ローアンバーの希望

「バスケ部の見学に来た。練習を見学させてくれないだろうか」

 赤い髪の少年はそう言った。しかし、直晴は固まったままだ。目を見開いて、じっと5人の少年を見つめている。


「…………先輩」
 見かねた黒子が、ちょん、と直晴の腕をつついた。すると直晴は大げさなくらいにびくりと肩を震わせる。

「あっ、ごめん! 見学大歓迎ですよ! どうぞ、適当に座ってください」

「適当に、ね……」
 直晴の言葉に、金髪の少年が体育館を見回しながら呟いた。直晴と黒子しかいないだだっ広い体育館は座るところがありすぎる。

「えーと、じゃあ、そっちの壁際にどうぞ」

 その無言の視線に、直晴は慌てて座る場所を指定する。5人の少年はそれに従い、ぞろぞろと体育館の壁際に移動した。



 直晴は彼らの正面で体操座りをしながら、ふと思い出したように赤い髪の彼に声をかける。

「あなた……4月にも見学に来てくれたよね? えっと……赤司くん、だっけ」

 話しかけられた赤司は意外そうに目を見開いた。

「覚えていたんですか」
「もちろん。たしか、合氣道部に行ったんじゃなかったっけ?」

 尋ねると、ますます彼は驚いた顔をする。

「よく知っていますね」
「ときどき、道着で歩いてるの見かけてたから」
「まさか僕の顔を覚えているとは思いませんでした。たった1度見学に来ただけの1年生を覚えているなんて」
「…………はは」

 まさか、見学に来たのがたった4人だけだったから、なんてことは言えない。何となく気まり悪くて、直晴は話題を変える。


「合氣道部はどうしたの?」
「辞めました」
「ええっ!?」
 直晴は思わず声をあげた。

 帝光高校合氣道部といえば、部員数は50人を超えるような人気の部だ。合氣道は伝統的に試合が禁止されているため大会成績こそないものの、毎年10人以上の段位取得者を出し、合氣道をするために帝光高校に進学するような者もいるくらい外部にも名の知れ渡っている部。

 そんな合氣道部をやめて、弱小という言葉じゃ足りないくらい弱すぎるこのバスケ部にだなんて。

「あっ合氣道部で、何かあったの!?」
 狼狽えすぎてどもりながら直晴は尋ねたが、赤司は首を横に振る。

「別に。夏の演武会も終わりましたしね、もう引退してもいいかと思って。ついでだから、何か新しいことでも始めてみようかと思ったんです」

「いっ、引退……!?」

 まだ1年生のはずの彼の口から出てきた言葉に、直晴は仰天する。3年生の自分ですらまだ引退していないのに、早すぎるのではないか。
 早まってはいけない、と口を開こうとして、慌ててつぐむ。大事な見学者、自ら逃すのは勿体なさすぎる。


 他の子もそんなこと言ったらどうしよう、と直晴は他の男子を見回した。その中の、色黒の少年に目を止めて、直晴は尋ねる。

「えっと……青峰くん、であってるよね、あなた野球部は?」
「あ? 何で名前知ってんだよ」

 怪訝そうに眉をひそめた青峰に、直晴は一瞬押し黙り、そしてクスクス笑いだした。

「うちの生徒なら知らない人はいないでしょ。白組団長、青峰大輝くん。すごい有名人じゃない」

 彼、青峰大輝は、5月に行われた体育祭で、1年生にして白組応援団の団長に大抜擢された傑物だ。通常3年生が務めるその役割に1年生が任じられるのは直晴の知る限り初めてのことで、入学してすぐ彼は学校中の有名人になった。

「んな有名人になった覚えはねぇけど……まぁ知られてんなら楽でいーや。オレは辞めてねーよ。野球部との掛け持ちだ」

 その言葉を聞いて、残念なような安堵したような不思議な気持ちになる。
 いや、ここはやはり喜ぶところなのだろう。もしバスケ部のような弱小部が野球部のエース的存在、青峰大輝を奪ってしまったら、野球部にどう謝罪すればいいか想像もつかない。彼が夏の大会で大活躍したことは直晴の耳にも届いていた。


 そして、万が一獲得してしまったら恐ろしいことになる少年がもう1人。今まで目を逸らしていたが、ここでようやく直晴は彼に目を向けた。

「き、黄瀬くんも、見学に来たの?」
「そうっスよ、何か?」

 文句でもあるのか、と言外に伝えてくる切れ長の瞳に、慌てて首を横に振ってみせる。

「何もない! ない、けど……黄瀬くんって、モデルの仕事あるでしょ? 部活とかって大丈夫なの?」

 彼、黄瀬涼太は、人気モデルとして活躍している。夏休み前に新聞部が行ったアンケートでは、彼は他の人に倍近い票数差をつけて、ミスター帝光、つまり帝光高校の1番のイケメンの座に輝いていた。
 そんな彼が部活に入ってしまったら、モデル業に支障が出てしまうのではないか。それは青峰くんを野球部から奪うことより恐ろしい。彼のファンは野球部の部員を全員足してもとても足りないからだ。

「んー、まぁもし入部しても、部活よりは仕事優先なんで」
「そっか」

 よかった、と安堵の息をつくと、黄瀬は怪訝な顔をした。直晴が首を傾げると、黄瀬はふいと視線を逸らす。その顔にはわずかだが、嫌悪の色が浮かんでいたが、直晴はそれに気づかなかった。


「みんな、新しいことを始めたいと思ってきたの?」

 今度は5人全員に向けて尋ねた。が、その中で緑色の髪の少年だけが首を横に振る。

「オレは違います。昔バスケをやっていたので」
「えっ、経験者!?」

 直晴の目が輝いた。
 バスケという競技人口が少ないスポーツでは、経験者は貴重だ。特に近年、野球やサッカーといったプロリーグが目立つスポーツに新入生を奪われているバスケ部においては、数少ない経験者をどうやって獲得するかが部存続の鍵にもなる。

「やっていたといっても、小学生のときに少しだけですが。ポジションはセンターでした」
「そうなんだ」

 直晴に特に驚いた様子はなかった。彼の体格ならセンター経験はあって当然というものだろう。彼もそれを分かっているようで、続けて言った。

「緑間真太郎といいます。現在は吹奏楽部です」
「吹奏楽部!?」

 急に大声をだした直晴に、緑間は目を丸くした。直晴は慌てて謝る。

「ごめん、ちょっとびっくりして。私も中学の頃は吹奏楽部だったの。トランペット」

「そうなんですか?」
 今度は緑間も少しは驚いた声を出した。

「オレは今はバリトンサックスを吹いています」
「いいなぁ、男の子がバスパートにいると安定するよね」

直晴のその言葉に、緑間はわずかに苦い顔をした。しかしそれは一瞬のことで、すぐに平静な顔で言う。

「吹奏楽部とは掛け持ちをします。練習は吹部を優先しますので」
「そっかぁ、了解」

 頷きながら、直晴はまだ話していない最後の1人、先ほどからひたすらお菓子をかじっている紫色の髪の子に目を向けた。


「えっと……とりあえず、あなたも見学に来たんだよね」
「うん、そだよー」

 さくさくさくさく。話している間も彼がずっとかじっている棒状のスナック菓子は、彼の手に握られていると驚くぐらい小さく見える。それくらい彼は身体が大きかった。
 それなのに、不思議と彼がスポーツをする姿は想像できない。この緩い雰囲気のせいだろうか。

「えっと、今は部活してるの?」
「うん、料理研。まぁオレ食べる専門だけど」
「あー……」

 なるほど、それっぽい。料理研といえば、活動も不定期で、ほぼ帰宅部の部活だ。活動内容は、料理を作って食べる。こういう緩い部活だから、内申のために一応部活に入っておきたい人が名前だけ所属していることが多い。

「うち、一応運動部だけど大丈夫?」
 念のため尋ねると、彼は眉を寄せて不満そうな顔をした。
「舐めてんの? んなこと分かってっしー」
「あ、そうだよね、ごめん……!」
 直晴が謝ると、彼はすぐに元の眠たげな表情に戻った。あまり根に持つタイプではなさそうだ。

「えっと、名前聞いてもいい?」
「んー、紫原敦」
「紫原くん、ね」
 紫原の名を呟きながら、直晴は5人を改めて見回した。


 赤司くん、青峰くん、黄瀬くん、緑間くん、紫原くん。この時期に来るなんて珍しい見学者だが、そんなことに構ってられないほど、内心で直晴は狂喜していた。

 体格も運動神経も申し分なさそうな男子が、一気に5人も見学に来てくれるなんて。もし彼らが入部してくれたら、1チーム作ることができる。しかもまだ彼らは1年生。これから先2年の部の安泰が約束されたようなものだ。

 そこまで考えて、直晴は慌ててその考えを振り払う。まだ5人が入部してくれると決まったわけではない。期待した分だけ落胆も大きくなってしまうと直晴は身を以て知っていた。都合のいい期待をするな、と自分を諌める。
 期待は、しない方がいいのだ。そう分かっていながらも、彼らを見るとどうしても胸が躍ってしまう自分の単純さに、直晴は辟易とした。



(希望くらいは持っていいんじゃない、と)
(私の中で囁く声が聞こえた)



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