夏<紫原の場合> Summer festival



暗闇を照らす屋台の灯り。浴衣姿の人々。美味しそうな食べ物の匂い。
今夜は夏祭りだ。



そして私は困っていた。

「ねーどっか遊びに行こうよ」
「だから嫌ですってば!」

べたべたと馴れ馴れしいナンパ男を振り切る方法がわからない。



近所だから、と1人で来たのが間違いだった。
しかも浴衣まで着てくる気合いのいれっぷり。

お祭り気分で浮かれるんじゃない、と数時間前の私を正座させて説教したい。

下駄のせいで走って逃げることもできず、苛々が募る。



「寂しそうだから遊んであげるって言ってんだよ」
「寂しくないです、お祭りちょー楽しいです」
「えー?でも俺と一緒の方が絶対楽しいって」


その自信はどっから出てくるんだ。

胴長短足低身長とびっくりするくらい模範的な日本人体型のこいつに似合うわけがない派手な金髪。
だらしなく胸元が開けられたシャツ。
どぎつい香水。

ナンパ男のテンプレートどおり。
同じ金髪の黄瀬くんを並べてあげて鼻で笑い飛ばしてやりたい。



「ねえってばー」

いい加減に痺れを切らしたのか、男は私の手首をガッと掴んだ。
その感触にぞわりと鳥肌がたつ。


「やめっ…………!」

巾着で顔でも殴ってやろうかと腕を振り上げたときだった。



ガッ、とナンパ男の頭が掴まれた。

「いっ!? 痛い痛い痛い!!」

そしてギリギリと締め付けられる。 
ナンパ男は慌てて私の腕を放し、自分の頭を握る手を振り払おうとする。


私はナンパ男の背後に立つ、見知った顔に驚いた。



「センパーイ、何してんの?」

「紫原くん」


腕に大量の食べ物を抱えた後輩は、相変わらず眠そうな顔で首を傾げた。



「痛い、離せっつの!!」

ナンパ男がやっとのことで紫原くんを振り払う。


「てめぇ何してくれんだあぁ!?」


険しい顔で振り返ったナンパ男の表情が凍った。


それもそのはず、紫原くんの日本人離れした長身は慣れてる私から見てもなかなかに迫力がある。



「それこっちのセリフー。オレのセンパイに何してくれてんの?」


紫原くんは冷たく男を見下ろしながらぬっと腕を伸ばした。


「これ以上センパイに何かするなら────ひねりつぶすよ」

「ひっ…………す、すみませんでしたぁ!」


ナンパ男はすっかりビビってしまい、脱兎のごとくその場から逃げ去ってしまった。

まあなんて情けのないこと。



「あら、逃げた」
「ありがとう紫原くん。おかげで助かった」


私が歩み寄ると、紫原くんは何故か不機嫌そうに眉を寄せていた。



「センパイ、ひとり? 何でこんなとこいんの」

「そっちこそ。他のキセキの子たちは一緒じゃないの?」

「さっきまで一緒だったんだけど、センパイが見えたからこっち来た」


紫原くんはギュッと顔をしかめて私を見おろした。
どこか怒っているようなその表情にぎくりとする。


「センパイ、あいつにナンパされてたの?」

「うっ、恥ずかしながら………」


あいつ趣味悪いよね、と言うと紫原くんはますます顔をしかめた。



「センパイがそんなカッコしてるからでしょー」

「うっ……」


紫原くんの言葉がぐさりと突き刺さる。
やっぱり1人で浴衣、なんてナンパ待ちと言われても仕方がないのか。


「ごめんなさい……」

ああ、穴があったら入りたい。
イタくてごめんなさい。


私が俯くと、頭の上にぽんと手がおかれた。



「センパイの浴衣姿可愛いもん。そんな可愛いカッコしてるのが悪い」

「え」



唐突に言われ、驚くよりも早く今度は手をそっとすくわれてギュッと握られた。

女とは違う、大きくてゴツゴツとした男の人の掌にどきりとする。


「しょーどく。あいつ臭かったからセンパイ汚れちゃったかも」


むくれながら言う紫原くん。

普段は可愛いと思う表情なのに、何故か今日は妙にカッコよく見えた。


「あっ…あいつが握ったの手じゃないよ」
「そだっけー? まあいーや、オレ手ぇ繋ぎたいだけだしー」


そう言ってニヤリと笑う紫原くんの余裕な態度が憎らしい。
私はその笑顔にすらドキドキして大変なのに。


ただの部活の後輩だったはずなのに、意識しはじめたらもう止まらない。


「やられた………」

私は赤い顔を隠すように俯きながら、小さく呟いた。



(センパイ、これって初デートだよね)
(でっ!?)
(あららー顔真っ赤。リンゴ飴みたいでうまそー)


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