冬<青峰の場合> Cold


まるで鈍器で殴られ続けているかのような頭痛。
加えて、妙に熱い身体。ぐるぐると回る視界。

完全に風邪をひいてしまった。


こんなとき寮暮らしは辛いな、と思う。
実家だったら家族が看病してくれるのに。
学校が冬季休暇中の今は他の寮生も、寮管理人さんもいなくて私を気にかけてくれる人は誰もいない。
だから私はひとり部屋で呻くしかできない。


喉が渇いた。でも1階の男女公共スペースの自販機まで飲み物を買いに行く体力はない。
誰かに助けを求めようにも、誰も思いつかない。

誰も、助けてくれない。

その言葉を心の中で呟いたら、急に孤独感が私を襲った。
私が苦しんでても誰も助けてくれないんだ。
寂しい、辛い、苦しい。


「う……………」

つんと鼻の奥が痛くなって呻いたそのときだった。



ベランダに面した窓が、ガラリと開いた。


「生きてるか」


冷たい外気とともに突然現れたその人は。


「だいき…………?」
「おう」


窓を閉めてベッドに歩み寄りながら大輝は何事もないように頷いた。

「熱いな」
私の額に当てられた冷たい手の感触に、その存在が夢ではないことを知る。


「…………どうして、ここに?」

驚く体力もない私は、静かに尋ねる。
ここは3階だ。しかも女子寮の。
男子立ち入り禁止の女子寮の周りは、有刺鉄線や防犯カメラなどそれなりの設備で囲まれているはずなのだが、この人はどうやって侵入してきたのだろうか。


すると大輝はさらりと答える。

「木ぃ登ってベランダに飛び移って登ってきた」


野生児の大輝には寮のセキュリティなんて存在しないも同義らしい。
風邪が治ったらセキュリティ強化を寮長に進言しよう。
そんなことよりも。


「…………だいき、だめ、かえって」

喉の痛みのせいで掠れる声で、私は言う。


大輝がここにいることがばれたら、私だけじゃなくて大輝まで罰則を受ける。
女子寮侵入は、飲酒や喫煙に並んで重罪だ。
最悪の場合、退寮処分。
今まで大した寮則違反をしていない私は大丈夫だけど、これが見つかったら大輝は確実に退寮を免れない。
寮内に人が少ないとはいえ、ゼロではないのだ。
ばれない保証はない。


しかし、大輝は私の言葉など聞こえていないかのように、がさごそと持ってきたビニール袋を漁った。


「スポドリと、ゼリーとヨーグルトとプリン、どれがいい?」
「だから、」
「うるっせぇよ。病人は黙ってろ」
「わぷっ」


乱暴な手つきでがっと前髪をかきあげられ、べしっと額を叩かれた。
額がひんやりとする。
どうやら冷えピタシートを貼ってくれたらしい。


「てめぇは人の心配なんざしてる場合じゃねぇだろ。んだよ、そのザマは」

大輝の声音に怒りの色が混ざっているのに気づき、私は口をつぐんだ。


「何で風邪なんか引いてやがるんだよ」

「なんで、って……」
そんなの私が聞きたい、と続けようとしたけど、大輝の怒りの視線に言葉を失う。


「何でオレに黙って風邪なんか引いてんだよ。看病しろって呼び出せよバカ。何のための彼氏だっつの、ふざけんじゃねぇブス」

苛立った様子のまま、ぶつぶつと呟くように私を罵る大輝に、私はぽかんとする。
これは、分かりづらいけど、もしかして心配してくれてるのかな。


「しかもオレには言わねぇくせに今吉には言ってやがるし。何でオレに一番に言わねぇんだ、てめぇの彼氏は今吉なのかよ、このブス。チビ」


「だって、ぶかつ休んだ、から」
キャプテンには連絡しないと、と続けようとした私をじろりと睨んで黙らせる。

「んなこと聞いてんじゃねーよ。黙ってろ、うぜぇ」



じゃあ何を聞いてるんだろう。
何やら理不尽な怒りだ。
よく分からないけど、とにかく大輝にとって面白くないことがあったんだろう。
もしかしてまた若松さんと喧嘩したのかな。


「だいき…………」


私が彼の名を呼ぶと、大輝は相変わらず苛立った表情のままだが、しぶしぶといった様子で私の枕元に寄ってくる。


「んだよ」
「もっとしゃがんで」
「だから何だよ」


文句を言いたそうな顔をしながらも私の言うとおりに、ベッドに横たわる私と目線を合わせるくらいにしゃがんでくれる大輝はやっぱり優しい。
私はそんな彼の頭に手を伸ばして、そのさらさらの髪を撫でた。


「やなことがあったの? げんき、だして」


重たい腕を必死に動かして、よしよしと宥めるように大輝の頭を撫でてやると、大輝は驚いたように目を見開いた。
そしてすぐに、はーっと深くため息をつく。


「……………てめぇ、熱で頭でもやられたか。誰のせいだってんだよ、ったく……」
「だれのせい、なの?」
「………誰が教えてやるか、バーカ」


ふいに、大輝の表情と声音が柔らかくなった。


「………………こういうときくらい、自分のことだけ考えてろよ。お前が元気ねぇくせに、人に元気出せとか無茶なこと言うな」

言いながら大輝の大きな手が、私の髪をかきあげ、梳いてくれる。
その手の冷たさと、手つきの優しさが心地よくて、私は目を閉じた。


「お前が元気じゃねぇと、調子でねー。さっさと風邪なんて治せよ、ブス」


その言葉と同時に唇に降ってきたキスは、いつもより冷たくて気持ちよかった。




(あのね…………きてくれて、ありがとう)
(んなこたいいから、さっさと薬飲んで寝ろ。オレがついててやっから)


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