」
「ここって、神社?」
「そう。ロードワークのときに見つけて、いいなあって思って」

鳥居に長い石段。
この急勾配はたしかにトレーニングにはうってつけだ。

「走るの?」

彼とのデートは歩きが多いからヒールは低いが、走れる靴ではない。
失敗したなと思っていると、彼がおかしそうに喉を鳴らした。

「そんなわけないだろう。彼女連れでトレーニングなんかしない」
「そっか」
よかった、と胸をなで下ろすと、彼はまた笑った。

「走らないけど、登るよ」
「そうだろうね」
「じゃあ行こうか」
私たちは手をしっかり繋ぎなおして、石段に足をかけた。


***


「なまえ、大丈夫?」
「ちょっと辛い……でもあとちょっと頑張れる」
「じゃあ頑張れ」

彼に手を引かれながら石段を登る。
登ってみると思ってたより急勾配で、しかも長い。

まだ半分くらいしか登ってないのに、私は息が苦しい。
でも日頃から鍛えてる彼にとってはこんなの運動のうちにも入らないらしい。


「きつくなったら言えよ」
「うん」
素直に頷くも、彼の前だ。簡単に弱音を吐くわけにはいかない。
こういうのは、あとちょっと、を繰り返せばいつの間にかゴールに着くものだ。

大丈夫、あとちょっと、と次の段に足をかけたとき、足場が、揺れる。


「なまえ!」


踏み外したんだ、と理解したときには私は赤司くんの腕の中にいた。
落ちそうになった恐怖よりも、彼の腕の中の安心感が勝り、私は小さく笑った。
彼は、ため息をついて私ごとその場に腰を下ろす。


「何で笑う」
「だって……赤司くんのこと、好きだなって」
「そういう問題じゃないだろう」

彼が、怒ってる。
ビリビリした気迫に気圧されそうになるが、悪いのは私だ。
「ごめんね、心配かけて」
素直に謝ると、彼は一拍ののちため息をついた。


「なあ、なまえ。前から思っていたことがあるんだ」
身体を離され、目をのぞき込まれる。
夕焼け色の彼の瞳に、私が写る。


「お前は、オレにとって必要な人間じゃない」


告げられた言葉に、ビクリと肩が跳ねた。
こんなの、まるで。


「オレが生きるのに必要なのは勝利。もしくは勝利に貢献できる人間だ。
なまえはどちらでもない。ついでに言えば、他人に依存する生活なんかオレはまっぴらごめんだ。
つまり、なまえはオレには必要ない」

「そ、うだね」


上手く息が吸えない。
ドクドクと高まる心臓とは逆に、頭はスーッと冷えていく。

元より、彼と私が釣り合っているなんて思っていたわけじゃない。
彼はキセキの世代と呼ばれるバスケの天才で、しかもその中のキャプテンだ。
顔もカッコいいし、基本的には人あたりもいい。
それに比べると私なんて平凡すぎるくらい平凡だ。
釣り合ってなんか、いない。


今、私はひどい顔をしているだろう。自覚はある。
彼は、そんな私の顔を見て口端を吊り上げた。
「これ、何の話だと思う?」
「──言いたくない」
「そっか」
彼はクスリと笑った。


「でも、大事な話なんだ。ちゃんと聞いてくれ」
「分かっ、た」
深呼吸する。息の仕方を確認する。
そして、彼の口が動くのを待った。



「なまえはオレにとって不必要な人間だ。

それでも、オレの側にいてもらわないと困る」


「……え?」

「オレの側にいてほしい。
必要不可欠な人間ではないけど、なまえがいてくれたら、オレの側にいてくれたら嬉しい」

思考が停止する。


「何の話か分かる?」
「分、かんない」
「つまり────」

彼にまた抱きしめられた。
肩に顔を埋められる。彼の吐息が少しくすぐったい。


「つまり、オレはなまえが好きってことだよ」


ちゅっと音を立てて首に口づけられた。


「わ、私も……私も側にいさせてもらえたら嬉しい」


どもりながらやっとそれだけ言うと、赤司くんはニコリと笑って、今度は唇にちゅっと口づけてくれた。



(で、何でこんな話になったの?)
(ここから落ちるなんてつまらない理由でオレの側を離れるな。
辛くなったら言えと言ったのに無茶するから)
(……すみませんでした)


*赤司くんのキャラがよく分かりませんが、とりあえずベッタベタに甘やかされてみたいなって思ってる。


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