冬<緑間の場合> Valentine Day


「あげる」


素っ気ない言葉とともに私が差し出したお汁粉を、真ちゃんは当然のように受け取った。


「気がきくな。それでこそオレの下僕なのだよ」

「彼女のこと下僕とかいうの止めてくれません?」

「事実だ」


そう言って真ちゃんは悠然とお汁粉をすする。

その言葉を否定できない自分が憎い。
だって自分でも自覚あるんだもん。下僕じみてきたなって。

今だってほら、真ちゃんの指に何かあったら大変だからって、わざわざプルタブを上げてから缶を渡した。
こういう行動が染みついているあたり、立派な下僕かもしれない。




「ところで」


自分の行動を顧みていた私の思考は真ちゃんの声で中断された。
彼の方に顔を向けると、彼は(いつも以上に)不機嫌な顔をしていて。


「どうやらオレは貴様を買い被っていたようだ」

「えっ……!?」

真ちゃんの言葉に、私は目を見開いた。


「何、いきなり……!? え、私、何かした……!?」

「うるさい。お前がここまで馬鹿だとは思っていなかった。カレンダーも読めないなんてありえないのだよ」


そう言ってそっぽを向く真ちゃんに、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

真ちゃんが怒ってる。私のせいで。
やだ。幻滅されたくない。
私は一体何をしたんだろう。
カレンダーって何? 何で真ちゃんは怒っているの?



「…………あ」

真ちゃんに嫌われたかと思って半ばパニック状態で必死に真ちゃんの言葉の意味を考えていたら。
ふと思い当たることがあって、私は声をあげた。


「真ちゃん、あの……」

「黙れ。死ね。お前の顔など見たくもない」


容赦なく飛んでくる鋭い声。
私は慌てて、カバンの中を探った。
そして、一番底に大事にしまっていた包みを取り出して、真ちゃんの鼻先につきつけた。


「あの、遅くなってごめんなさい。これ、バレンタインのチョコ……」

言いながらおそるおそる彼の様子を伺うと、真ちゃんはちらりと私の方を一瞥して、乱暴な手つきでそれを奪い取った。


「……仕方ないから、受け取ってやろう」


その上からの物言いに、私は一瞬呆気にとられて、そして吹き出してしまった。
ぎろりと真ちゃんの鋭い視線が飛んできたけど、気にならない。


「真ちゃん、チョコレートほしかったんだ」

「そんなわけあるか。お前がどうしても受け取れというから、仕方なく受け取ってやっただけのことだ」


その物言いに、ますます笑いがこみあげてくる。
クスクス笑い続けていると、真ちゃんの機嫌が急降下していってしまった。

今まで並んで歩いていたのに、急に早足になって私を置いていってしまう。
私は慌てて小走りでそれを追いかけ、長い足でずんずんと進んでしまう彼の顔を下から覗き込んだ。


「ごめん真ちゃん。怒らないで」
「謝罪に誠意が感じられない。本当に悪いと思っているなら土下座でもしてみせろ」
「や、それはさすがに勘弁してください」

やばい、すごい怒ってる。
何とか彼の機嫌を直さないとと思って、とりあえず私は彼の腕にぎゅっと抱きついてみた。
すると、彼はびくりと肩を跳ねさせて立ち止まる。
とりあえず足を止めてもらえたことに安堵して、ますます腕に強く抱きつきながら、私は彼を見上げた。



「ごめんね。ちょっとラッピングに自信なかったから、帰りに別れるときに渡そうと思ってたの。恥ずかしかったから」

私の言葉に、彼は眉根を寄せながら私を見下ろして言った。


「…………お前の手先がどうしようもなく不器用なことくらい知っている。そんな理由で、オレを一日待たせた罪は重いのだよ」

「今日ずっと待っててくれたの? 私のチョコ」

「っ…………! そんなわけあるか!」


そう怒鳴るけど、顔を真っ赤にして怒られても全然怖くない。
素直じゃないご主人様に、私はクスクス笑った。



(下僕のくせに生意気なのだよ)
(ごめんね、ご主人様)


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