冬<赤司の場合> Himehajime


「できたよ」

「わぁっ……!」


征十郎に促されて、この和室には不似合いな全身鏡を見た瞬間、思わず声を上げた。

そこにいた私は見慣れたいつもの姿ではなく、艶やかな振袖姿。
たった今征十郎に着つけてもらったものだ。


「すごい! 征十郎すごい!」

うまく言葉が出てこなくて、私はただひたすらに「すごい」と連呼する。
いつもとは違う自分の姿に対する喜びもあるが、それ以上に私をこんなに綺麗にすることができる征十郎に対する感動が大きい。
振袖の着付けができる男子高校生なんて征十郎くらいのものではないだろうか。


「ありがとう、征十郎!」
「大したことはしていないよ。お前は何を着ていても可愛いとは思っていたけれど、今は綺麗という言葉がふさわしいな。赤の着物はお前によく映える」

そう手放しで褒められて、鏡の中の私の頬にパッと朱色がさす。
すると征十郎はクスクスと可笑しそうに笑った。


「頬まで赤色だ。全身僕の色に染まっている」


その言葉に、私はますます赤くなった。
恥ずかしいけれど嬉しい。でも恥ずかしい。
頭の中がぐるぐるして「あ」とか「う」とか意味のない音しか発せない。

征十郎はそれを見てますます可笑しそうに笑いながら、脇に置いてあった何かを手に取った。



「仕上げだ。こっちを向いてごらん」


征十郎の手が優しく私の顎に触れ、私の顔を征十郎の方に向ける。
そして、私の唇を彼の小指が淡くなぞった。
その感触にぞくりとして思わず瞳を伏せると、征十郎の骨ばった手首が目の前にあって何故かますます気恥ずかしくなってしまった。


「できた。見ろ」

その言葉とともに再び鏡を見せられると。
私の唇が赤く色づいていて。


「女は紅をひくと変わると言うけれど、ここまでとはな。すごく綺麗だ」


そう言って私の頭にちゅっと口づける征十郎。
その髪の色に包まれている自分の艶姿が嬉しくて、私は身体ごと彼に向き直り、そっと彼の背中に手を回した。


「ありがとう、征十郎……大好き」
「僕は愛しているよ」
「っ……私も、あ、愛してるもん……」
「知っている」


そっと私を抱きしめる彼の腕が優しい。
私が彼を見上げると、色の違う瞳が私を見つめ返す。
どちらからともなく唇が重なると、私の紅が彼の唇にも移ってしまって。
赤くなった彼の唇に形容しがたい色気のようなものを感じてしまう。

彼の胸に額を寄せながら、こんな素敵な人の恋人でいられることの喜びをかみしめていた、次の瞬間。




「じゃあ、始めようか」
「え?」


唐突なその言葉の意味が理解できずにいた、私の視界がぐるりと回った。

気づけば、視界を埋め尽くしているのは優しい瞳で微笑む征十郎の姿。
そしてその背後に見えるのは天井。
近くに感じる畳の匂い。

状況が理解できない。


「背中は痛くないかい?」
「え、あ、はい」

ぽかんとして間抜けな返事をする私の胴回りを彼の手が這う。
無意識に目で追うと、彼の手がせっかく綺麗に結ばれた帯をほどいているところで、驚いて私はその手を掴んだ。


「え、何してるの征十郎……!」
「何って、帯をほどいているんだよ。帯を結んだままだとお前は寝転がれなかっただろう」
「寝転がる必要ないじゃない……! ちょっ、ほどかないで……!」
「この状況で分からないのか? それとも、帯は結んだままの方が好みか? 僕はそれでも構わないけれど」
「何の話をしてるの!? あっ、ちょっと……!」


戸惑う私の様子を見て、征十郎はフッと微笑んだ。
嫌な予感しかない。
私は身を強張らせる。


「まさか、僕がただ何の意味もなくお前を着飾らせたとでも?」
「え…………」
「男が女を着飾らせるのには別の意味があると言うだろう」


赤く色づいた征十郎の唇が弧を描く。
不思議な色気を放つその唇がゆっくりと開かれて。



「男が女を着飾らせるのは、脱がせるためなんだよ。覚えておくといい」



征十郎が私の足を割って間に身体を滑り込ませた。
必死に抵抗するも、それをものともしない彼はぺろりと唇を舐めて自分の紅を拭いながら言う。



「さぁ、姫はじめをしようか」


有無を言わさぬその口調に、私の背中に嫌な汗が伝った。



(せっ征十郎のバカ! 変態! あっ)
(そんな可愛いことを言われると、つい意地悪したくなるな)


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