秋<紫原の場合> Night of the full moon



不思議な光景だった。

お月見泥棒用のお団子の様子を見にいったらなんと、すごく大きな男の子が釣れてた。
お団子を置いたお皿の前にしゃがみこんで、頬にいっぱいお団子を詰め込んだままこちらを見つめてくる姿に、なんだか未知との遭遇をした気分。

あまりの衝撃に固まったまま彼を見つめていたら、ようやくごくんと口の中のものを飲み込んだ彼がぽつりと呟いた。


「やべー見つかった」


そして彼は、こてん、と首を傾げてみせる。
こんなに大きな子がやるには可愛すぎる仕草で驚いたが、それに全く違和感がなかったことにさらに驚いた。


「警察行く?」
「は?」


脈絡のない彼の言葉についていけず、私も首を傾げる。
すると彼がよいしょ、と立ち上がりながら言った。


「だって、お団子勝手に食べたから。泥棒したら警察でしょ?」


オレできれば行きたくないんだけど、と言いながら歩み寄ってきた彼は、予想以上に大きかった。
正面に立たれると、首が痛いくらい見上げなければならない。

私はその身長に驚きながら、ふるふると首を横に振ってみせた。


「いいの、それは泥棒用のお団子だったから」


私の言葉に彼は訝しげな顔をする。

「ゴキブリホイホイ的な?」
「へっ?」


一瞬意味が分からなかったが、すぐに合点がいって私は思わず笑ってしまった。


「違うよ、泥棒を捕まえるためじゃないの。お月見泥棒、って知らない?」

「知らなーい」

「そっか。お月見泥棒っていうのは、今日だけは子供たちがお供えしてあるお月見団子を盗んでいいっていう風習のことなんだよ。だからあなたもあのお団子食べてよかったの」


私が言うと、彼は眠そうな目をぱちぱちと瞬かせた。
心なしか輝いているようにも見える。


「そんなんあるの? マジでか」
「マジです」

頷きながら、まさかこんな大きな子供が来てくれるとは思わなかったけど、と心の中でこっそり呟いた。
口に出したら怒ってしまうかもしれないから。


「お腹空いてたの?」


風習を知らなかったのなら、彼は悪いことをしているつもりでお団子を食べていたことになる。
何か事情があったのだろうか、と尋ねてみると、彼は案の定こくりと肯いた。


「もうお菓子なくなっちゃって。お腹空いて死にそーで、お団子があったから、つい」


ごめんなさい、と彼は頭を下げる。

人のものを勝手に食べちゃうのはよくないけど、こうして謝れるし、警察に行こうと自分から言い出すくらいだから、悪い子ではないのだろう。
これだけ大きいのならきっといっぱい食べるのだろうし、お腹が空くのは生理現象だから仕方のないこと。

私は彼を安心させるためにニッコリと笑ってみせた。


「お月見泥棒だからいいんだよ。でも、お月見泥棒は今日だけだから、いつもは人のもの食べちゃダメだからね」

「うん」



素直に頷く彼に、私はふと思いついて言った。


「今日みたいにお腹空いて死にそうで、お家まで帰りつけそうになかったら、ここに来てもいいよ。何か食べさせてあげるから」
「えっ?」


彼の眠そうな目がパッと輝いた。
表情もキラキラしていて、なんだか可愛い。


「ホントっ? 何かくれんの?」
「ホントだよ。でもちょっとだけね」

お家でご飯食べれなくなったら困るでしょ、と言うと彼は素直に、うん、と頷く。



「じゃあ今日はもう帰れるでしょ? お団子食べたし」

もう遅いから、と私が促すと、彼は少しだけ不満そうな顔をする。


「でもあのお団子美味しかった。もっと食べたい」
「えー?」

そんなことを言われても、と少しだけ困ったが、私はちらりとお皿に残ったお団子を見て、ため息をついた。



「じゃあ、これ持って帰っていいよ。包んであげる」

「マジで? ちょー嬉しい」

「ちょっと待っててね」

「うん。待ってる」



大人しくその場にしゃがみ込みながらヘラリと緩い感じで笑うお月見泥棒さんに、私は行き倒れていた野良猫にご飯をあげたときのことを思い出していた。
通い猫になったその子は、今は首輪をつけて私のベッドで寝ている。

デジャヴなようなそうでないような、そんな不思議な感覚に、この餌付けグセはやめた方がいいなと少しだけ反省した。



(言っとくけど、あなたはうちに住み着いちゃダメだからね)
(は? 何それ)
(こっちの話)


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