夏<黄瀬の場合> Summer supplementary lessons



窓から照りつける太陽光がキラキラと光っている。
外を見れば、そこには真っ青な高い空に浮かぶ真っ白な入道雲。

目を閉じれば耳に入るのは、けたたましく鳴く蝉と、退屈な先生の声。

その音が、遠ざかる────。



「そこ、寝るな!」
「う……………はい」


目ざとい先生に叱責され、私は慌てて姿勢を正した。



何で夏休みにまで出てきて勉強しないといけないんだろう。

それは、私の頭が悪いから。
悲しい自問自答だ。
私の成績が悪いから補習を受けなくちゃならないのだ。



「はぁ……」


補習くらいでこの頭がよくなるなら苦労しないよ、と私は教室を見回した。
退屈しのぎには人間ウォッチングが最適だからだ。


私と同じく退屈そうな空気を醸し出しているのは、見事に顔なじみの常連ばかり。

窓際に補習仲間であるバスケ部の青峰くんも発見。
全体的に黒くてデカい彼は否が応でも視界に入ってしまう。



(…………あれ?)


その青峰くんの前の席に、見慣れない背中があった。

おそらくギリギリで補習ラインに引っかかってしまったのだろう。
もう勉強すること自体を諦め″危機感″という文字を辞書から消し去った補習常連組の中では、何かに追われるように必死にノートをとる姿は目立つ。

その必死さが何だか新鮮で、気づけばその背中に釘付けになっていた。


おそらく身長は青峰くんくらいはある。
規格どおりの学校机は、規格外の長身にはやはり合わないらしく、背中を丸め机に覆い被さるようにしてノートを取る姿は少しだけ滑稽だ。

あんまり大きくなりすぎるのも考えものだな、と思った瞬間、彼がペンを置いて背中を伸ばした。


真夏の太陽光を受けてキラキラと光る色素の薄い髪を見た瞬間、彼の正体が分かって驚く。


隣のクラスの、黄瀬くん。

モデルをやってるイケメンで、バスケも上手いらしいと噂の。


(黄瀬くんってあんまり頭はよくないんだぁ…………)

何でもできる完璧超人のイメージだったから少し意外。
まぁでもこの補習で見かけたのは初めてだから、今回はたまたま引っかかっちゃっただけなんだろうな。

次のテストは頑張る、という意気込みが伝わってきて、思わずクスリと笑ってしまった。


「─────じゃあ次の問題を……そうだな、今は10時21分だから、数学が21点だったやつ!」
「うぇっ」

ぼんやりしていた意識を呼び戻すような突然の先生の爆弾発言に、不意をつかれて思わず変な声が出た。
まさしく私のことだ。


「お、お前か。他にはいないのか?」

何これ自主申告制ですか。
バカ正直にお知らせしなければ当たらなかったのか。
その証拠に、他にも絶対21点の人はいるだろうに誰も名乗り出ない。


教室中の視線が私に集まる。
まぁ赤点ラインが30点だから、21点なら(この教室内に限れば)まぁまぁいい点数なので恥ずかしくはない。
青峰くんなんか、羨望の眼差しでこちらを見ている。


しかし、この状況はまずい。
何しろ私は話を全く聞いていなかった。


「前に出てこの問題を解きなさい」

先生が指差した数字と記号の羅列の意味が分からない。


でも分からないと言ったら、この真面目な先生は個人授業も厭わない人だ。
それだけは避けたい。


とりあえず、私は重い腰をあげて黒板に向かいチョークを手にとった。



「じゃあその隣の問題は………」

先生が私の背後で次の犠牲者を指名しようとしている。
でも誰が犠牲になろうとどうでもいい。
とにかく今すぐ私に数学の神様が降臨することをひたすらに祈る。


「────先生、オレも21点ッス」

誰かがそう言った。
バカ正直に申告するなんて暑さで頭がどうかしたのかな、と非道いことを考える。
でも私にはそんなバカに構ってる余裕はなくて、ひたすら数字とにらめっこ。
………だめだ、何も浮かんでこない。


「お、じゃあ出てきて隣の問題を解いてくれ」

先生の言葉を合図に、近づいてくる足音。
そしてその誰かは私の隣に並んでチョークを手にとった。

チラリと視界に入るその規格外の長身にギョッとして隣を見ると。


キラキラの金髪のイケメンと目が合った。


「うぁっ」

驚いて変な声が出たら、先生が不思議そうな顔でこちらを見る。


「どうした?」

イケメンに驚いたとは言えず一瞬言葉に詰まると、隣の黄瀬くんがヘラリと笑う。

「すんません、虫ッス」

そう言って黄瀬くんは黒板に向き直る。


イケメンってフォローも上手なんだ、と感心して、私も黒板の数字に向かおうとしたら、黄瀬くんのノートがばっと視界を覆った。

見ちゃ悪いと思って慌てて目をそらそうとしたのだが、一瞬だけ見えてしまった文字に驚いて一度そらした視線をまたノートに戻す。


『これを見て。間違ってたらごめん』

その言葉とともに矢印で示された数式は間違いなく私が苦戦しているこの問題。


私は驚いて黄瀬くんを見上げるが、彼は真剣な顔で自分の問題に取り組んでいる。

何かの間違いかと思ってまた目をそらそうとしたが、黄瀬くんもノートを持つ手を少し動かして、さりげなく視線の先に置かれてしまう。


これは本当に、自分のノートを写せということなのだろうか。

何で黄瀬くんみたいなイケメンがそんな風に私を助けてくれるのかは分からないけど、そんなことはどうでもいい。
どんな裏があろうとも今の私にとって黄瀬くんは救世主だ。


私は黄瀬くんのノートに書かれた数式を写し始める。
写してみると、なるほど単純な問題で、私レベルの頭でも理解できる解答だ。


イコールで結んで最後の数字を記入すると、先生が感心した声をあげた。


「よくできたな、正解だ」

その言葉に苦笑いで返していると、黄瀬くんも解き終わったらしくカランとチョークを置いて私に向き直った。


「よくできました、ッスね」


何だか黄瀬くんが誉められたかのような嬉しそうな笑みを向けられ、私は何て返したらいいのか分からない。
とにかく次の休み時間になったら話しかけてみようと心に決めて、先生の指示通りに席に戻った。



(あの、さっきはありがとう!)
(あーいいッスよ別に。オレ数学は意外と得意なんス)
(へ? でも21点………)
(あれ嘘ッス。ホントは53点ッス)
(え、じゃあ何でこの補習にいるの? 赤点じゃないのに)
(それは、えーと…………………と、とにかく、あんたを助けられたならよかったッスわ!)


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