フォゲットミーノットと祈り

 見学者たちがとっくにいなくなっても、直晴は呆然と立ち尽くしたままだった。彼らが出ていった体育館の扉を、じっと見つめたまま身動きひとつしない。まるで目を放したらその扉がなくなってしまうかのような見つめ方だ。


「……先輩」
 見かねて、黒子が直晴の肩を叩いた。すると直晴は大げさなくらいにビクリと肩を跳ねさせる。

「えっ、あっ、ごめん黒子くん!」


 直晴はまるで今初めて黒子を見たかのように、彼をまじまじと見つめた。そして、いきなりギュッと彼の両手を握る。

「黒子くん!」

 その顔は、ほんのり朱に染まっていた。きらきら輝いた瞳に、黒子は気圧される。


「黒子くん、聞いた!? 入部してくれるんだって! どうしよう!」


 黒子の両手を握ったまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。全身で喜びを表現する直晴を、黒子は瞳を細めて見つめた。何も言わない後輩に、直晴はふと眉尻を下げる。

「……黒子くん、もしかして、嬉しくない?」
「先輩が嬉しいなら、嬉しいですよ」


 直晴はスッと頭が冷えていくような感触を覚えた。一転して自分を不安そうに見つめてくる直晴に、黒子は苦笑する。

「すみません、ボクも嬉しくないわけじゃないんです。でも……ボクは心配なんです。彼らが、先輩を傷つけないかどうか」


 その言葉に、直晴は息を呑んだ。そしてふと思い出す。喜び、期待し、裏切られ、泣いた日。思い出してしまったその痛みに、直晴は歯を食いしばった。すると黒子はハッと息を呑み、直晴の余計な思考を追い出すかのような強い口調で言う。


「ボクだって、彼らに期待したい。今度こそ、先輩を幸せにしてほしい。でも、もし彼らがまたダメなようだったら、そのときは、ボクが先輩を幸せにしますから」

「え……?」

「ボクが先輩を幸せにします。ボクは絶対に先輩に寂しい思いをさせません。先輩がボクだけじゃ寂しいようだったら、彼らを縛ってでもこの体育館に連れてきます。だから、そんな顔しないでください」


 だんだんと熱がこもってくる黒子の言葉に、直晴は目を丸くした。そして徐々に顔が赤くなってくる。それを隠すように俯いて、直晴は照れ隠しで拗ねたように呟いた。


「……そんなクサい台詞、素面で言える人初めて見た」

 その言葉に、黒子はクスリと笑う。

「本心ですよ」
「もう……」

 直晴も、弱弱しいながらも笑みを浮かべた。少しは浮上した直晴の様子に、黒子はホッと息をつく。



「…………練習メニュー、考えないとね」

 黒子の手を放して直晴はその場に座り込んだ。黒子も合わせて腰を降ろす。直晴は、彼の顔を伺うようにチラリと見た。その視線に黒子は首を傾げる。

「何でしょうか」
「うーん、えっとね黒子くん」

 直晴は一呼吸分の間をおいて、言った。

「君を、新入部員の教育係に任命していい?」
「は……」

 黒子はギョッと目を見開いた。さすがの彼も戸惑っているようだ。

「え、あの、5人をボクひとりでみるんですか?」
「もちろん私も手伝うよ。でも君もそろそろ指導の経験を積まないと。いつまでも私が前に立つわけにはいかないし」
「でもさすがに、5人をいっぺんに指導するのは、ちょっと……」
「あー、まあ、そうだね」

 直晴は考えこむように視線を落とした。そしてパッと顔を上げたかと思うと、その瞳はまるで悪戯っ子のように輝いていて、黒子はギクリとする。まさか、と黒子が言うより早く、直晴は口を開いた。

「――久々に、召喚魔法使おっか」

 黒子の顔が引きつった。その様子を見て、直晴はクスクスと笑う。黒子はおそるおそる尋ねた。

「ええと……どなたを、お呼びするんでしょうか」

 直晴は、黒子に向けてニッコリと笑った。その笑みで、黒子は自分の予感が嫌な形で当たっていることを悟り、思わず額を押さえる。

「花宮先輩を呼びましょう」
 直晴の言葉に、黒子は嫌悪に顔をしかめた。



(ボク、あの人嫌いです)
(あの人を好きな人って見たことない。でも近くにいるんだし、便利に使わせてもらわないと)
(……先輩ってときどきすごく、したたかですよね)



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