夏<黒子の場合> Heatstroke



キュッキュッと甲高いバッシュの音が響く。


「一本!」


ゲーム形式の練習はいつもより白熱していた。
私はコート脇でスコアをつけながらドリンクの用意をしていた。

今日は桃ちゃんが他校の偵察に行っているから、人手が足りなくて忙しい。
あっちこっちを行ったり来たり。


「ふう…………」

ようやくドリンクを人数分用意し終わって、私はベンチに座った。
滴る汗がスコア表に落ちないようにタオルで拭う。


体育館独特の籠もった熱気。
今日は真夏日で、外ではアブラゼミがけたたましく鳴いていた。
白熱するゲームすらもこの暑さに一役買っていそうだ。



「暑いねー………」

誰に言うでもなくぽつりと呟いた。
口に出したらますます暑さが増す気がする。

心なしか気分も悪い。
もしかして昨日夜更かししちゃったせいかな。


でも居眠りなんかするわけにいかない、と必死に気を保っていたのだが。



「危ない!」

誰かの叫び声がした。
驚いて顔を上げると同時に、バチンと何かを弾くような音。
正面に立ちはだかる背中。


「うわあ!」

どこか遠くの方からも叫び声がして、私は何が起きたのか全く理解ができない。


「大丈夫ですか」


困惑する私を、正面に立ちはだかっていた背中、黒子くんが振り向いた。
少し怒ったような顔で私の前に膝をつく。


「ぼんやりしていたみたいですね。アウトボールがぶつかるところだったんですよ」

「そのボールは黒子のせいで黄瀬にヒットしたようだがな」


いつの間にか近くにいた緑間くんに促されて、さっき叫び声がした方を見ると、黄瀬くんが鼻を抑えてうずくまっていた。
どうやら黒子くんがコースを変えたアウトボールが顔にヒットしてしまったらしい。
完全な流れ弾だ。



「……あれ」

私を覗き込んでいた黒子くんが不意に怪訝そうな顔をする。


「もしかして、具合悪いですか?」

「え、いや、全然っ」


唐突な質問に焦る。
たしかに少し気分悪いけど、おそらく寝不足気味のせいだろう。
そんなことわざわざレギュラーに報告できるわけない。

元気なことをアピールするために慌てて立ち上がったら、くらりと目眩がした。


ヤバい倒れる、と思った次の瞬間、ぽすんと汗の匂いのシャツに抱き止められる。
普段なら安心する熱なのに、今日は何故か吐き気が増した。


「う…………」

「大丈夫……じゃなさそうですね。熱中症でしょうか」


言われてみれば、水分をあまりとっていなかった気がする。
この暑さだし、熱中症でもおかしくない。
少なくともこの目眩は、ただの寝不足じゃない。
自分の体調管理もできないなんてマネージャー失格だ。



「とりあえず保健室ですかね。歩けますか?」

尋ねられて、私は首を横に振った。
体調不良を自覚してしまうと、妙に頭がぐらぐらして、立っているのもやっとだ。


「仕方ない………オレが運ぶのだよ」

緑間くんがそっと私に手を伸ばした。
緑間くんなら、けして軽くない私を運んでも途中で落っことすことはないだろう、と安心して身を委ねようとしたとき。


パシン、と黒子くんが緑間くんの手を払った。



「何するのだよ黒子!」

私も驚いて目を丸くする。
右手だからまだよかったものの、緑間くんの大切な手を払うなんて。


しかし、黒子くんは緑間くんの怒声を相変わらずの無表情で聞き流した。

そして次の瞬間、ふわりと私の身体が浮く。
黒子くんに、いわゆるお姫様抱っこをされたのだ。



「すみません、緑間くん。
ボク、自分の恋人を他の男に触らせて平気でいられるほどは人間できていないんです」


そう言って黒子くんはくるりと踵を返して、注目を集めながら体育館を横切る。


「しばらく帰ってこなくていいぞ、黒子」

ざわつく体育館を出る瞬間、背中から飛んできた、赤司くんの呆れたような声が妙に耳に残った。



「くっ黒子くん……!」

「なんですか」


私を抱えながら平然とした顔で歩く。
平然とはしていても、重くないわけない。
黒子くんがあまり筋力がないのはマネージャーの私が一番よく知っている。


「重いでしょ、私大丈夫だから歩くよ………っ」

「ダメです」


きっぱりとした声で断られる。
黒子くんはチラリともこちらに視線をやらず、正面を睨みながらさらっと言った。


「ボク、自分の可愛い恋人も抱えられないようなヤワな男じゃないんです」


真顔で告げられた言葉に赤面する。

絶対重いのに。腕が痛いはずなのに。
可愛いなんて、これくらいの言葉に絆される自分が憎い。



「普段可愛いなんて言ってくれないくせに…………」

悔しくてぽつりと呟くと黒子くんは微かに笑った。


「言わないだけでいつも思ってますよ、可愛いボクの恋人さん」

「…………………っ」



なんてずるい人だろう。
その言い方も、下から見上げる凛々しい表情も、全部ずるい。


「ずるい…………」

心の中に収まりきれなかった言葉がひとつ、ぽろりとこぼれ落ちると、黒子くんはまた笑った。



(そういえば、さっき緑間くんに頼ろうとしたでしょう)
(う、あの、ごめんなさい……)
(………早く元気になってくれたら、許してあげます)


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