モノクロブルーを染める

 9月1日。
 長かった夏休みも終わり、新学期がやってきた。


「もう9月かぁ」
 直晴は妙にだだっ広く感じる体育館を見渡しながら呟いた。
「そうですね」
 直晴に背中を押されて柔軟しながら、黒子は頷く。


 帝光高校に4つある体育館の中では1番小さい第4体育館なのに、2人きりではスペースを持て余して仕方がない。そして、この贅沢なスペースの使い方を、他の部活からよく思われていないことは直晴も承知していた。



「今日は何をしますか?」

 黒子に尋ねられて、直晴は考え事を中断する。せっかくの楽しい部活時間に、そんなつまらないことに気をとられているのは勿体ない。直晴は彼の背を押す手を戻して、ボールを手にする。

「そうだなぁ、今日は久しぶりの練習だから、ウォーミングアップも兼ねて遊ぼっか」

 直晴の言う「遊ぶ」とは「1on1」のことだ。勝ち負けなどなく、ただお互いにボールを取り合ってシュートしあう、遊び。

「分かりました」
 黒子はニコリと微笑んだ。


 直晴はこの後輩と過ごす、練習とはいえないこの気楽な時間が好きだった。本当はもっとメニューをちゃんと組んでこの後輩を鍛えないといけないということは分かっているのだけれど、こうやって2人でいる時間が楽しくて、ついつい楽しいメニューに逃げてしまうのだ。楽しいメニューを選びがちになる理由はもっと他にもあるのだけれど。



「先輩はアップ大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」

 直晴は羽織っていた薄手のパーカーを脱いで、Tシャツにジャージという軽装になる。短い袖から伸びるしなやかな腕に、黒子は眩しそうに目を細めた。


「じゃあ、先輩からで」

 そう言って立ち上がりディフェンスの体勢をとる後輩に、直晴はにっこり笑い返した。
 そしてフッと真顔になったかと思うと、腰を落としてドリブルしながら黒子と対峙する。



 直晴はこの瞬間が好きだった。

 こうやってコートに立って身体を動かしていると煩わしいことは全て忘れられる。
 学校生活での面倒事や進路のこと、そしてこのバスケ部の未来─────考えるだけで気が滅入るような面倒事を全て忘れても構わないのはこの時間だけだった。



 黒子の目を真っ直ぐに見つめる。ピリピリとした心地の良い緊張感。
 直晴はあえてフェイントを入れずに真っ正面へと切り込んでいく。その勢いに圧された黒子の一瞬の隙をついてその脇をすり抜けた。
 そしてフリースローラインに立つ。一瞬だけ溜めて、次の瞬間には美しいフォームでボールが放たれていた。

 しかし。
 バシッと音を立てて弾かれたボールは明後日の方向へと力なく転がっていく。ジャンプした黒子が直晴の後ろからボールをはたき落としたのだ。



「うあー悔しい!」

 その口ぶりとは裏腹に、直晴は楽しそうにニコニコと笑っている。純粋に、2人でするバスケを楽しんでいるようだ。

「先輩には負けてられませんよ」

 ディフェンスに成功した黒子はどこか誇らしげにしながら、転がったボールを追いかけた。小さく弾みながらボールは開け放たれた扉へと向かっていく。

 外へ出てしまう、と思ったそのとき、そのボールが何かにぶつかって止まった。誰かの足だ。予想外のことに驚いて、黒子は足を止める。
 その人物は少し屈んで、足元のボールを拾い上げた。ボールに注目していた黒子が、それを追うようにして目線を上げると。



 鮮やかな赤い髪が風になびいた。黒子は、そして直晴は、その美しさに目を奪われる。


「バスケ部の見学に来たのだが、今いいだろうか」



 ボールを片手にニコリと微笑む、赤髪の少年。そしてその後ろに控える、驚くほど背の高い4人の少年たち。
 直晴も黒子も、突然の来訪者に驚きながらも、停滞していたこの体育館の何かが動き始めたことを感じ取っていた。




(だだっ広い2人きりの体育館は大切な空間だったけれど)
(2人きりではなくなった体育館は、少しだけ色づいて見えた)



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