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後日談2 冬夜の呼び方の話
朝。野宿をしてこれで何度目かなどと数えている人は何人いるのか。少なくとも殆どはそんなこと覚えてもいない。そんなもはや当たり前の朝。運良くあった近くの小川で、起きた人は各々顔を洗ったり歯を磨いたりする。
『ああ、悟浄 それ、取ってください』
そんな風に仕度していた冬夜が何気なく言った。悟浄は んとだけ答えてそれと言われたタオルを冬夜へ放り投げて渡す。冬夜は、『どうも』と微笑み受け取った。特別取り立てることでもない。そんなことでも、気になった者がいた。悟浄は自分の仕度を終えてとっとと川から離れていき、今小川のそばには冬夜と嵐詩と悟空と八戒。
「なぁ、なんで悟浄だけ呼び捨てんなってんの?」
ぐいっと冬夜の服の裾を引っ張って悟空は、少し不貞腐れた顔をして言う。濡れた顔をタオルで拭いていた冬夜はタオルから顔をあげ悟空を見て、言われたことを頭のなかで反芻し、時間差でなにを言われたか理解して苦笑いをした。
『えー……と…むしろ、敬称つける必要もないかなって…思いまして……』
あはははーと誤魔化そうとするのを、横で聞いて歯磨きしていた嵐詩はぶっと吹き出し、悟空のとなりにいた八戒はクスクス笑った。吹き出した嵐詩に冬夜が『汚い』と軽く背中を叩く。悟空は誤魔化されることはなく、えーと言う。
「俺にもいらねぇよ!」
『ええっと』
ぐいぐいくる悟空に冬夜はついたじたじになる。
――嫌いでは勿論ない。が、苦手だ……
冬夜は改めてそんな風に思う。悟空のように純粋に真っ直ぐに来られたり、あとは例えば八戒のようなタイプが苦手らしい。悪い意味ではなく、単に彼女がそんなふたりに弱いってだけだ。
『あんなぁ』
歯磨きを終えた嵐詩は、冬夜と肩を組み、会話に入ってくる。
『呼び捨てにしろってそんな言われたら逆にしにくいだろ』
冬夜が少し困っていたことに気づいたのだろう、嵐詩が助け船をだす。冬夜は、それに表には出さないようにホッとする。悟空は、ん?とよくわかっていない顔で首をひねった。
『お前、例えば友達になろうって何度も言われたら逆に友達だって言いにくいだろ』
とそれは嵐詩がひねくれているだけでは?というような例を出してきて、冬夜は
『(助け船は、泥製みたいですね)』
と心の内だけで笑う。八戒も似たようなことを思っていたのか、顔を洗って拭いているその横顔、タオルで隠れているがちらっと見える口許が笑っている。
そして、当のその喩えを出された悟空はちょっとの間を空けて下を向く。その様子にそばにいた3人は、ん?と不思議そうに悟空をみた。どうかしたのかと。
「――俺、友達作ったことねぇもん」
沈黙。
嵐詩はドッと嫌な汗をかき、どうしようと目を泳がせて冬夜を見て、事の発端でもある冬夜は、オレ?!みたいな顔で焦り、その横でそんな3人を見て あーー…と苦笑を浮かべた八戒。とはいえ、八戒もこれにどう助け舟を出すべきか悩んでしまうところ。無言でみんなの朝御飯の仕度へうつりつつ、様子を見ていた。
『あーー…いや…』
きつい沈黙を破り、嵐詩が口を開く。
『俺が悪かった。変な喩えしちまったし、な?』
と冬夜の肩をぽんぽん叩き、冬夜はそれににこっと笑って頷く。
『えぇ、それは嵐詩だけではってくらい下手な喩えでした!』
『(そこまで言うか?!)』
『(割と本当にそうでしたよ!)』
至近距離でそんな風に小声で言い合うふたり。それは聞こえていない悟空が顔をあげた。そこで、嵐詩も冬夜も言い合いはやめて、悟空を見る。
「いや俺も悪い…んな気ィ使ってもらおうとしたわけじゃなくってさ」
悟空の顔はまだ拗ねているようで視線はふたりのほうではなく反対のほうを見ている。だが、その表情は照れているようにも見えた。
「ただ…何…こぉーー仲間ハズレ?みたいっつーか…あ゛ーーー何かわっかんねぇけど!モヤモヤして!そんだけ!!」
悟空の中でも処理しきれてなかった感情らしく、説明が上手くできなくて、悟空はそこで言葉を考えるのをやめたらしい。
「冬夜が嫌ならいいや!」
と今度は普段通りのニカっとした明るい笑顔を見せる。それを真正面からみて、面食らったふたり。悟空はもうすっかり自己の気持ちを整理してしまったらしく、もう歯を磨こうとしていた。その切り替えの早さもある意味凄いことだ。
『……まぁ、いちいちくん付けも面倒か』
『…お?』
冬夜のぼそっと呟いた独り言、それに嵐詩はにやっと笑う。ととっと冬夜は悟空へ近づいた。となりに並んで悟空と同じようにしゃがむ。
「ふぁに?」
悟空はすでに口のなかは泡一杯で喋られてない。
『嫌な訳じゃないんですよ、悟空』
ごめんね、と笑った冬夜に驚いた悟空がごくっと喉をならし、口のなかにあった泡を飲み込んだ音がした。
『『あ、汚い/汚ぇ』』
「らって!ふぃっくりした!!」
『あはは、ちゃんと磨くんですよー』
冬夜の言葉にうんうん頷く悟空。冬夜はそれの様子に安堵してそのまま八戒の手伝いをしに行った。そして嵐詩はまだ悟空に絡んでいる。
『へーー、よかったなぁ?悟空〜?おー?』
「うっへーよ!嵐詩!!また飲んじゃうだろ!!」
とか仲良くしていた。
「丸くおさめて下さったみたいで、よかったです」
冬夜がくると八戒はお疲れさまですと微笑み、冬夜は逆に申し訳なさそうな顔をした。
『あー、本当、一時はどうしたものかと…すみません』
たははと乾いた笑みを浮かべ、並んで八戒の手伝いにとりかかる。八戒はいえいえと
「僕も何か助け舟出そうか悩んだんですが」
すみませんと続き何もできませんでしたと言う。冬夜はブンブンと両手をふって『八戒さんが謝ることじゃないです』と慌てて否定した。さっきの悟空相手のときの慌てっぷりに比べたら全然ましだが。
「あれ」
『え』
にこっと意地悪そうな笑顔で「僕は さんなんですね?」と聞く。冬夜はそれに目を点にして『ちょ、もー』と困る。それから口許を手で隠した。
『これ、今更感あって恥ずかしいんですよ…』
「いやいや、まだまだこれからでしょう?」
旅はまだ続くからと言う意味なのだろう。ははっと楽しそうにする八戒に、冬夜はあーと頭を抱える。
――初めて会ったときから、食えない人だと思っていたけど…勝てそうにないし……
うーと精一杯照れるのをおさえて冬夜ははにかむ。
『八戒が、いいなら…いいんですけどね』
「はは、いいと思います」
――何がだろう
口には出さなかった。つい手を動かしていなかったので、再び手を動かす。
「冬夜」
『え、あっはい』
「これ、持っていって下さい」
『わかりました』
思わずびっくりしてしまった冬夜は、平然と差し出された缶詰たちを受けとる。
『(絶対遊ばれた…)』
納得いかない表情をしつつも、言われた通りにそれを持っていく冬夜のその背後で、おかしそうに笑う姿には気づかないのであった。
End...?
0211
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