文学少女の苦悩



拝啓、お父さんお母さん。
今日は生きて帰れないかもしれません。敬具。

そんな手紙を脳内で書いた。
文脈もなんもあったもんじゃないが、遺書としては十分だと思う。
それくらい、私は精神的に追い詰められていた。


原因は、右隣の席の男。
青峰大輝。

ガングロ。鋭い目つき。馬鹿でかい身長。
バスケ部のエースらしいが、帰宅部の私には関係ない。


私、この授業が終わったら殺されるんだ。
本気で考える。

だって、彼が私のことをその鋭い目つきでずっと睨んでるんだから。



***


話は少し遡る。


今日は朝から席替えだった。
窓際、最後尾。いい席を確保できたことに満足する。

前も隣も男子で話し相手がいないが別に構わない。
私は鞄から本を取り出した。


私は読書が大好きだ。
いわゆる本の虫。
活字を追うのが楽しくて仕方がない。

そんな私の授業中の過ごし方は、もっぱら読書だ。
本を読みながら、ときどき顔を上げてノートを取る。
あまり誉められた態度じゃないが、ノートを取ってる分だけ寝てるよりはマシだろう。

今日のお供は児童小説の改訂版。
小学生の頃好きだった本が大人向けに出版されたものだ。
子供の頃はただの冒険小説だったが、今読み返すとかなり奥が深い。


ついじっくり読みふけって、我に返った。
ノートは取らなければ、テスト前に苦労する。

右手にシャーペンを持ち、少し首を傾けながらノートを取ろうとしたとき、視界の端で隣の席の男子がこちらを向いているのが見えた。


……こっちを、向いてる?
一瞬スルーしそうになってしまった。


窓の外でも見てるのかと思ってチラリと彼に視線をやったら目が合った。
鋭い視線に射抜かれ、私は驚いて顔を正面に戻す。


ちょっと待って、目が合ったってことは、あの人は私を見てるの?


いや待て、早とちりにもほどがある。
たしかにまだ顔はこちらに向けてるけど、目が合ったのは偶然だ。
おそらく今は窓の外を見ているのだろう。

今日は天気いいからね、仕方ないよね。
と思いながら、再び盗み見るようにおそるおそる視線をやると。

バチッと音がしそうなくらい、思いきり視線がぶつかった。
それをまた慌ててそらして、私はノートで顔を隠す。


何あれ何あれ怖い怖い怖い!!
なんかすごい怖い目つきで睨んでる。
窓の外ののどかな風景を見る目つきじゃない!!

内心泣きそうになりながらも、とりあえず私は板書を写すことに集中することにした。
手を動かしながら隣の席の人のことについて考える。


青峰大輝。
名前とバスケ部ということしか知らない。
もちろん会話したことなどあるはずもない。
向こうは私の名前を覚えているかも怪しい。

つまり、私は彼に睨まれるようなことをした覚えはない。

覚えがないんだからビクビクするのもおかしい。
そう考えて私は努めて彼を意識の外に追いやろうとする。


が、どこもかしこも平均的な私はもちろん右利き。
右で文字を書こうとするとどうしても視線や意識は右側に寄るのだ。

視界の隅で彼がまだ私の方を向いているのが見える。
いくら気にしないようにしても怖いものは怖い。泣きたいくらい怖い。


もしかして私、目つけられたのかな。
青峰くんってガラ悪そうだし、もし目つけられてたら。

(こっ……殺される!!)

一瞬頭に浮かんだ言葉にぞっとする。
自分でも馬鹿げた考えだとは思うが、あの鋭い視線を思うと一蹴もできない。


(お父さんお母さん、ごめんなさい。娘はもう死ぬかもしれません)

頭の中で両親に遺書を書き、封をしてポストに投函。
ぶじ届きますように。



そのとき、チャイムが鳴った。
授業終了のチャイム、そして私終了のチャイム。


「起立、礼」
級長の号令で授業が終わった。
途端に騒がしくなる教室。
さっきまでの静寂が嘘みたいだ。

とにかくこの場から逃げてみよう、と私は思いたつ。
とりあえずトイレかな、と足を踏み出したそのとき、目の前に壁が立ちはだかった。


「おい」

視界に入るのはだぼっとしたカーディガン。
そして頭上から降ってくる低い声。
私はゆっくりと顔を上げた。

が、上がりきる前に顎を掴まれグイッと上を向かされる。
鋭い視線が私を捉えた。


ああ、私、終わった。


「お、おはよ、青峰くん」

とりあえず愛想笑いしてみた。
ちょっと引きつった気がする。


「お前………」

青峰くんの表情が険しくなる。
愛想笑いで切り抜けよう作戦、失敗。


「え、と………痛い、です」
とりあえず離してもらおう作戦ということで、首の痛みを訴えてみた。

「…………」
しかし青峰くんは無言。
この作戦も失敗。


万策尽きた、とわずか十数年の短い人生にお別れを告げていると、彼の口がゆっくりと動いた。


「お前、オレのタイプだわ」


「…………………………はい?」


何を言われたのか分からない。
タイプって何? タイプライターのこと?

脳内を埋め尽くす疑問符が顔にも出ていたのだろう。
青峰くんはクッと口端を持ち上げて笑った。


「お前がオレの好みの女のタイプどストライクってことだ」


「………………はい、………………え、ええぇっ!?」


私は思わず叫んだ。
何を言い出すんだこのガングロ男は!!
意味わかんない、ほんとに意味わかんない!!

驚きのあまり口をパクパクさせる私を見て、青峰くんは挑発するような笑みを浮かべた。


「お前、落としてやるから覚悟しておけ」


拝啓、お父さんお母さん。
私やっぱり、あまり無事ではいられないようです。敬具。



(わ、私のどこがいいんでしょう)
(んー、おっぱい)
(…………………はい?)
(あ、あと睫毛長いとことか、本読んでるときの嬉しそうな顔が可愛い)
(…………台無しだ! 最初の一言で全部台無しだ!) 


*こっそり実話。


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