冬<黄瀬の場合> Lover's coat



「っ何やってるんスか!!」

「えっ」



開口一番、そう怒鳴られた。
私は目をぱちくりさせる。

一緒に帰ろうって約束してたから、涼太が部活終わるまで待ってたのに、何で顔を見るなり怒鳴られなきゃいけないんだろう。
状況が呑み込めず、私は目を瞬かせるばかりだ。


そんな私に構わず、涼太は苛立った様子で何故か自らのマフラーを外した。

そしてそれを私に巻きつける。
柔らかい生地が首に触れた瞬間、涼太の香りがふわりと香って胸がどきりとした。


「馬鹿なんスかあんた、何してんスかマジで」


彼は独り言のように呟きながら、今度は制服の上に着ているダッフルコートを脱ぎ始めた。
さすがに私もぎょっとする。


「なっ、何で脱いでるの!? ダメだよ寒いのに!」

「うるさい、あんたが馬鹿なせいじゃないっスか」


その苛立ちまぎれの言葉と同時に、涼太がそのコートを私の肩にかけた。
コートに残った彼の体温に包まれて、また心臓が跳ねる。


「え……な、何これ……」

「ちゃんと袖通して」


低い声でそう言われるが、私は納得できずにコートを脱ごうとする。
が、彼がコートの襟を掴んで私の前でがっちりと合わせてしまったため、私は身動きがとれなくなってしまった。


「何で脱ごうとするんスか」

「だってこれ涼太のじゃん! ないと寒いでしょ? 涼太が風邪ひいたりしたら大変じゃない……!」

「ダメ、あんたが着て。あんた、自分の顔色分かってないでしょ?」


涼太の手が、私の頬に触れた。
その暖かさに驚く。


「ほっぺも、鼻も真っ赤。ついでに唇はちょっと青い」

だんだんと涼太の声色が優しく、まるで私をいたわるようなものに変わっていく。


「オレ、図書室とか教室とかで待っとけって言ったじゃないスか。何で外でオレの出待ちみたいなことしてるんスか。しかも、コートもマフラーもなしとか馬鹿じゃないスか、あんた」

「だって、今日司書の先生が早く帰るって言うから。教室も鍵閉められちゃったし」

「だったら部室とかに入って待っとけばいいじゃないスか。どうせ誰もいないんだし」

「そんなわけにいかないでしょ。私、部外者だし」

「んなつまんねぇこと気にしてんじゃねーよ」


涼太の大きな手が私の頬を優しく撫でた。
心地よくて、私は目を細める。


「……こんなに冷えちゃって。あんたが風邪でもひいたらどうしてくれるんスか」

「これくらい大丈夫だよ」

「だーめ。とにかく、オレのコート着といて。んで帰りどっかで暖かいもの買お」


じわりと、凍えた私を溶かすような掌の体温。
すっぽりと私を包んでくれるコートはまるで、涼太に抱きしめられているみたい。

私を心配してくれてるんだ。
そう思うと何だか恥ずかしくなって、私はそれを隠すように俯いた。


「……ごめんなさい、今度から気をつける。ありがとう、涼太」


素直に謝りながらコートに腕を通して前を留めると、それを黙って見ていた涼太が不意にクスリと笑う。


「まぁ、オレ的にはわりと眼福っていうか、気分いいからもういいっスよ」

「え?」

「こうやってみると、あんたって結構小さいんスね。いやー、やっぱこういうのって男のロマンっスわ」


言いながら私を上から下までしげしげと眺める涼太の顔は、さっきまでのピリピリした怖い顔じゃなくて、ニヤニヤとだらしなく緩んでいる。


「彼女に自分の服着せるのってロマンっスよね。ぶかぶかのダッフル可愛い」

「っ……馬鹿!」

「お互い様っスよ」

ぶかぶかの袖で私がぺしりと彼を叩くと、彼はくしゃりと顔をしかめて楽しそうに笑った。



(あー、寒い! 早くどっか入ろ!)
(ごめん、私がコートとっちゃったから)
(だからそれはいいってば。……あ、そうだ、キスしてくれたら寒くなくなるかも)
(馬鹿!)


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