冬<紫原の場合> Christmas


「ちょっ、誰よむっくんにそんな言葉教えたの! 出てこい!」


私の叫び声に、周囲が動きを止めたのが分かった。
何だ何だ、と野次馬の視線を感じる。


「えー、誰だっけ。分かんない。でもそんな怒ること?」
「怒ること! 女としてのプライドあるのよ、これでも!」
「よく分かんない。めんどくさそーだね、それ」
「人のプライドめんどくさいとか言うな!」

「アツシ、どうした」


辟易した表情のむっくんを怒鳴る私に、とうとう氷室くんが仲裁にきた。
話を振られたむっくんは、拗ねたようなふくれっ面で言う。


「先輩が怒ってんの」
「それは見れば分かる。何で怒っているんだ」
「オレが『先輩は今年もシングルベルなんでしょ』っつったから」
「シングルベル…………?」

繰り返された言葉に、私は羞恥心に顔を染めた。

「それは、何のこと?」
「んー、あのね、先輩はクリスマス一人で過ごすってこと」
「わっ、ちょっ……!」

慌ててむっくんの口を塞ごうとしたけど、ひょいとかわされてしまった。
だから私は腹いせにむっくんをタオルでべしっと叩く。


「むっくんのバカ! 何で氷室くんにも言うの!」
「え、だって室ちんが説明しろって言ったから」
「ちっとはこっちに配慮しろバカ! トトロ!」
「トトロって悪口じゃねーし。褒め言葉だし」
「うっさい!」


氷室くんみたいなイケメンにこの事実を知られてしまうなんて。
このむしゃくしゃをタオルに込めてむっくんをべしべしと叩く。
むっくんは痛くはなさそうだけど、繰り返されるタオルの攻撃に鬱陶しそうな顔。
その様子を見ていた氷室くんは深くため息をつく。


「先輩、すみませんでした。アツシ、謝れ」
「えー何で」
「何ででもだ」

「ちょっ、やめて! 謝らせないで!」

虚しくなるから!と叫ぶ私を、むっくんと氷室くんは複雑そうな顔で見つめる。
その変なものを見るような視線、やめてほしい。


「そ、そりゃむっくんたちはいいわよ! 黙ってたってモテるんだもん。バスケ部なんて、岡村くん以外は女の子たちの憧れの的じゃない! どうせクリスマスの予定だって埋まってるんでしょ!?」

「まー、主将以外なら告られたことくらいあるんじゃない? でもあれ、めんどーなんだよね」


私とむっくんの会話に、背後で福井くんが吹き出す音と、岡村くんが泣き叫ぶ声がしたけど、それには構わずむっくんは続ける。


「クリスマスは予定ないよ。誘われたけど全部断ったし」
欠伸をしながらそんなことを言うむっくんの言葉と態度に私は目を見開いた。

「はぁ!? なっ……何てことを……! 女の子がどんな気持ちで誘ったと思ってるの!?」
「知ーらね。何、じゃあ先輩はその気持ち分かるわけ? そういう経験あるわけ?」
「へっ!? そりゃ! ……な、ないけど! でも、女の子だってむっくんのことが好きだから誘ってくれたのに、それをそんなあっさりと断るなんて……!」
「だってオレ、その子たちのこと好きじゃねーもん」


勝ち組の余裕発言にむかっとした。
怒りに任せて私は、彼の長めの髪をわしっと掴んで、思い切り下に引っ張る。


「座れ! もー怒った、お説教する! むっくんは女心が分かってない!」
「っ痛い、痛いって先輩! 引っ張んじゃねーよっ」
「口も悪い! だいたい前から思ってたけど、先輩には敬語を使いなさい!」
「痛いってば! やめろよっ、もーっ! うるっさいなぁ!」


髪を引っ張り続ける私に、むっくんの表情が変わった。
やばい、怒らせたかも。
そう思った次の瞬間。

引っ張っていた手に感じていた抵抗がなくなった。
そして、私に引っ張られるように急に近づいてくるむっくんの顔。
驚いて髪は離してしまったのに、むっくんの急接近は止まらない。


「んっ」


一瞬だけ唇に触れたその熱に、周囲からどよめきが起こった。
しかしむっくんは外野には興味がないようで、私を見下ろして、いつものようにむーっと頬を膨らませる。


「てか、人の話は最後まで聞いてよね」

拗ねたような、見慣れたその子供っぽい表情に、私の頭はようやく鈍い回転を始める。


「い、いま、キス、した?」
「した」
「なっ、なんで……!?」
「好きだからに決まってんじゃん、バカじゃねーの先輩」
「…………へっ!? 誰が!?」
「先輩、まじでバカなの? オレが、先輩のこと好きって言ってんの。日本語分かる?」
「…………………………はぁ!?」


こいつ、私のこと貶した。日本人歴18年という私の輝かしい経歴を侮辱する気か。
…………いや、大事なのはそこじゃない。
今、こいつ、何て?


「むっくんが、わたしのこと、すき?」
「だーかーらー、そう言ってんじゃん。分かれよ」

口に出して、頷かれて、ようやくその言葉が私の脳みそに届く。
その情報は、私の少ない脳の容量を埋め尽くすのには十分すぎるほどのサイズで、容量オーバーになった私はまたフリーズした。


顔を真っ赤にしたまま固まる私を見て、むっくんはため息をついた。

「何でそんな驚くわけ? …………まーいいや。ところでさぁ、先輩」

今度は両手を繋がれて、ぎゅっと握りしめられた。
思わずその手を見つめると、上から声が降ってくる。


「今年のクリスマス一人なら、オレにちょーだい。ね?」


ばっとむっくんを見上げると「予定ないんでしょ?」と猫みたいなにんまりした笑みを浮かべる。
でもフリーズした私の頭にその言葉が届くにはまだ時間がかかりそうだった。



(やれやれ、アツシは……)
(部活中にイチャつくなよな、ったく……。あと、アゴリラ泣くなうざいキモい)
(うっ、うざキモ……っ!?)
(檻の中に帰ればモミアゴリラにも彼女できる日が来るかもしれねーアルよ)


[ back ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -