泣き虫日和



(※告白日和 の続き)



私は緊張していた。
口から心臓が飛び出しそう。それくらい、どきどきとうるさい。

おそらく顔にも出ているのだろう、隣に立つ黒子くんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「みょうじさん、大丈夫ですか?」
「だっ、大丈夫……」


じゃない、とは言えない。

だって、この緊張は他でもない彼のせい。
大好きな彼との初デートだから。



あの告白から既に一か月たった。

黒子くんが私の彼氏になってから一か月もたつというのに、私はその状況に慣れることはなくて想いは増す一方。

このままいっちゃったら私、あと何か月か後には黒子くんが好きすぎて死んでしまうかもしれない。



「混んでいますね」
「うん」

黒子くんの言うとおり、薄暗い映画館は人でごった返していた。

それもそのはず。
私たちが好きな小説が原作で、話題の俳優が主演の映画が今日公開なのだ。
原作ファンと俳優のファンが両方注目しているこの映画目当ての客は少なくない。


「ボク、お手洗い行ってきていいですか」
「あ、うん。じゃあ私飲み物買っとくね」


私は人ごみに紛れるその背中を見送って、売店の列に並んだ。



順番は意外と早く回ってきた。

黒子くんの飲み物をどうしようか悩んでいたのだが、たまたまバニラシェイクがメニューにあって助かった。
あと自分のオレンジジュースを購入し、両手にカップを持って私は黒子くんを探す。



「あれ…………」

この辺りで待っていると思ったのに。
見つけられない。
必死に目を凝らすが、影すら捉えられない。


他のところかな、と前方に足を踏み出した瞬間、突然背後から肩を叩かれた。


「わっ…………!?」


驚いて振り返った瞬間に履き慣れないヒールがぐらついた。
勢い余って手に持っていたカップの中身をぶちまけてしまう。


「っ……………」
小さく息を詰まらせたのは、私の大好きな。


「くっ黒子くん!?」
「驚かせてすみません、見つからないみたいでしたから…」

背後にいたのは黒子くんだった。
シャツが、バニラシェイクとオレンジジュースでべったりな。


さっと血の気が引く音がした。



「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

慌ててハンカチを取り出すが、すでにシャツは飲み物を吸ってしまっている。

「気にしないでください。背後から声をかけたボクの不注意ですから」
「でも…………っ」
「少しシャツを洗ってきますね」


そう言ってまたトイレの方向に足を踏み出す彼。


追いすがろうと手を伸ばしたが、視界を誰かが横切った。

遮られたのはそのたった一瞬だけなのに、視界が開けた次の瞬間には私はもう黒子くんを見失っている。


「あ………………」


私は行き場を失った手を見つめた。
何だか身体から力が抜けてしまって、私は壁際に並べられたベンチにふらふらと歩み寄り、腰かける。


そのままぼんやりと、通り過ぎる人を見つめていると、だんだんと鼻の奥がつんとしてきて、じわりと涙が滲んだ。
俯いて唇を噛みしめる。



黒子くんのシャツと同じくらい、心の中がドロドロしている。


シャツに飲み物をかけてしまっただけじゃない。

黒子くんは言っていた。
見つけられないようだったから声をかけた、と。


私はまた黒子くんを見つけられなかったのだ。
その上、自分から声をかけてきてくれたところにジュースをぶっかけた。
なんてひどい。


「こんな靴履いてこなきゃよかった……………」

ぽつりと呟いてみても少しも楽にならない。
靴は悪くない、私が悪いと分かっているから。


赤の他人と同じように自分を素通りする私を見て、黒子くんはどんな気持ちだったのだろう。

黒子くんを自分に置き換えて想像してみる。
私が黒子くんに素通りされてしまったら。

近くにいても、気づいてもらえない。
私の声は届かない。
あの優しい目に写してもらえないなんて。


「………………っ」


想像しただけで死にそうなくらい心臓が痛い。
ボロボロと止めどなく涙が頬を伝う。
そんな思いを、誰よりも大切な黒子くんにさせてしまってるなんて、そんなの。


「消えちゃいたい……………っ」

「お断りです」


私の消え入りそうなくらい小さな呟きを、きっぱりと否定する声。
驚いて顔を上げ、隣を見ると黒子くんが座っていた。


「え、ええっ!? いっ……いつから……っ」
「そんなのどうでもいいです」


少し怒ったような強い口調。
頬にそっと手を伸ばされて、私の肩がびくりと跳ねた。


「何で泣いているんですか」
「っ……………」

親指で涙を拭われる。
その優しさが今は痛くて仕方がない。


「だ、って……………私、黒子くんに嫌な思いさせて、」
「嫌な思い?」
「み、見つけられなくて、素通りしちゃって…………しかもジュースかけちゃって……っ」

私が嗚咽混じりに言うと、黒子くんは、ああ、と合点がいったように頷いた。


「気にしてないですよ全く。むしろ驚かせてすみませんでした。ボクに後ろから声をかけられたらビックリしたでしょう」

謝られてしまって、居たたまれなくてまた涙が滲んだ。
すると、黒子くんは苦笑する。


「困りましたね…………」
「っ…………ごめ、」

泣いて困らせるなんて最低。
一生懸命涙を止めようと努力するが、次から次へと湧き出るそいつは止まる気配がない。

謝る私に、黒子くんは心底困ったような顔をする。
が、ふと真顔になってぽつりと呟いた。


「……ボク、みょうじさんの泣き顔、好きです」

「え」

唐突な発言に、私は固まった。


「あ、涙止まりましたね」


よかったと安堵する黒子くんの言葉はさっぱり頭に入ってこない。
泣き顔が好き、なんて黒子くんってそんなキャラだったっけ?

「ねえみょうじさん。ボクはですね、いつも人には背後から近づかないように心がけてるんです。絶対驚かれますから」

ぽかんとしている私にクスクスと笑いながら黒子くんは話し始めた。

「でも、今回はそのことを忘れちゃってあなたに背後から声をかけてしまった」
何でか分かります? と尋ねられて、私は正直に首を横に振った。


すると黒子くんはニッコリと笑った。
思わず泣きたくなるくらい、優しい笑み。


「あなたを見つけたからです」

「え………」


黒子くんが私を軽く引き寄せた。
私はぽすんと黒子くんの腕の中に収まってしまう。


「人ごみの中でみょうじさんを見つけたことが嬉しくて、浮かれちゃって、何も考えずに肩叩いちゃいました。ボクを一生懸命に探そうとしてくれているのが嬉しかった」

耳元のかすれた囁きに身体が震える。


「ボクは、ボクを探しているみょうじさんが大好きなんです」
「ぁ、えっ?」

顔に熱が昇る。
どうしていいか分からない。

「探しているときだけじゃなくて、泣いているときも好きです。ボクに関することで泣いているときのみょうじさんが。
何でしょうね…………たぶん、ボクのことを一生懸命考えているときの顔が好きなんだと思います」

そっと身体を離されて、じっと目をのぞき込まれた。
私の赤い顔を手のひらで包んでくれる。
黒子くんの手はひんやりしてて気持ちいい。


「それに前に言ったでしょう? あなたがボクを見つけられなくてもボクがあなたを見つけるって。
第一、」


言葉を途中で切って、黒子くんが私の方へゆっくりと身体を乗り出した。
近づいた顔の距離に私はギュッと目をつぶる。

近づく黒子くんの香りにくらりとした瞬間、ちゅっと音をたてて目の際に柔らかいものが触れた。


「ふ、ぇ……っ!?」

驚いて目を開けたら、黒子くんの顔がすぐ目の前にあって心臓が止まりそうになった。


「ボク、受け身なのって性に合わないんです。
あなたを待つだけなんて耐えられない、やっぱり自分からいかないと」

言いながら目にかかっていた私の前髪を退けてくれる。


「あなたは待っていてほしい。ボクがあなたを見つけるのを。
ボクはいつでもすぐにあなたの元に駆けつけますから。
ボクを探して求めながら待っていてください」


そう微笑む黒子くんの顔が、眼差しが、指先が優しすぎて。

鼻奥がつんとして、じわりと黒子くんの姿が滲んだ。


「また泣いちゃうんですか………」
苦笑する黒子くんの袖をキュッと掴んだ。

「だって………黒子くんが、優しすぎるからぁ………………っ」
泣きじゃくる私の頭を黒子くんはよしよしと撫でる。


「優しくなんてないです、みょうじさんが好きなだけです」

「ほらまたそういうこと言う……!」


頬を伝う涙が増す。
黒子くんは困ったような嬉しいような笑みを浮かべて、私のおでこにコツンと自分のそれを合わせた。

「みょうじさんは泣き虫ですね」

クスクス笑って私の顎にそっと手を添えた。
私はその顎をゆっくりと持ち上げられるのに合わせて目を閉じる。


「黒子くんのせい、だもん」

私がぽつりと呟いた言葉を飲み込むように、黒子くんの唇が重なった。



(私たちの初めてのキスは、しょっぱかった)
(涙の味がするね、と)
(二人で顔を見合わせて笑った)


*10000hitフリリク企画 更級さまリクエスト作品。
黒子くんに隠れ肉食っぷりを発揮していただきました。


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