梅雨<黄瀬の場合> Love at first sight
しとしとと雨粒が降ってくる。
さすが梅雨、もうここ一週間ずっと雨。
「まーた靴が乾かねぇッスねぇ………」
ちゃぷちゃぷと水溜まりを歩きながら、オレはぽつりと呟いた。
ふと、顔を上げると前を歩く赤い傘が目に入った。
和風な花柄の可愛い傘だ。
趣味のいい傘に思わずうなる。
(やっぱり傘とか小物にもこだわらなきゃッスねぇ)
残念ながら今日のオレの傘は黒無地の地味な傘だ。
ああいう和風の傘はいいかもしれない。
オレは赤い傘についていきながら考える。
ていうかよく見ると、前を歩く女の子はずいぶんとセンスがいい。
身長もスタイルも平均的だけど、ハイソックスの長さやローファーの形、スカートの長さや通学カバンまで、校則の範囲内で自分に似合う最上級を組み合わせている。
おかげでずいぶん足や歩き方がキレイに見えてるし、こういう無理しすぎていない余裕ある感じのオシャレはカッコいい。
無駄に高いもので飾り立てたり、雑誌をそのままコピーしたりするのは、やっぱり無理が見え隠れして見てても楽しくないし。
(見習いたいもんッス)
モデルとしてもう少しオレも勉強しようと心に決めた。
そのとき。
パッと彼女がこちらを振り向いた。
目が合って、ものすごく驚く。
しかし彼女の怯えるような視線を受けて、今さらながら自分が無意識に彼女について行ってたことに気付いた。
見知らぬ女の子の後ろをついて歩くなんてただの変質者じゃないッスか!!
「や、えっと、違うんス!」
オレは慌てて言い訳する。
「なんか、あんたの傘可愛いなあって思って、ていうかあんたセンスよくて、なんかつい見ちゃってたっていうか」
必死に弁明するが、彼女はじっとオレを見つめたままだ。
ていうか、正面から見るとやっぱりセンスがいい。
ちょっと丸い顔をカバーしつつも大きな目を際立たせる髪型。
首の細さをアピールするように第一ボタンだけ開けられたシャツ。
頬に軽くのせられたチークと、同じ色のリップがめちゃくちゃ可愛い。
そんな彼女に見つめられているうちに、何だかオレは緊張してきて、顔が熱くなってきた。
「う、あの、えっと……………」
何を言えばいい?
変質者の汚名を着せられるのはモデル黄瀬涼太として非常によろしくないし、それ以上に、なんていうか、彼女に嫌われたくない!
どうしようどうしようどうしよう。
彼女の傘見てただけなのに、ああでも顔見れて嬉しい。どうしよう。
「あの、今度傘買いにいくの付き合ってもらえませんか!?」
気づいたらそんなことを口走っていた。
しまったと口を押さえるが、出てしまった言葉は戻らない。
「はい?」
彼女も目を丸くして首を傾げるようにしながらこちらを見ている。
そんな仕草も可愛い。可愛いのに媚びてる感じがしないのも好印象。
じゃなくて!
どうやってこの場をまとめよう。どうしよう。
「あーえっと、オレ新しい傘ほしくて
、あんたの傘がすごいよくて、だから売ってる店教えてほしいんスけど………」
しどろもどろになりながら答えるオレがおかしかったのか、彼女はプッと吹き出した。
笑い方も可愛い。
ていうか、さっきからオレ、可愛いとしか思ってない。
なんかもう彼女が全部可愛い。
胸がドキドキとうるさく高鳴っている。
これはもしかして。
「もしかして傘に一目惚れですか?」
クスクス笑いながら彼女が尋ねてきた。
一目惚れ。そう、一目惚れだ。
ただし、相手は傘じゃない。
オレはグッと拳を握りしめて、真っ直ぐ彼女を見つめた。
少しでも気持ちが伝わるように、思いを込めて。
「あ、あんたに一目惚れしたんスよ!!」
今度は彼女が慌てる番だった。
(えっ、えええぇっ!? ちょっ、あの、ナンパですか…!?)
(違うッスよ!! こんなことしたのあんたが初めてなんスからね!?)
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