夏<青峰の場合> Ghost story



波が砂浜に寄って、ざーんと潮の音が鳴った。
月明かりを頼りに浜を歩くと、やがて暗闇に浮かぶ真っ白なワンピース。 


「よう」

声をかけるとその女は長い髪をなびかせながら振り向いた。


「今日も来たの?」

呆れた口調の中にも微かににじむ嬉しそうな響き。

「お前が来てほしいんだろうが」

オレがそう言うとその女は、ふふっ、と楽しそうに笑った。


「それ何?」
「これか?」

女が指差した、手に下げていたビニール袋を持ち上げてオレは笑った。


「花火持ってきた。一緒にやろうぜ」


女は一瞬目を見開いたが、すぐに嬉しそうににっこり笑った。


***



「こっちにも火ちょうだい」
「おらよ」
「わっ! ちょっ……何本持ってるのよ!」
「いっぺんに火つけた方がハデでいいじゃんか」
「風情がない!」


オレを叱る女だが、本気で怒っていないことは分かっているので、オレは笑って聞き流した。


「あ」

女とのやり取りに夢中になっていたら花火が消えてしまった。
オレは舌打ちして袋を漁ったが、いつの間にか袋は空になっていた。


「もう終わりか」

こんなあっという間に終わってしまうならもっと持ってくればよかった、と後悔しながらもオレは別に分けてあった束を取り出した。


「それは?」

女が尋ねる。

「線香花火。好きだろ?」

オレが言うと、女は嬉しそうに頷いた。



ライターで細いその花火に火を灯す。
広い砂浜に2人で額を寄せ合ってうずくまり、真っ暗闇に浮かぶその小さな火の玉を見つめていたら、急に胸の奥が締めつけられた。


「なあ」

オレは顔は上げずにぽつりと呟いた。

「オレ、明日帰る」


女がパッと顔を上げたのが分かった。
しかしすぐにまた視線を小さな花火に戻す。


「………そっか。合宿でこっちに来てるって言ってたね」
「ああ。だから今日で最後だ」
「そっか」


その声音は寂しげだ。
オレはその顔を見たくなくて、パチパチと弾ける灯りだけを見つめていた。


「あのね」

女がぽつりと囁いた。

「私もそろそろかな」


今度はオレがパッと顔を上げた。反射だった。
しかし、穏やかに微笑みながら花火を見つめるその表情を見たらオレは取り乱すことが変に思えて、花火に視線を戻した。


「………そうか。よかったな」
「うん。だから、今日で最後」
「そうか」


その会話を最後に、オレたちはしばらく無言で線香花火を続けた。
火の玉が落ちて消えたらまた新しい花火に火をつけて、眺める。

潮の音と微かに聞こえる花火の弾ける音以外何もない、この心地よい静寂を壊したくなくてオレはずっと口をつぐんでいた。


とうとう花火が最後の一本になってしまったとき、女がその静寂を破った。


「一緒にやらない?」


そう言って、線香花火を握った手を差し出してくる。
オレは笑って頷き、その手に自分の手を重ねて、女の手の上から線香花火を握った。


「暖かい手だね」
「お前の手が冷たいんだよ。しかも小せぇ」

軽い口調で言いながら、オレは空いた手でライターを握り、線香花火に火を灯した。


「綺麗だよね」
「ああ」

本当に綺麗だ。
オレは女をチラリと盗み見た。


名前も知らない女。
身にまとった純白のワンピースと、対比するような黒くて美しく長髪。
密着したむき出しの肩から伝わる体温に、ガラにもなく胸が高鳴った。


「……あなたって」
「ん?」

女がぽつりと呟く。
波音にかき消されてしまいそうな小さな呟きにオレは耳を澄ませる。

「あなたって、変わった人ね」
「んだよ、失礼だな」
「だって何にも聞かないんだもの」
「聞いてほしいのか?」

オレが尋ねると女は黙ってかぶりを振った。

「じゃあ聞かねえよ」


オレは笑って線香花火に視線を戻した。
パチパチと弾ける火花にもう力がない。

「終わっちゃうんだね」

寂しげに呟かれた言葉に、オレは女の手を握る力を強めた。
寂しがるな、と励ますように。

「───夏も終わりだからな」
「そう、だね」


もう火の玉は落ちる寸前だ。
オレは揺らして落とすことのないよう細心の注意を払う。


「あのね」

また女が呟いた。
同時に顔を上げたので、オレも同じようにして見つめ返す。

長い睫毛が影を落とすその顔は、泣く寸前のようにも、嬉しくて笑い出す寸前のようにも見えた。



「あのね、」



刹那、線香花火が力尽きる。

火の玉が妙にスローモーションで落下していた。



「大好き」



にっこりと笑顔で発されたその言葉と同時に、火の玉は砂浜に着地してその光を失った。

彼女の手を握っていたはずのオレの手は空をかく。
掴み損ねた線香花火の残骸が風にさらわれて、波間に消えていった。
 

真夜中の砂浜にはオレ1人きり。
すぐ隣にいたはずの真っ白なワンピース姿はどこにも見えない。



「…………………言うのが遅ぇよ、バカ」


遠くへいってしまった彼女には聞こえないように呟いたその言葉は、空洞化した胸に妙に反響した。




(取り憑かれていたというのならそれでも構わない)
(もしもまた彼女に出会えるなら、それでも)


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