秋<黒子の場合> Fragrant olive



本がぎっしり詰まった本棚がひしめき合うこの空間。
少しの埃と、紙とインクの匂い。
私は図書室特有のこの空気が好きだった。


適当な本を手にとって表紙を開く。
すると本の匂いが強くなって、私はそれを思い切り吸い込んだ。



「ここにいましたか」

「わっ」


静けさが満ちていたこの空間に、突然声が響いた。
驚いて変な声が出てしまう。



「本当に本が好きですね」

「黒子くんには言われたくないかなぁ」


感心したような黒子くんの言葉に私は苦笑した。


「私は本の匂いとか手触りとか、そういうのが好きなだけ。もちろん読むのも好きだけど」


文字通り、本が好きなだけだ。

私なんかより、常に夏目漱石や太宰治なんかのお堅い本を持ち歩いている彼の方がよっぽど本好きだろう。


「ボクも本の匂いは好きですよ。図書室も好きです」


そう言いながら、くん、と鼻をひくつかせた彼が、少し不思議そうな顔をする。



「どうかした?」

私が尋ねると、彼は首を傾げながら私に手を伸ばした。


「ちょっと失礼します」
「えっ」


丁寧な口調とは裏腹の、少し強引な手つきで引き寄せて彼は私を腕の中に閉じ込めた。
突然のことに驚いて、抵抗すらできない私の髪に彼は鼻を埋める。



「金木犀…………ですか?」

「え………」


くんくんと私の髪を嗅ぎながら、彼が呟く。


「金木犀の匂いがします。シャンプーを替えましたか?」


そう問われて、ようやく彼の言いたいことが理解できた。
ドキドキとしながら何とか平静を装って答える。



「シャンプーは替えてないよ。たぶん、家の庭の金木犀の匂いが移ったんじゃないかな」

今満開だから、と言うと、彼は、ああ、と合点がいったように頷いた。



「ボク、金木犀の匂い好きです。いい香りですよね」

言いながら、私の髪の香りごと深く息を吸い込む彼に、羞恥心が増す。


「やっ………やめて、よ…………離して」

これ以上髪の香りを嗅がれるのに耐えられなくて、離れようと身じろぎしたのに彼は腕の力を緩めるどころか逆にますます深く私を抱き込んでしまった。



「もう少しだけ、お願いします」

「そんなっ……………」


そんなことを言われるとますます恥ずかしくなる。

もちろん髪は毎日洗ってるけど昨日そんな特別念入りに洗ったわけじゃないから、もし変な匂いがしてたらどうしようとか、元々髪がすごい綺麗ってわけじゃないから髪をじっくり見られるのは恥ずかしいとか、いろんな思いがぐるぐると頭を駆け巡る。

ぐるぐるしすぎて軽くパニックになりかけてたときだった。



背中に回されていたはずの黒子くんの手が、するりと私の腰を撫でた。
そのいやらしい手つきに私は身を強ばらせる。


「え、黒子くん………!?」

慌ててその手を叩くも、彼はクスリと笑うだけでやめようとはしない。

それどころか、その手はだんだんと下に降りていって、ついには私の太ももを撫で始めた。


「や、ちょっ…………待って、ここ図書室……………!」

だんだんと熱を帯びてくるその手のひらに、私は焦る。
まさか、こんなところで致すわけにはいかない。



「誰も来ませんよ、鍵閉めましたから」

そう言いながら彼は私の額に口づける。

「今日の当番、ボクなんです」
「そんな…………!」


職権乱用もいいところだ。
呆れたり焦ったりと忙しくて混乱するばかり。



「ボク、あなたのこと好きなんですよ」
「は?」


さらに何の脈絡もない唐突な告白に、私の頭はいよいよショートしそうだ。
そんな私の顎を掴んで上に向けながら、彼はクスクスと笑った。



「本や金木犀も好きですが、あなたの香りや手触りの方がよっぽど好きです」



その言葉と同時に、そっと降ってきた唇に、私はもう逃げ場のないことを悟り、諦めてその口づけを受け入れた。



(ていうか事前に鍵閉めとくなんて……これ計画犯でしょ…………っ)
(さぁ、何のことだか分かりません)


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