梅雨<赤司の場合> Sheltering from the rain



私は走っていた。
顔を雨粒が叩く。

どうにかしてこの刺激から逃れようと私は顔の前に腕を出して防御するが、ほとんど効果はない。



しばらく走ると、シャッターを閉めた小さな喫茶店が見えてきた。


欲をいえば店の中で休みたいところだが、シャッターには定休日の札。

しかし、その喫茶店の入り口は軒があった。
今の私にはそれだけで十分すぎるほど。

私は急いでそこへ駆け込み、ようやく一息ついた。


濡れた髪が顔にはりつく。
私は胸に抱えていた鞄のファスナーを開け、中身の無事を確認し安堵した。
そしてハンドタオルを取り出し、髪を拭う。

シャツも身体に張りついて気持ち悪いが、上に着てるカーディガンのおかげで下着が透ける心配はない。



雨はやむどころか、ますます強くなる。
バケツをひっくり返したような豪雨とはこういうのをいうのだろう。
聴覚は雨音に奪われ、絶え間なく叩きつける雨粒のせいで数メートル先は見えない。



私はその場にうずくまり、膝に顔を埋めた。

ノイズのような雨音を楽しむ。
一定の調子で響く音が心地良くて、耳を傾けていた。



ふと、その一定のノイズが乱れた。

ばしゃっ ばしゃっ

ノイズの間に混ざるその音は最初は小さかったのに、だんだんと強く近くなってくる。


不思議に思って顔をあげると、誰かが軒に飛び込んできた。


驚いて上を見ると、鮮やかな赤色の髪。

ちらりとこちらに視線をやったその瞳は左右で色が違う。


「すまないが、オレもいれてくれ」

そう私を見下ろしながら言う彼は私と同じ帝光中の制服を着ている。


こんな綺麗な人が学校にいたんだ、と私は内心驚きながら彼に声をかけた。


「すごい雨ですね」

「ああ。天気予報では夜から降ると言っていたから油断した」

「私もです。朝は晴れそうだったからつい傘置いてきちゃって」


私が苦笑してみせると、彼も微かに笑ってくれた。


「脱いでいいか」
「え?」


唐突に問われ、一瞬何のことか分からなかった。
彼が気持ち悪そうにジャケットの襟を掴んでいるのを見て、納得する。


「絞りたいんだ」

「どうぞ、お構いなく」


わざわざ断るなんて丁寧な人だな、と感心しながら顔を正面に戻すと、彼は小さく、ありがとう、と呟いた。



ばさり、とジャケットを脱ぐ音が聞こえる。

何となく気恥ずかしくて、私は膝に顔を埋めていた。


びちゃびちゃと絞ったジャケットから滴る水の音がしたと思ったら、ばさっと頭に何か被せられ視界が暗くなった。


「えっ!?」


驚いて顔を上げるが何も見えない。

被せられた何かを取ろうと慌てるが、頭の上にぽんと彼に手を置かれて、それもできなくなった。



「この雨は明日の朝まで続く。こんなところで雨宿りなんかしてても無意味だし、風邪ひくぞ」

「えっ、そうなんですか!?」


止んだら帰ろうと思っていたのに、と言うと、天気予報を見ろ、と怒られてしまった。


「それを被って帰れ。ないよりはマシだろう」


頭に置かれた手が離れた。

そして、ばしゃり、と水に踏み出す音が聞こえる。


私は急いで被せられた何かをどかせたが、もう隣に彼の姿はなく、遠ざかるばしゃばしゃという音だけが彼の存在を主張していた。


「待って!」


声を上げるが、雨音にかき消される。
後を追おうと思ったが、彼の姿はもう見えず、どちらに行ったのかも分からない。



私は諦めて、彼に被せられたものを見つめた。


これは、帝光中のジャケット。
彼の着ていたものだ。


こんな雨の中にシャツ一枚で飛びだすなんて。
しかもこれがないと彼は困るんじゃないだろうか。


とにかくこれを彼に返さなきゃ、と私は焦るが、残念ながら帝光のジャケットにはネームがない。

顔しか知らない、学年もクラスも分からない人を探すには帝光中の生徒数は多すぎる。


まるでシンデレラのガラスの靴のようなジャケットを見つめながら、私はそっと息を吐いた。



***



昨日の彼は誰だったんだろう。
私は廊下を歩きながら考える。

結局昨日は彼の言葉に甘えて、そのジャケットを被りながら帰った。


私は大丈夫だったけれど、彼は大丈夫だったんだろうか。
風邪なんかひいてないだろうか。

そのことばかり考えてしまう。



ふいに私は視線をあげた。


廊下の向こうから男子生徒が歩いてくる。
ジャケットは着ていない。
私は立ち止まって、彼を見つめた。

それは、遠くから見ても鮮やかな、赤い髪の。


「風邪はひいていないようだな」


そう言って、彼の左右違う色の瞳が細められる。

心臓がどきりと音をたてた。



(見つけた、シンデレラ)



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