孤独な華。 | ナノ

9/10

後日談@

 

 昼過ぎから出発したこともあり、今夜は野宿。旅をしている以上珍しいことでもないが、さっきまでの野宿ではないうえあたたかな食事を思い出して、どうせなら明日の朝発てばよかったのに…と誰も言わないがそんな空気にはなっていた。

 夜には一旦ジープを止めて、半から頂いたお弁当を晩御飯として食べた。その後、冬夜と嵐詩は煙草だとかトイレだとか適当なことを言って一行から少し離れたところにいた。
 ふたり分の紫煙がすーと空へ昇っては消えていく。


『お前さぁ』

 嵐詩が煙草を吸い、吐いてその煙を眺めながら話す。


『術、使ったろ?旬麗の事追っかけてる時』
『……』
『……』
『てへぺろ』
『かわいくねーよ』
『あー、まあオレってどっちかっていうと綺麗って言われる方が多いですからねー』
『…………』
『そんな目で見ます?…冗談じゃないですかー』

 嵐詩の無言と冷たい視線のダブルパンチに冬夜はもーっと煙草を持っていないほうの手をわざとらしく動かしてオーバーなリアクションをした。嵐詩はそれにも煙草をくわえたまま無言だ。


『……旬麗を傷付けない、出来るだけ驚かせないで止めるのに咄嗟にアレくらいしか思い付かなかったんですよ』
『…お前が大丈夫って判断したンならいいんだけどよ。実際、それで捕まえられたしな』

 その時のことを思い出しているふたりは少し沈黙する。その間も煙草はじりじりと短くなり煙は闇に溶けていく。

 

『スタートダッシュ遅かったとはいえ、オレたちもすぐには追い付けなくて……ちょっとあれは、焦りましたねぇ…』
『びっくりするわ、あんなん…山道も普通にダッシュするとは思わねぇだろ、旬麗が。すぐ追い付くと思って小走りしたの後悔したわ…』
『身構えてなかったとはいえね…。あれくらいの向かい風に煽られたら、砂も葉っぱも飛んで来るし走りにくいでしょうし、結果的にあそこで止まってくれて本当によかったですよ…』

 冬夜は思い出したら頭でも痛くなったのか片手で額辺りをおさえる。嵐詩は、幼馴染みでもある彼女が本気で心労したのであろうことがわかり、その姿が面白くてくっくっと喉を鳴らしながら笑う。無事にすんだからこうして笑えるわけだ。――冬夜がこうして赤の他人のことで悩んでいるのは、嵐詩にしてみたらザマァミロと愉快に嬉しそうに笑う案件らしい。
 冬夜は、その笑ってるほうには目もくれずに半目になり遠くを見た。


『よくよく考えたら、あそこに住んでいて この世界で生まれ育ってるのなら、山道だろうと慣れていて不思議じゃないんですよね』
『あ〜…そっか。そりゃそうだわ』

 そして、ふたりでプカーと煙草をふかす。すっかり短くなったそれを冬夜は携帯灰皿を取り出してそこに押し付け捨てると、嵐詩のほうへ差し出した。嵐詩もそこに同じように捨てる。


『旬麗…タフだよな』

 ぼそりと呟いたその声からは感情を上手く読み取れない。


『………日本の女性って』
『は?』
『噂、都市伝説とかそういうたわいもない類いの話なんですけど。夫婦で先に奥さんを亡くした男性はみるみる弱って、老けて後を追うように亡くなり、先に旦那さんを亡くした女性は生き生きしだすそうで……』
『本当に何の話だ』

 冬夜の突然の話題に嵐詩は困惑した。それを冬夜は気にせずに続ける。


『これって、愛の有る無し……も関係あるとこはあるんでしょうけど………昔ながらの妻になった女性は、旦那さんが存命してる頃から例えひとりでも強く逞しく生きなくてはいけなかったからなんじゃないかなぁと思うんですよ。まあ…お子さんいたらそれこそ母は強しって言いますから、強くならないといけないんでしょうねぇ』


 まーた小難しいことを言い出した、と嵐詩はまた1本煙草に火をつける。


『いや、まぁ……あれです。旬麗も、これまででタフにならざるおえなかったんじゃないかなって』


 冬夜はそこまで言うと同じように新しい煙草に火をつけた。嵐詩はそこまで聞いて、ふーんと頷く。つまり、旬麗は元よりタフだったわけではなかったと言いたいんだろう。あの呟きに遠回りながらも返答していたらしい。


『全部オレの想像でしかないですしテキトーなこと言ってますけどねー。旬麗の本質や性格とか見抜けるほど一緒にいたわけではないですし』

 あはははーと笑って冬夜は、煙をわざと輪っかになるように出して遊ぶ。
 嵐詩は嵐詩でそんな冬夜を見て、ん と小さく頷く。お互いに彼女に思う所もあるのだろう。だからこそ、こうして別れてからも頭の片隅に残っている。旬麗も…例えばあのときの少女――朋茗や店主や、葉たちのことも。



『ジエン 大丈夫かね』
『…どっち?……ああ、いや。どれかな』

 冬夜は、自分の発言でくすくす笑い、嵐詩は『決まってンだろ』と返す。つまり、旬麗の彼氏のほうの茲燕の話だ。


『さあ…大丈夫であれば、いずれ戻るんじゃないでしょうか。オレたちが異変止めた後にでも。』

 特に可笑しいことを言ってはいないのだが、嵐詩は妙に可笑しくて吹き出した。冬夜が当たり前のように“異変を止める”と言ったのが面白かったらしい。

『すごい笑うじゃないですか』
『だって、お前……たいした自信だと思って』

 笑いがまだおさまっていない嵐詩は、落ち着かせるように深く深呼吸をしていた。


『そりゃここの異変をどうにかしない限り、この旅終わりませんからねぇ』

 冬夜が笑って言うが、とても冗談にならない話だ。一瞬、年を取っても旅をしている自分達を想像して鳥肌がたった。嵐詩は、そーねとまた頷いた。


『どこかの、誰かが根拠のない希望は、人を動けなくさせると…言ってましたけど』

 冬夜は目を瞑り、何かを思い返しながらゆっくり話す。


『旬麗は、もう動けるでしょうしね。大丈夫ですよ、何が待っていても彼女なら』

 これも根拠ないですが、そう信じるしかないです と言い切ると冬夜が嵐詩のほうを見て微笑んだ。嵐詩は、そんな話を聞いて、最後に見た旬麗の寝顔を思い出していた。悟浄と話していた彼女のことも。


――…きっと大丈夫だ
 もうきっと大丈夫だろう。彼女が笑顔を無くすこともないだろう。もやもやしていた思考も、こうして冬夜が話し相手になってくれたおかげで落ち着いてきた。どこかでひっかかっていたものが、冬夜の“大丈夫ですよ” そんな根拠のないものでも消えたようだ。


『…にしても』

 じいっと冬夜は嵐詩のほうを見てきて、その視線か鬱陶しく なんだよ、とつい口を尖らせる。


『そんなに心配?』
 
 微笑んで聞く冬夜は、やっぱりいたずらっ子のようで、からかっているようにも見えた。それが面白くなくて『悪ィかよ』とだけ返す。フフっと笑い声。


『嵐詩も、昔ながらの不良みたいなとこありますよねー。地元で有名なヤンキーなのに、雨のなか捨て犬拾ってるみたいな…』

 凄くベタな喩え話を引っ張ってきた。嵐詩もこれには眉をひそめ、あ゛?と悪そうな声が出る。とはいえ、そんなドスをきかせた声だろうと、睨み付けるような表情だろうと、冬夜には効果がない。


『悪ぶってても優しいっていうか、情に厚いというか……悪役になりきれないといいますか』

 冬夜は笑いをこらえる気も隠す気もなくなった様子で、勿論悪意はなく褒めている。それが落ち着かないのか、気色悪いのか嵐詩の目はどんどん死んでいく。


『お前なに、喧嘩売ってンの?買うぞ』
『売ってませんよー』

 怒らないでよと冬夜はしれっとにこにこしていて、嵐詩は何を返したところで勝てるわけないので じゃあ買わねぇよとひらひら手をふって怒ってもねぇと付け足す。


『…あと、』
 まだなにか言うのかという目で嵐詩は冬夜見る。優しい眼差しをこちらに向けていた。
 
『旬麗に、かなり優しかったですしね?』

 嵐詩はぽんぽん返していた返答をやめ、間を空けてから煙草を吸い、小さな とても小さな声で答えた。


『……どこ行ったかも、今なにしてっかも、いつ帰ってくるかもわかんねー奴 ずっと待ってるヤツに冷たくする理由もねぇだろ』

『そうですね』

 冬夜はそれに嬉しそうな顔して、えぇえぇと頷く。


『やっぱり、あなたはイイ人 ですね』
『うっせ』


 けっと吐き捨てるようにけんけんした態度の嵐詩に対し、冬夜は満足したのか煙草の火を消して立ち上がる。必然的に冬夜は、座っている嵐詩を見下ろす形になる。


『もう大丈夫だよね?』
『…………おう』
『うん、先に戻りますね』

 冬夜はひらひら手をふって去っていく。嵐詩はまだこの少し離れた場所に残るようだ。
 冬夜は、三蔵一行のもとへ歩く。焚き火を中心に座ってなにか話している様子の彼らのなかでも、一際長身で紅毛のひとりに視線をやった。

―――…やっぱり、彼と嵐詩は似ている
 不思議なことに。今回の一件で自分のなかで確信し、納得したことを考える。みんなそうだが、特に旬麗に優しかったふたりを。不器用なりに。

――ジエンっていう、繋がりもあるみたいですしねぇ
 これは笑えないんですけど、と一瞬真顔になったが、ふぅと深呼吸していつもの顔に戻る。そうして冬夜は、一足先に何事もなかったようにして一行の輪へと戻っていった。



End...?
180914

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