梅雨<紫原の場合> Date at home



「ねーそっちのまいう棒とってー」
「これ? はい」
「んーあんがとー」


しとしとしとしと。
さくさくさくさく。
しとしとしとしと。

窓を叩く雨音に混じって響く、さくさくという音。
あっくんがお菓子を咀嚼する音だ。


「あらーこれあんま美味しくなーい」
「それはドンマイだね」


今日は2人でお出かけする約束だったのだが、季節柄仕方ないというか、天気に恵まれずお家デートになってしまった。


お家デートといえば聞こえはいいが、実のところはただのお菓子品評会だ。

あっくんが買ってきたお菓子をあっくんがひたすら食べてあっくんが評価する。

私はときどきあっくんが勧めてくるのを少しつまむ。


それが私たち流お家デート。



「これうまいよー」
「ほんと? ひとつ頂戴」

机いっぱいに広げられたお菓子。
でもあんまり嬉しくない。


(もう少し、カップルらしいことしたいのにな………)


そう、私たちはカップルなのだ。
恋人同士が部屋で2人きり。
もう少しこう、甘い展開というか、そういう方向に話が進んだりしないものか。


(…………ムリか)


あっくんはバスケをしていないときは、なんていうか、子供だ。


告白したのも私から。

嫌いな人と付き合うような人ではないから、好かれてはいるのだと思うが、単に懐かれているだけな気もする。

さすがにキスはしたが、軽く唇に触れる程度のものだ。
子供のキス。



そんなことを考えていたら不意に悲しくなって、私は俯いた。


あっくんは子供だ。
ライクとラブの違いもたぶん分からない。

もしその違いにあっくんが気づいてしまったとき、私は隣にいられるのだろうか。



「どしたの?」
「……んーん、何でもないよ」
「ふーん、そう」


私の様子を訝しんで下から顔をのぞき込んでくる。

すぐに気づいてくれたのには嬉しいが、気分は晴れない。


こういうことは一度思ってしまったらずっとつきまとう。
考えなきゃよかった、と後悔。



「あのねー、このチョコも美味しいんだよー」


私の心情など気づきもしないあっくんはガサガサと袋を漁る。


「そうなの? ひとつ頂戴」


私は努めて明るく振る舞った。
ニッコリと笑って。


「いいよー」

そう言って、いつもなら差し出してくれるチョコを、何故かあっくんは自分の口にいれてしまった。



え、と思った次の瞬間には、あっくんは私に口づけていた。


「んっ………!?」


触れられた瞬間からいつものキスと違うことが分かった。

どこが、と問われても困る。
ただ、どこかが違う。


考えようにも、角度を変えながら絶え間なく口づけられて酸素が足りなくて頭が働かない。

やがて私が酸素を求めて口を開くと、するりと何かが滑り込んできた。


「………っは、……………」

甘い。
とにかく甘い。
これはチョコレートだ。

チョコレートにまみれたあっくんの舌が、私の舌に直接チョコレートを塗り込む。

その甘さに痺れてしまいそう。



「っ………は、ぁ……………けほっ」

やっと解放されたときには私は腰が抜けてしまって、あっくんにしがみついて座っているのがやっとだった。



「あのねー、こないだ赤ちんに言われたんだけど」


あっくんは私の口の端から零れた唾液を親指で拭いながら言う。


「オレって子供っぽいからすぐ飽きられちゃうかもって。
だからオレ、これから大人っぽいことしようかと思うんだけど」


いい?と問われても、チョコレートの毒にコントロールを奪われた私は、ただ問われるままに頷くことしかできなかった。



(ねー、オレって子供っぽい?)
(…………ちょっと)
(あららカッチーン。じゃあもっと大人っぽいことしてやっし)
(嘘です嘘ですごめんなさい!!!! これ以上はホント無理ですもう動けませんホントごめんなさい!!!!)


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