孤独な華。 | ナノ

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『だーー全っ然 止まる気ねェな?!』
『ですねぇ!』

 出遅れつつも背中を追って走り出した冬夜と嵐詩は、旬麗を未だ追いかけていた。森の中を走り出して、暫く。何度声をかけても旬麗には聞こえていないようで、止まることはない。


 
『茲燕さんのことで頭一杯なんですね』
『だろォよ』

 普段の服装なのもあってふたりも遠慮なく森を駆け抜けていく。だが、先を走る彼女も止まる気は全くなさそうだ。痺れを切らした冬夜は走るスピードを緩めて、片手を前へつき出した。嵐詩はそれを気にせずに追いかける。距離は縮まってきている。


『待って!旬麗!!』

 冬夜の言葉と共にブワッと強い向かい風が吹く。思わず目を瞑ってしまうほどの風で、旬麗はその風に押し負けるようにして立ち止まった。嵐詩は御構い無くそれでも前へ全力で走り、旬麗の肩をやっと掴む。

 
『捕まえた』

 ゼイゼイと肩で息をしながら嵐詩肩を離して逃がさないように腕を掴んだ。旬麗は泣きそうなくらい不安そうな顔で「嵐詩さん…」とか細い声で呼ぶ。

「茲燕が……」

 信じたくない、信じれない。どうしたらいい、不安と恐怖とが入り交じった声。追い付いた冬夜が、そっと旬麗の背中を撫でた。


『オレたちも探すのを付き合います。確かめたい、んですよね?』
「…ッ……お願い、します」
『されなくてもするよ、ここまで来たからな』


 ほら、と冬夜は走ったり風に吹かれたりして乱れた旬麗の髪を手櫛で直す。頭についた葉っぱをとって地面に捨てた。


「ありがとうございます」
『いえいえ、さぁ足元にも気を付けて。』


 冬夜は旬麗の手を引いて、嵐詩はそんなふたりの前を歩いて周りを見渡す。


「茲燕………茲燕…」

 と愛しい人の名前を繰り返し呼び歩く旬麗を 冬夜は手を握り支えて歩く。嵐詩はずっとキョロキョロと周囲を警戒し続けていたから、それにいち早く気づいた。
 嵐詩が、バッと振り返ると同時、ガサッと音がする。旬麗が振り返り、冬夜が庇うより先に突然現れた男たち。彼らは嵐詩が昨晩みた3人組とそっくりな背格好の妖怪たちだった。


「上玉が2人 こりゃいいな!」

 へへっと下品な笑いを浮かべて、3人がじりじりと寄ってくる。旬麗は、恐怖から身を硬くする。3人の内のひとり 黒髪の妖怪は、頬を怪我していた。それを確認した嵐詩と冬夜は昨晩の奴等だろうと考える。探す手間も省けた。

――戦ってもいいんですが、旬麗の反応的にも茲燕さんではなさそうですし……でも、彼女を巻き込めませんしねぇ
 旬麗を庇うようにしていた冬夜は ちらっと嵐詩を見てアイコンタクトをとる。

『(逃げましょう)』
『(おう)』

『旬麗、走りますよ!』

 冬夜は、ぐいっと肩を抱いて旬麗の体を方向転換させて、走り出させる。

「は、はい!」

 すでに疲れているはずだが、それでも旬麗は走り出した。嵐詩はわざと走り出しを遅らせて、そのふたりの後ろにつくように走る。


「ッ!待て!!」
「逃がすか!」

 すぐに男たちも追いかけてくる。旬麗に合わせつつ、冬夜は道を選んで走り、嵐詩は後ろの妨害のために枝などを切り落として邪魔をする。


「くっそ!ちょこまかと!」
「邪魔なんだよコノヤロー!」
『しっつけー男は嫌われるって常識知らねぇーのか!!』


 後ろから声を荒げて追いかけてくる男たちに、嵐詩は鼻で笑いながら何度も邪魔をし続ける。冬夜は旬麗に気遣いつつ走っていて、あることに気づいていた。
 彼らには聞こえてなかったのかもしれないが、ジープの音がしていた。そして、那都たちの旬麗を探す声もしている。そちらへ、みんなのほうへ、と道を選び走っていた。


 
『旬麗、もう少し頑張って!』

 言われた本人は、もうそれに返事をする余裕などなく、ハアハアと息を切らしている。出来ることなら、あまり旬麗には暴力的なものを見せたくない冬夜は、どうするかと思考を巡らせる。嵐詩に任せても、それでもすり抜けてひとりぐらいはこちらを追いかけてくるかもしれない。いや、ひとりくらいならオレが捕縛すればいいか… など血を見せないですむ道を探し、走った。

――あ、ジープ

 見慣れたジープを目視できるとこまで来たとき



「きゃああッ!」

 冬夜の意識がそちらへ向いていてサポートしきれなかったこともあったのだろう。ただでさえ走り疲れている旬麗は、木の根に足をとられて、転びかける。冬夜は直ぐ様、旬麗を抱き止めた。
 受け止めた旬麗をゆっくり地面に座らせ、冬夜自身も地面に膝をつく。嵐詩はくるっと後ろを振り返って、ふたりの前に立ち塞がる。
 もう余裕で捕まえられると思ったのか、3人組はゆっくり歩いて近い付いてきた。


「手こずらせやがって もう逃げられねぇだろ?」
「昨日の今日でこんな上玉が手に入るなんざ、ツイてるなぁオイ」

 また下卑た笑みで彼らは値踏みするように旬麗たちを見て、嵐詩ははんっと馬鹿にするように笑った。


『お前らに手なんか出させねェよ……また、殴られたいワケ?』

 にやっと口角をあげて、頬を指差してやる。すると、あっと殴られた本人が声をあげた。


「テメー昨日の!」

 あちらも気づいたようで、真ん中に立っていた銀髪が

「そっちこそ、ここまで邪魔しといて 無事で帰れると思うなよ!」

 と嵐詩に殴りかかろうとした。
 嵐詩は、カウンターで殴りかえそうと構えた瞬間




「「旬麗ッ……!」」


 と同時に左右から草木をかき分けて 悟浄と悟空が飛び出してくる。


『あ』

 冬夜が言ったときには、ふたりはもう地面を蹴りあげて宙に浮き上がっていた。
 バキャ とどう考えてもヤバイ音がした。銀髪の妖怪は、頭の前後に悟浄と悟空の飛び蹴りがクリティカルヒットする。


「「お?」」

 そして、そのまま蹴ったふたりごと蹴られた妖怪も地面に落ち倒れた。


「「でッ」」

 それを目の前でやられた嵐詩は、やり場のなくなった拳をしまいつつ

『びっくりした…』

 と下に転がる3人を見下ろす。悟浄と悟空と一緒に来ていた三蔵や八戒、椿姫、那都も合流する。ポンッと八戒は手をうって

 
「今のがクロスカウンターってやつですね!!」

 
 と笑顔。那都とモコナは、目をキラキラさせて

『今のすっごーい!』
「かっこいー!!」

 とはしゃぎ、椿姫は『クロ…ス……カウンター?』と首を捻った。
 
『いや、違うと思いますよ…』

 冬夜は、安全になったので旬麗を立たせようとしながら一応つっこんで、三蔵も旬麗に手をかしながら


「何やってンだよ あのバカコンビは」

 と怒りつつ呆れる。旬麗は立ち上がり、不安というより心配そうに前の人たちのことを見ていた。


「このサル!!前方よく見て飛び込んでこいよ!!」
「人のこと言えンのか!?ああ!?」

 バカコンビこと、悟コンビが地面に座ったまま じんじんと痛む足を抑えながらも 尚いつものように言い合いをする。


「って言うか 何なんだよてめぇら!?」
「突然沸いて出やがって…」


 後ろにいた2人の妖怪が、三蔵一行のペースに呑み込まれていたところ はっとして叫ぶ。怒気を込めた声で、三蔵たちのことを指差した。
 この様子から、八戒は紅孩児の刺客ではないことに気づく。



「あんたの恋人じゃないんだな?やっぱ」

「ええ…背格好はよく似ているけど違います」


 三蔵に聞かれて、旬麗はしっかり妖怪を確認してから答える。もう身構える必要もないと嵐詩は旬麗のほうへと近寄った。

―――…そら、こんな奴らなわけねぇよな、旬麗がこんだけ惚れ込んだやつが
 旬麗は前のめりになりながら尋ねる。


「茲燕を……茲燕を知らない!?そこの人と同じ銀髪の―」


 旬麗の必死な問いかけに、蹴られてからやっと立ち上がった銀髪の妖怪が はぁ?と怪訝な顔をする。流れている鼻血を拭きながら

 
「知らねぇな。この辺で銀髪の妖怪は俺くらいだぜ」

と律儀に答えてくれる。悟浄は 銀髪ということを聞いてふっと笑った。


「そ……う…」

 旬麗は小さな声でそう呟きながら 茲燕でなかったことに安心したのか意識を手放し、ふらっと倒れる。それを丁度よく傍にいた三蔵が受け止めて

「旬麗…?旬麗!」

 と名前を呼んだ。が、起きる気配はない。完全に気を失っているようだ。


『大丈夫?』

 那都だけでなく皆が心配そうに見ていると、八戒は旬麗の様子を確かめる。
 
「気が緩んだんでしょう。こんな所まで走ってきたんだ 無理もないです」

 嵐詩はそれを聞いてから、旬麗を三蔵から貸せと受け取り、お姫様抱っこで抱き上げた。静かに寝息をたてている姿を見て、あらためて安心した。


『かなり走りましたしね、休ませてあげましょう』

 冬夜も旬麗の顔を覗きこみ微笑んで、ジープの方へ向き直る。三蔵たちも同じように、旬麗も見つけたしと帰る気満々である。だが、それをここまで追ってきた彼らが易々と見逃し帰してくれるわけもなく。


「オイ!待ちやがれ!!」

 待てと言われて、一応立ち止まり振り返る三蔵一行。
 


「勝手に持ち帰るんじゃネェよ!!!その女は俺達のエモノだ!!」


 顔に青筋を浮かべて怒っている3人組は、臨戦態勢だ。


「なんなら テメェらもミンチにして喰ってやろうか?」


 ニィッと口角をあげてナイフをちらつかせる相手に売られた喧嘩をしっかり買おうとした悟空は「ンだとォ!?」と喰ってかかろうとする。それを「――あぁ」と手をヒラヒラさせて止めたのが悟浄。


「今日はヤメとこお 今はあんましヒトゴロシしたくない気分なの、俺。だから、大人しく帰ってクソして寝ろや、OK?」


 ピンと指をさして笑い、ジープのほうを向いた。それにムカついた男は「なっ」と怒りで体を震わせている。


「さ 行こか」
『朝ごっはーん!』
「おばさんも心配してるでしょうしね」
『旬麗さんも無事でしたし早く戻りましょ』

 スタスタと三蔵一行はジープへ歩いていく。その背中に


「おい!ナメてンのかてめェら!?」

 と先程よりも数段階上の声量で怒鳴る。それを何かに気づいた黒髪の男が止めた。


「――おい ちょっと待て!!あの赤毛の男…」

 その話し声は、三蔵一行にもしっかり届く。


「俺、昔聞いたことがあるぜ。人間と妖怪の間にできた禁忌の子供は 深紅の瞳と髪を持って生まれるってな」

「――何だ、じゃあアイツ出来損ないじゃねェかッ」


 ただの挑発だったのかもしれない。




―――…悟浄さん 私ね
 妖怪も人間も種族の違いなんてない世界に…1日も早くなる様にって思うんです。
 もしも―もしも、私も茲燕の子供が生まれたら
 幸せになって欲しいから―――

 彼女の言葉を思い出したのは話された当人だったか、立ち聞きしてしまった人だったか。
 嵐詩は、他の人より先にジープへたどり着き旬麗をジープへ乗せようとしているところだったが、正直キレそうだった。悪意のある煽りは止まらない。

 

 
「アソコの毛も赤いのかよ、ええ?出来損ない」
 


 バッと悟浄が振り返り、嵐詩が睨みつけてその喋った本人のほう見た。
 そんなふたりの目には、左から悟空がハイネックを掴み持上げているところ、喋っていた当人の口を頬を挟むようにして掴む八戒、その妖怪の首元に鋼糸を巻き付けてキリキリと締め上げようとしている冬夜、そして地面に膝をつく男の口に銃口を入れている三蔵、短刀を両手に切りかかろうとしている那都を『ヤメロ』と止める椿姫がうつった。



『よく喋る口ですねぇ…?』

 キリッとまた少し首を締める糸をキツくする冬夜。


「ホラ、“口は災いの元”ってよく言いますよねぇ?続きが言いたきゃあの世でどうぞ」

 ギリッと手に力を込めつつ、語尾にご丁寧にハートまでつけた笑顔の八戒。それにすぐ怖じ気づいたのかヒィッと
 
「わ…悪かった。助け…」

 そこで、悟空も八戒も手を離し、冬夜は糸をほどいて、三蔵は銃を離した。それから口に突っ込んで汚れた銃を拭きながら

 

「詫びるくらいなら 最初っから言わなきゃいーんだよ バァーーーーカ」


 と中指を立てる。那都は、それにあわせて力一杯べーーっと舌を出した。クックックッとそれをずっと見ていた悟浄が笑う。


「ったく、変な奴らだよ、お前ら」

 悟浄は、煙草を1本取りだし咥え、空になった箱をぐしゃっと潰して地面に捨てた。さ、あらためて帰ろうぜ と悟空の肩に腕をかけて歩き出す。それらを全部ジープのそばで見ていた嵐詩はジープに寄りかかり小さく笑った。

――ほんと、変な奴しかいねぇわ




「―――そっ…」
 銀髪の頭がムクッて体をおこしてナイフを握り直した。3人が立て直していたのを見たのは嵐詩。『諦め悪ィな』と咄嗟に自分も刀を出そうと動くが、一行よりも遠いところにいる嵐詩の得物はどうやっても3人組に届くには遠い。


「たばれェ!!」

 大声で背後から襲いかかろうとする3人組。背中を向けている三蔵たちも気づいてないわけではなく、焦ることもなかった。


「何、そんなに興味あんの?」

 悟浄の左手に錫杖が現れた。


「アソコの毛の色」


 とニヤッと笑うが先か、鎖で繋がった鎌は器用に飛んでいく。そして 3人を悲鳴もあげさせる間もなく斬り刻んだ。もう3人は何も言わない。



「ま、確かめられンのは“イイ女”だけだけどな」


 チン、と鎌は元あるべきところへ戻りおさまる。悟浄は死体に背を向けて、一行たちの待つジープへ歩き出した。
 近付いてきた悟浄に対して、悟空はきししと笑う。


「ちゃんと黒いよなっ黒!!風呂場で見たもんねオレ」

 普通に暴露する悟空の後頭部をグーで悟浄は小突く。

「言うな」
『う゛あ゛ーー!聞きたくなかったー!!』

 那都は頭を抱えて、モコナはキャーと顔を両手で隠して

「えっちー!」
 と騒ぐ。椿姫は『(……下…?)』と頭の中ではてなを浮かべ、冬夜は乾いた笑みで
 

『イイ女じゃなくても知ってるじゃないですかー』

 と言い、嵐詩は死んだ目をしながら出した刀をしまいつつ、横ですーすー寝ている旬麗を見て


「……旬麗、起きてなくてほんっとよかった…」

 と呟いた。

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