純粋なる蛇



いつからだろう。黒子は考える。
視線の先には恋人のみょうじなまえ。
そして相棒の火神大我。


「火神くん、あのっ……」
「ん? ああ、みょうじ」
「あの、これ昨日言ってたCD………」
「お、持ってきてくれたのか! 悪いな、ありがとう」

差し出されたCDを笑顔で受け取る火神。
なまえはほっとした顔で笑った。

それを黒子は面白くなさそうな顔で見つめる。


「あれみょうじさん、それ何のCD?」

やり取りを見ていたクラスの男子が、なまえの後ろからひょこりと顔を覗かせた。
なまえはギョッとして火神の後ろに隠れるように飛び退く。


「あ、あの……!」
「おい、みょうじが驚いてんじゃねえか」
「ははっ、みょうじさんっていっつもそうだよねー」
「ご、ごめんなさ…………」


そう、なまえは男子が苦手だ。
恐怖症とまではいかないが、何となく苦手。
だから黒子を除いたほとんどの男子とは目を合わせることもできないというのに。


「火神にはそんな懐いてんのにな」
「そうか?」
「だってみょうじさんが頼るって相当じゃね?」


そうなのだ。
あのなまえが、自分から話しかけて、しかも背中に隠れるほど信頼しているなんて。

いつからだろう、こんなにこの2人が仲良くなったのは。

少なくとも入学したての頃はなまえは火神を明らかに怖がっていて、なまえが話せる男なんて黒子くらいのものだったのに。



黒子の心の奥に暗い炎が灯る。

そんなことを知る由もないクラスメイトは、無邪気に言い放った。


「でもさあ火神、そうやってるとお前さあ」
「なんだよ」

「みょうじさんの彼氏みたいだね」


瞬間、ガタンと音を立てて黒子は立ち上がった。

クラスメイトはギョッと目をむく。
ずっと火神の後ろの席に座っていたのだが、長身の火神の存在感に、いつも以上にかき消された影は捉えることができなかったらしい。


そのまま黒子は火神の横に立つ。
何事かと目をぱちぱちさせる火神となまえ。
黒子は一瞬ちらりと火神を見上げたかと思うと、次の瞬間には。


「ぐはっ!」

ずびっ、と黒子の抜き手が火神のわき腹に刺さった。
痛みにのけぞった火神に、なまえは慌てて手をさしのべようとしたのだが。

ぱしっとその手は黒子に取られてしまった。


「すみません火神くん」
「す…みません、じゃねえよ! いきなり何すんだ!」
「すみません、我慢できなかったんです」

痛みに逆上した火神のせいで怯えた色を見せるなまえをさり気なく背中に隠しながら、黒子は続けた。


「ボク以外がなまえの恋人と言われるなんて、いくら火神くんでも我慢できません」

きっぱりとそれだけ言いきると、黒子は踵を返しなまえの手を引いて教室を出ていった。


残された火神は、呆気にとられてポカンとするクラスメイトを見てため息をつく。

「オレ完全にとばっちりじゃねえか…」

ぽつりと苦々しげに呟いた。



***



黒子はずっと無言で歩いていた。

目的地があるようには見えない。
ただ教室から少しでも遠ざかりたいだけのように見えて、なまえは引かれるがままだった手を軽く引き返した。

すると、黒子はすぐに立ち止まってなまえを振り返る。
特別教室が集まっているこの廊下は、一日を通して人通りが少ない。


「なまえ」
黒子は絡めた指に力を込めた。

「まだ、男子が怖いですか?」

尋ねられ、なまえは躊躇いながらもゆっくりと頷いた。

「怖い……けど、黒子くんは平気」


そして、ふわりと微笑む。
照れたように、はにかんだ笑みだ。

「黒子くんだけは怖くないの、私」


黒子も思わず頬が緩んだ。
しかし、やがて思い出したように顔が曇る。


「─────じゃあ、火神くんは?」
「火神くん?」

なまえは目を瞬かせた。
突如飛び出した名前に首を傾げる。
なまえは一瞬考えて、困ったように眉尻を下げた。


「ホントのこと言うとね、火神くんも…………怖いの」
「え?」

今度は黒子が目を瞬かせた。

「でも、最近仲良くありませんか? なまえの方から話しかけていってるように見えますが……」


「だって…………火神くんは、黒子くんの大切な友達だから」

「は………」


黒子は呆然とした。
なまえはそんな黒子の様子には気づかず、恥じ入るように俯きながら続ける。


「火神くんは黒子くんにとって大事な相棒なんでしょう?
黒子くんにとって大事な人なら、その…………私にとっても大事な人だから、だから私も怖がってちゃダメだと思って」

「…………だから自分から話しかけて、少しでも慣れようと?」


なまえはこくりと頷いた。
その瞬間、黒子ははーっと息を吐き出す。

「そんな………そんなことだったんですか」

それは安堵のため息だったのだが、無表情で吐かれたそれはまるで怒っているようで、なまえは狼狽える。

「あの、だってそろそろ苦手も克服しないとだし」
言い訳するような口ぶりに、黒子はますます深いため息をついて、繋げたままの手を引き寄せた。

なまえを、ぽすん、と腕の中に収めて背の低いその頭に唇をくっつけながら黒子は低く囁く。


「正直いって、ボクはなまえに比べたら火神くんなんてどうでもいいです。
ボクのために無理して火神くんと仲良くしようとしてるなら………」


なまえはその言葉を、黒子の背中に腕を回しながら遮った。

「ちが……違うよ、黒子くん。ムリなんてしてない。私が黒子くんのこともっと知りたいだけなの。火神くんとお話してたら黒子くんのこといっぱい聞けるから」


「ボクのことなら、火神くんから知るよりもっといい方法ありません?」

黒子の茶化すような口ぶりになまえはきょとんとした。
その様子に黒子は可笑しそうに笑いながら言う。


「ボクともっと話せばいいじゃないですか」


黒子はなまえの顎をそっと上に向かせた。
至近距離で絡み合う視線に、なまえの顔はみるみる赤くなる。


「火神くんと話すより、ボクと話してください。
仲良くするのがダメとはいいませんが、ボクのためを思うならあんまり他の男と仲良くしないでほしい」

「え…………それって、どういう」

「分かりませんか? ボク、嫉妬してるんです。火神くんに」

穏やかに微笑みながら、黒子は徐々になまえに顔を近づける。


「ボクだけのなまえでいてください。もうしばらくだけ────このままで」


そうして黒子は、何か言いたげななまえの言葉ごと飲み込むように、なまえの唇にひとつキスを落とした。



(ボクの何が知りたいんですか? なまえになら何でも教えてあげます)
(え……えーと、あの…まず、離し)
(断ります。他には?)


*10000hitフリリク企画 水蓮さまリクエスト作品。
大好きな彼女と信頼してる相棒が仲良くなるのは嬉しいけど、素直に喜びきれない黒子くんのお話。


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