宝物 | ナノ

1/1




ひねくれものの七夕物語



※注 意(少し改編)
・うちよそ(孤華。主×Clainy主)
・ざっくり設定で外伝っ子もいます(未登場)
・Clainy主の夢主ちゃんに名前変換機能はありません
・なんちゃって最湯記パロ
・設定(立ち位置)は本家寄り(参考)
・孤華。主たちのもこちらで捏造
・原作キャラはほぼ出てきません(存在をほのめかす程度)


◎ざっくりとした設定

○孤華。主ちゃん:名家藤原家
 椿姫:藤原家当主。またの名を暴君。隠居中。自分に害がなければ放置。
 那都:藤原家次女。現役高校生。絡みはないが、悟空たちと同じ高校に通う。
 嵐詩:藤原家長女。フリーター。たまに日給で稼いではギャンブル等でスる。
 冬夜:藤原家女中。兼庭師。できる女中だが、怒らせてはいけない。

○Clainy主:町の一角にある煙草屋
双蓮:清掃業者。養子。在庫など実質店を取り仕切ってる。
水櫁:煙草屋店主。ババア。ロリショタコン疑惑浮上中。

○外伝組:出番なし
 心椿:椿姫の妻。故人。
 羅朱華:わけあって町から離れてる。
 永散:捲廉の相棒。世界を飛び回ってる。
 桜惹:天蓬の担当編集者。

 朔夜:都会で社畜。
 散香:水櫁の姉。故人。


 



 ぴーんぽーん、ぴーんぽーん。
 藤原家に間延びした呼び鈴が鳴る。
 この町では一二を争うほど古い屋敷は家屋だけでも相当な広さを誇るが、今日は屋敷の建具が全て閉じられており、呼び鈴は屋敷内によく響いた。

「来た!!」

 呼び鈴に真っ先に応えたのは藤原家次女の那都。元々待ちわびていたこともあり、スタートダッシュはばっちりだ。途中、女中の冬夜が「さっき拭き掃除したばかりなので気をつけてくださいね〜」と注意した。「大丈夫大丈夫〜」と言うが先か、一瞬足を取られるも持ち前の反射神経で立て直すと、そのまま玄関へゴール。

「いらっしゃ……い!?」

 少し立て付けの悪い扉を開けると、そこに待ちわびた二人がいたが、その姿をみて声が上ずった。

「那都ちゃん昨日ぶりですね〜いつもお出迎えありがとうございます」

 一人はこの町の一角にある煙草屋の主の水櫁。藤原家の住人は未成年の那都以外は全員煙草を嗜むこともあり、よく学校帰りにお遣いを頼まれる。そうでなくても彼女の煙草屋の前を通れば、こちらから行かなくても向こうから声をかけられ、半ば強引に飴を渡される。餌付けのようだと、水櫁の養子からは『妖怪飴婆』と揶揄されるが、そういう彼女も子供に弱いので何かしらお菓子を常備しているので大概だ。

「お邪魔して早々悪いけど、冬夜を呼んでくれないか……。流石に土間に上がるのも戸惑われるから」

 その水櫁の養子こと双蓮が後ろから顔を出し、取り次ぎを頼む。
 癖が強い双蓮の髪すらつるりと大人しく、髪や服がべっとりと張り付き、それでも足りぬとポタポタと二人の足元に水たまりを作っている。
二人は文字通りバケツをひっくり返されたように濡れていた。

「冬夜―――――――!!」

 悲鳴に近い声が呼び鈴より高く大きく屋敷を揺らした。



「いや〜まさか傘が吹っ飛ばされるとは思わなくて」
「それより先にお礼だろうが。お風呂から替えの着替えまで一から全てありがとう」

 水櫁が我が物顔で冬夜が淹れたお茶に手を取る前に双蓮はその頭をがしぃっと強く掴んで一緒に頭を下げた。

「いえいえ。この雨じゃ大変だったでしょう」
「何でも台風が来てるらしいぜ」

 嵐詩がつまらなさそうにザッピングしていても上部には台風情報がひっきりなしに流れる。

「ああ、そうだ。これ、この間の。助かったよ。遅くなった分ちょっとおまけしてもらったから」
「マジ? 悪ぃな、ありがとサン」

 双蓮が取り出したのは茶封筒。持ち物がほぼ浸水状態でもジップロックで防水されているあたり、『これだけは何としても守る』と言う気持ちが強く、また双蓮の律儀さが現れていた。
 寝転がっていた嵐詩も姿勢を正してそれを受け取る。
 藤原家長女でありながら定職にも就かず、日雇いなどで稼ぐ嵐詩には貴重な食い扶持である。もっとも実家暮らしでお金にも困るどころか有り余っているため、大体は煙草や煙草、この町のクリーニング屋の店主が地下で行われる麻雀でスるのが主な使い道だ。

「何日まで持つやら……」

 その行先を知る(カモにされる)藤原家当主こと椿姫が湯呑から口を離すついでにぽつりと漏らした。長女の嵐詩が職に就こうがフリーターだろうが、どうでもいい椿姫だがせっかくの双蓮やその清掃会社からの好意を考えるとつい口が出た。
 すると、ちょうど全員にお茶を配り終えた冬夜が茶化すような声音で言う。

「オレは二日にひと箱」

 自分で入れた茶をひと啜り。

「おっと、じゃあ自分も二日にひと箱で」

 茶と一緒に出された饅頭のフィルムを取る水櫁が乗る。ついでに「なんならおまけもつけますよ」と一口。

「……明日の夜にふた箱だ」

 くだらんという表情をしつつ、とんとんと器用に一本だけ箱から出しながらさらりと椿姫も参戦。

「……お前らヒトの金をなんだと思ってんだ!!」

 嵐詩が古き良き味のあるちゃぶ台をがたんと揺らした。賭け事は好きだが、その対象にされるのはゴメンだと異議を申す。

「ちょっと嵐詩、あなた双蓮さんの前で失礼だと思いません?」
「賭け始めたのは冬だろ!?」

 流石に非常識ですよと冬夜が注意するが、嵐詩の怒りはそう簡単に収まらない。

「いやちょっとしたジョークだったんですよ。まさか水櫁さんが乗ってくれるとは思わなくて……」
「ええ!? あれフリじゃなかったんですか? てっきりそういうものだと思って乗ったんですけど」

 なんて水櫁が言い訳を口にする。しかし傍から見ていると、あの時の冬夜の目は完全に水櫁を見ていて、また水櫁も冬夜の意図するところを瞬時に汲み、二番手を打っていた。つまるところ突発的共犯者。白々しいにも程がある。
乗れる波なら乗っておけ――
 涼しい顔をして真っ黒を潔白と訴える二人に勝ち目がない。だいたいこの二人が手を組んだ時、碌なことになったことがあっただろうか。答えは否。水櫁とのタッグはさておき、冬夜に今までどれほど深追いしたがために食わされてきたかわからない嵐詩ではない。
 嵐詩の矛先が冬夜たちの蒟蒻に刺さる――糠に釘、まったく手応えがないのであれば、攻める方向を変えるのみ。むしろ真っ先に元凶を突くべきだったと嵐詩は思い直し、鋭い視線も切り替えた。

「つーか元を正せば、お前の一言が原因のくせになに素知らぬ顔で乗ってんだよ! ンな権利ねェだろうが!!」
「ほう、バカ犬の辞書にも『権利』なんて大層な言葉が載ってるんだな。いや、犬に辞書があるほうがすごいのか」

 椿姫は煙草を咥えながら上辺だけの感嘆の声を漏らした。
 ――面白そうなら尚乗るべし
 嵐詩の突き殺すような視線にも動じない。一瞥すらしない椿姫の意識は、なかなか点かないライターにしか向いてない。
 元凶が元凶と微塵にも思ってない様に益々嵐詩の怒りが膨れ上がる。誰かがなにか一言、最後の一刺しで破裂する寸前の風船のようだ。そうなる前に双蓮が風船の口を緩めて、何とかおさめようとする。

「椿姫さんの気遣いはありがたいけど、その金は嵐詩本人の働きによるものだから。それをどう使おうが稼いだ本人の勝手だ。なにより急な仕事を無理やり押し付けてしまったアタシは一切口出しする権利はないし、今後するつもりもない」

「だからこの水櫁(バカ)に付き合う必要はない」と何とか嵐詩を落ち着けようとする。嵐詩も双蓮からそう言われると矛先を下ろさざるを得ない。

「……あーやめやめ。これ以上お前ら玩具にされるのはゴメンだ」

 どかりとようやく腰を下ろした
しかしそれで負けを認めたわけではない。一時撤退にしかすぎず、現に嵐詩の目は「お前ら後で覚えてろよ」とギラギラと鋭く強い色で睨みつけていた。

「ねえねえ嵐詩、これどうやるの……?」

 そんな大人たちの大人げないやり取りの中、ずっと黙々と何かをしていた那都が嵐詩の裾を引っ張る。つい名残で「ああ?」と険しい声で答えるも那都はまったく怖気つくことなく「これ!」とある本を見開きで見せつける。雑誌には七夕の特集が組まれており、その見開きには地上では主役である色とりどりの飾りをまとった笹の葉。
 那都の周りには既にカラフルな輪飾りや切り取るだけの星が散らばっている。しかしこの二種類だけで笹を飾るにはいまいち華がない。

「あ〜……見たことあるけど、どうやって作んのかはわかんねぇな」

 決まりが悪いと頭を掻いた。那都が作りたいのは青の色紙で網目状に広がった飾り。飾りの定番で誰もが一度は見たことあるが、実際作れと言われたらいったい何人作れるだろうか。
 こういうのは冬夜のほうが詳しいだろうと、話を振ろうとしたとき一番近くにいた双蓮が体を乗り出して答える。

「ああ、天の川か」
「天の川?」
「これがか?」

 自分たちが思う天の川とはなかなか結びつかず、那都は首をかしげ、嵐詩は怪訝な面持ちだ。

「この網目が川の流れを表してるらしい」
「ちょっと強引すぎねえ?」
「それはアタシからは何とも言えないな」

 渋い顔をしつつも双蓮は那都の傍にあった青の色紙を取る。

「え、双蓮ちゃん作れるの!?」
「……うろ覚えだけど」

 期待を一心にきらきら輝かせる那都に双蓮は言い訳がましく付け足すも、どこか慣れた手つきで作り始めた。
紙を細長いジャバラ状にしたところで「鋏」と単語だけ発する。「いえっさー!」と意気揚々と那都は双蓮に渡す。左右から切り込みを入るとそっと左右に開き、そして縦に伸ばすと見ていた那都と嵐詩が「おお〜」声を揃えた。
 双蓮の手には雑誌のそれと同じものが出来ていた。切り込みの間隔が不均等なせいでやや歪だが、まあ些細なこと。なのだが、

「あなたって器用そうで結構不器用ですよね」

 と、水櫁がニヤニヤと茶々を入れる。

「……家事もろくにできないアンタよりは器用だよ」

 じゃきんっと鋏を鳴らして静かな怒りを表す。
 つい先日も夕飯の後片付けでまた皿を割った水櫁は「たまたま活きのいいお皿だったんですよ」と、双蓮には耳に蛸ができるほど聞いた言い訳を平然と口にしている。

「ひとの好意を無駄にしちゃ駄目ですよ?」
「ありがた迷惑って言葉知ってる?」

 今度はこちらで静かに火花が散る。言葉の応酬はないが、目は口ほどにものを言うものだ。大人げないのはこちらも一緒だが、むしろ二人共嵐詩たちより歳上な分、尚質が悪い。通常運転といえばそれまでもあるが。

「ね、ね、じゃあこれは!?」

 しかし子供の無垢に勝るものはない――と、言っても那都は高校生で子供と呼ぶにはあまり相応しくないが、平均年齢が高い中にいれば必然と子供扱いとなる。何歳になろうと子供は子供なのだ。
 次をせがまれれば、水櫁のことなどポイッと簡単に放り投げて那都の雑誌を覗き込む。そして「あー」だの「ん〜」だの頭から捻り出す声を上げ、

「どれも作れないこともないが、どっかの煙草屋が無駄に立派な笹持ってきたせいで、これだけで飾り付けても……」
「それなら嵐詩をお貸ししますよ」

 間髪入れずに「ね?」と満面の笑みを嵐詩に向けた。ひくりと嵐詩の頬が動くが、何だかんだ面倒見がいいので「へーへー。オーセのままに」と那都と一緒に双蓮に作り方を習う。

「那都の先生はオレの専売特許のはずだったんですけど」
「それについては本当にすみません。うちの双蓮が勝手に……」
「適材適所。それでいいだろ。先生にだって夏休みは必要だろ」
「そうですね、貴重な夏休みを満喫させていただきます」

 と、椿姫の湯呑におかわりを継ぎ足した。



 七月とはいえ、七夕などとうの昔に過ぎ去り、むしろ八月目前。何故今更と言われれば、やはり元凶は水櫁である。水櫁のいないところにハプニングは起きない。
 藤原家の七夕は、ハムや薄卵焼きを星型や短冊型に型抜きした冬夜お手製の素麺を美味しくいただいて終わった。「冬夜ちゃんの素麺すっごい美味しかったんだよ〜」とほとんど日課のように通う那都が同じく煙草屋に集まる銭湯の次男、クリーニング屋の居候たちに話した。次男は「いいな〜俺ンとこは特に何もなかったな〜」、居候は「コッチはそもそも年中行事っつー概念すらないからな」と言う。
 すると水櫁が真剣に「せっかくのイベントなのにもったいない!」なぞ言い出し、現在に至る。
 本当なら他二人も来る予定だったが、それぞれどうしても空けれない予定が既に入っていたらしく、残念ながら今年は不参加となってしまった。
 そのことに那都は「うちだけ楽しむのも……」と気を引いたが、「おふたりが参加できないのは心苦しいですが、大丈夫です! そうなれば双蓮を巻き込むだけですから!!」と声高々と水櫁は宣ったのだ。同時刻、双蓮に謎の寒気が襲ったのは至極当然のことであった。
 ちなみに主役の笹は、竹取の翁よろしく水櫁自ら見繕ってきたとか。

「にしてもよく作れるもんだなぁ……」

 自分たちの周りには着々と飾りが増えていく。さきの天の川だけではない。定番の提灯はもちろん、七夕の本当の主役である織姫彦星の折り紙だったり、織姫の織り糸を表した吹流しなど種類も増えた。

「まあ、仕事で児童館とか子供の集まるところに行くんだが、いつの間にか、な」

 「年に一度でも、年数重ねると案外体が覚えてるものだ」と勘を取り戻したのかてきぱきと手を動かす。柔和な印象を与える水櫁と違って、双蓮はほとんど仏頂面――本人は好きでやっているわけではない――のせいか初対面であまりいい印象を持たれることがない。ところが蓋を開けてみると、那都をはじめ子供たちに好かれたり、ふらふらしている嵐詩に短期の仕事を呼びかけ、現場でもよく気遣ってくれる。さっきの茶封筒の扱いやフォローなど、かなり面倒見がいい。

「……同じ仏頂面でもここまで違うもんかね」

 背後ですぱすぱ煙草吸っている椿姫の茶に双蓮の爪の垢を煎じて入れてやりたいものだと嵐詩は思う。
ちなみに今に始まったことではないが、冬夜の中では苦労人という枠組みでくくられていることを二人共知らない。

「いや〜こうしてみるとなかなか様になってますね〜」
「ほんと、まるで姉妹がひとり増えたように見えます、というのは双蓮さんに失礼ですかね」
「いやいやむしろ最上の褒め言葉ですよ! 楽しそうな那都ちゃんと自然と口元が緩んでる嵐詩さん! あ〜目の保養ですよ。二人ほどなど贅沢はいいませんが、普段から自分に対してもう少しその可愛げがあったら……」
「こっちとしては双蓮の落ち着きをあのバカ犬、バカ猫を見習って欲しいものだ」

 「隣の芝生は青いっていいますからねぇ」と冬夜も自分の湯呑に手をつけた。椿姫は、灰がこびりつき、煤けた灰皿に今しがた吸い終わったそれを押し付けた。水櫁は余程お気に召したのか、三個目の饅頭の封を切る。そのぺりっとした音にふとなにか思い出したように冬夜が椿姫を言う。

「そういえばよく許可しましたね」

 ちらりと水櫁を見てからまたすぐに椿姫に目を戻した。水櫁は気にせずもすもすと饅頭を食べ続けている。

「あまりこういうの好きじゃないでしょう?」

 冬夜の指摘に、煙草の代わりにまた湯呑を取る椿姫の手はぴくりともしない。

「好きじゃない。が、言うほど悪くなかったってことだ」

 今まで煙が行き来していた喉に熱すぎず冷えすぎずのちょうどいい温度の茶がするすると通っていく。
平然としている椿姫に冬夜は、おや、と目を少し丸くした。弄る相手がいなくなったので、ちょっと揶揄うつもりが今日は何やら違うようだ。質問に対する椿姫の返答は思いのほか優しい声音。本人は無自覚だろうが、ちらりと那都たちを見たその目と口元もいつもより少し緩んでいるのを冬夜は見逃さなかった。
 珍しく一杯食わされた冬夜の反応に、してやったり。そう椿姫は「たまにはな」と意地の悪そうな表情を向けた。

「ま、そういうことだ」

 ふんっと鼻を鳴らす。
 これも余談だが、椿姫が許したのはほとんどが那都のためだが、実は裏で水櫁と秘密の取引があったり、なかったりとか。

「椿姫―! 冬夜―! 水櫁ちゃーん! 見て見てー!! 上手にできた!!」

 三つの視線がその一言で全く同じタイミング、同じところに向けられる。

「これはこれは」
「随分立派になりましたね〜」

 双蓮が担いできたときは雨に濡れてしっとりと深緑一色だった笹が、今は色とりどりの飾りを纏ってようやく主役に相応しい姿になっていた。

「どーよ! うちの手にかかればこんなものよ! えへんっ!」
「なに自分の手柄にしようとしてんだよチビ猫。俺らの手伝いあってこそだろうが」

 ぺちんと軽く那都の頭を叩くと「やめてよ!! 背伸びなくなったら嵐詩のせいだからね!? このバカ犬ぅ!!」とぷっくりと頬を膨らまし、仕返す。売り言葉に買い言葉、さっきまであんなに仲良く飾りを作っていたのにすぐこれだ。二人の応酬がどんどん部屋を埋め尽くし、あちこちで反射して――

「どっちもうるさい!!」
 ピコンッ!! と音だけは可愛らしく、実際の威力は反比例するように重い鉄槌が二人の脳天に落ちた。

「相変わらず鮮やかなピコハン捌きですね〜。ところであのピコハンはいったいどこから?」
「あ〜藤原家の秘技みたいなものです」

 さて飾りつけが終わったところに双蓮が手際よく三人に紫、青、緑の色紙と人数分のペンを渡す。

「仕上げだ。冬夜、椿姫さん、元はうちのが巻き込んで悪いけど、これが揃わないことには完成しないんだ」

 二人に申し訳ない顔を向けつつ、一瞬だけ水櫁を睨みつけるのはさすが双蓮と言うべきか。睨まれた水櫁はやっぱり涼しい表情で流すだけ。それがまた気に食わなくて双蓮の眉間の皺が増える。



 叩きつけるように降っていた雨も、轟々と吹き荒れていた風もいつの間にか落ち着きを取り戻していた。
嵐詩、双蓮の二人で建具を開ければ、草木の青く澄んだ香りが広がり、ほどよく潤った涼しい風が色鮮やかな六人と笹をすぅっと抜けていった。室内冷房と扇風機を回していたが、水櫁たちが増えた分人口密度が高くなり、むしろ外の方が快適に感じられた。

「雨は止んだか」

 双蓮が空を見上げた。雨雲は消えたが、うっすらとほの暗い雲が遠くまで覆っており、星は地上に一切の姿を隠している。

「ええ〜せっかく止んだのに……」
「……雨が止んだだけマシだろ」

 元々台風が来ていたのだから仕方ない。

「椿姫さんの言うとおりですよ那都ちゃん。笹を外に出してあげましょう」

 水櫁が笹を担ぎ、外に出してやる。それについていく那都の肺に新鮮な風に吹かれてようやく笹本来の爽やかな香りで満たされる。離れていく二人を確認してから双蓮がふぅと一息はいた。

「……ここまでやっといてなんだけど、正直こっちとしては何が楽しくてリア充のイチャコラを見せられなきゃならないのか」
「ドーカン。勝手にやってろって感じだ」
「同じく。まっぴらゴメンだな」
「あなたたち……まあ、あまり否定はしませんが」

 四人の心の合言葉は、一字一句間違えずあの有名な呪文で揃っていた。
何とも情緒ない四人だが、まずこの場に情緒を感じ、それを楽しめる繊細で純真な心を持った人間がいるだろうか。那都と無邪気に話してる水櫁が聞いたらきっと「自分ほど繊細で純真な大人はいないと思いますよ!」と否定するだろう。しかし間髪入れずに「どの口が」と双蓮が叩き切るに違いない。
ただ口にしないだけ今の四人は場をわきまえていた。

「ところで皆さんはなんてお願い事したんです?」

 双蓮に短冊を差し出されたときは驚いたが、どうやら冬夜たちだけでなく既に双蓮と嵐詩も書いていた。

「そりゃあ、まあ――」

 双蓮が言おうとしたとき、嵐詩がばっと止めた。

「ちょっと待て、その手には乗らないぞ冬。お前、ヒトのを聞くだけ聞いて、切ってあるスイカ取りに行くフリして逃げるつもりだろ!?」
「あれ、バレました?」
「うちの女中は有能な上に気遣い上手だからな」
「お褒めに預かり光栄です、と受け取っておきますね、我らが当主」

 一人勝ちは良くないという事で、全員同時に言うことになった。

「……それ逆に聞き取りづらくない?」
「一人ずつ公開処刑を避けるためですよ」
「ああ、なるほど……」
 それは確かに嫌だなと双蓮は同意する。それに最初は誰がやるかとなった場合、賭け事はおろか、ジャンケンすら弱い双蓮にとってはありがたい話だった。

「それじゃあ行きますよ。この期に及んで言わない人がいましたら……わかってますよね?」

 ずずずっと今まで頭上を支配していただろう雨雲よりも黒いものを纏う冬夜。すくみ上がるようなそれに三人は静かに頷いた。それから公平を期して椿姫が掛け声をいうことに。

「せーの、」

「在庫管理ぐらい自分でしろ」「家内安全」「少しは静かにしろ」「次のデカイ奴を当てたい」

 ひょぅと、物言いたげな風が四人の沈黙の中を通る。
 実際沈黙していたのはほんの数秒で、どっと笑いが起きた。

「ぶふっ」
「ふはっはっははっ!! なんだこれ!! クッソ笑えるんですケド!!」
「さすがにこれはっふふっ」
「……無理ッ! くっふっうっ」

 真っ先に短く吹き出した椿姫。連れられるように嵐詩がお腹をかかえ、冬夜もくすくすと肩を揺らす。双蓮も最終的には噴出さずにはいられなかった。加減を知らない笑いを抑えるように口に手を当てる。

「誰ひとりまともな願いがないのがホント酷いわ〜」
「ちょっと、オレのはどうみても普通のお願いじゃないですか」
「お前らがそう安安とくたばるはずがないのに、そんな今更なこと願ってどうする」
「双蓮さんのまず願いじゃなくて愚痴じゃね?」
「なんだろうな、つい、な……言い聞かせても直らないし直さないし」
「椿姫のも大概ですけどね。嵐詩のも欲望の塊というか」
「これこそ一番『願い』に近いだろうが!」
「全員どんぐりの背比べだ」

 結局誰ひとりまともな願いなどなかった。ある意味彼女たちらしい願い(もどき)。笹の設置を終え、四人の笑い声に気づき、「あー仲間はずれはいけないんですよー!」と那都ではなく水櫁が言い出す。もちろん那都も「椿姫たちだけずるい〜」と続く。

「仲間はずれとかアンタが言うな、気色悪い」
「酷いっ! 笹の設置は誰がやったと思うんですか!」
「それを言うならその笹の飾り付けから設置までやった那都に謝れ」
「え、なに!? うちのこと呼んだ!?」
「あ、いや、最後までありがとうってだけだ」
「そうそう。那都ちゃんよく出来ました」
「ふふんっ! うちの手にかかればこれくらい!!」

 水櫁たちからよしよしと頭を撫でられて気持ちよさそうにしてる姿は確かに「猫」「猫だな」「猫ですね」と椿姫たちが小さく声を揃えていた。

「でもびっくりしちゃった」
「びっくり? 何がだ?」

 えへへと那都が笑う。それを椿姫が聞く。嵐詩、冬夜、双蓮の三人も同じように疑問符を浮かべる。

「だって、短冊のお願い事がみんな――」
「そういえば冬夜さん、スイカありましたよね」

 と水櫁が肝心なところで割り込んできた。そしてそのまま「ふぅ、ひと仕事おえたら汗が……あ〜早く冷えたスイカが恋しいな〜」とぱたぱたと手を仰ぎ、如何にも暑くて死にそうだなんて表情を作る。
 すると自分が言いかけた言葉も忘れて「冬夜! 早く水櫁ちゃんにスイカ出さなきゃ!!」と冬夜の袖を引っ張った。

「――ああ、そうですね。これは早く準備しなくては。那都、手伝ってくれますね」

 ぱちと瞬きひとつ。それからもう一つしたところでにこりと笑い、冬夜は急かす那都と一緒に台所へ向かった。

「……アンタ今度はなんの悪巧みしてんの」
「人聞きの悪いですね。自分はみなさんの名誉を守っただけですよ」

 ぐっと水櫁の胸ぐらを掴み上げるも、いやいやと両手で出して無実を証明する。二者の間、双蓮が水櫁の瞳を突き刺すように睨む。それも長くは持たず、ため息と共にその手を下ろした。

「ひとつ確認する。アンタが書いた願い事も似たようなものか?」
「もちろん。願うことはひとつしかないじゃないですか」

 双蓮、脱力。そして未だ状況を飲み込めずにいる椿姫たちに双蓮が言う。

「アタシたちの意地の張り合いは全部徒労だったってこと」

 それから水櫁を除く三人は一刻も早く冷たいスイカで涼を取りたいぐらい熱くなっていた。







------キリトリ------
 眩暈の相良様から頂きました。
これが一週間クオリティと書かれていたときの私の衝撃を忘れません、多分私の一週間とみーさんの一週間は違う。
流石だなと思うのが、本当にうちの四人がまんまですごいなって(語彙力)冬呼びがあったり設定がめちゃくちゃ好みだったり、6人のやりとりがとてもらしくて好きで…………ここに感想書いたらとんでもないことになりそうなのでやめますね。
素敵なうちよそ小説、本当にありがとうございました

 龍桜

← | →


back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -