00.皇帝とジェクト
気取るばかりの爪先が、素直にジェクトの鼻先を撫でるのを、当のジェクトは棒でも飲まされたような気持ちで眺めていた。
あからさまに見せられる不可解に、皇帝はやはり優雅に問う。

「何がおかしい?」
「アンタに初めて触られた」
「そうだったか」

触るとも言えぬ、かすかな接触は、踊るようにジェクトの髭の濃い頬をうろつく。
嫌な緊張に抵抗も出来ず、しかし慣れれば憮然とする他ないのはジェクトだ。
芝居がかった慇懃な皇帝の微笑が、少し綻ぶ。
無邪気、の、片鱗のように笑った口元から歯が見えた。

「哀れと愛くるしいとは、似たものだな」

その指先の着地地点は唇。
噛み付いてやろうかと思いながらも、ジェクトは難しい顔を崩さなかった。

01.コスモスと暗闇の雲
その日はとても晴れていて、天晴れとした太陽が燦々と光を乱反射する。
近道だと思ったのだ。
地面につかない足は濡れない。
湿度の粒子が視界をぼかす、中央に女王が君臨している。
行き先を阻む…近道、だと、

「ようこそおいでくださいました、秩序に満たされた正しさの聖地へ」
「貴様…わしを誘導しおったな」
「あなたに晴天など似合いませんもの」

秩序は二度頷き暗闇を――空を見上げる。
肌に付着するこまめな水分が煩わしい…その日はとても晴れていた。
聖域はそれでも灰色に覆われている。
暗闇の雲にふさわしい、光輝くことのない聖地。

02.ガブラスとシャントット
ただ、戦士としてあるべき姿へと回帰する。
血で血を洗う凄烈は、個に付随した感情を押し流し、ガブラスを記号たらしめていく。
再結合の不安に抗う切っ先も、今はもう磨き抜かれ、ただ勝利を欲す。

「なかなかやりますわね、わんちゃん」

つぶらな瞳が、ガブラスの牙よりも鋭く光る。
続けざまに炎と雷が降る。
踊る杖は禍々しい。

「もし一太刀でもわたくしに浴びさせてみせなさい、頭くらい撫でてあげてもよろしくてよ」

そして愛くるしい冗談にまた、人であることを思い出し、刃は色を孕むのだ。

03.バッツとガーランド
何を食っても腐った魚の味がする。
鼓膜に響いた弱々しい言葉にバッツの手から薬草が、ぱさり地面に滑った。
煎じていた器をおもむろにどける。
ガーランドの膝に乗っかり真摯な視線で見詰める。

「お前が食べ物の味を覚えてて良かった、嬉しいよ」
「愚にもつかん…薬などなくとも」
「はっはーん、さては苦いの嫌いだな?」

秘密を見付けたバッツはよっこら立ち上がり、数ある薬袋から茶色い古紙を選び出した。
魔法の薬だよ、微笑んで、こぼれ落ちる粉を口に含んだ。

04.ゴルベーザとプリッシュ
ゴルベーザは己の中に、なんにも、ない、と言う事実に戸惑った。
あれほどの憎しみも絶望も、黒々とした過去も、ない。
ただ象徴たる黒い具足と、巨大な魔力が外側を覆っているだけ。淋しい。
憎悪と離れ離れになることが、こんなにも淋しいこととは。ああ、私は、誰?

「おっまえもボンヤリしてんなぁ!カオスの仲間か?」

眩しい気配を撒きながら、紫の髪の少女が現れた。
言い様のない後ろめたさに、ゴルベーザは怯える。眩しい。

「その、ようだ。そなたの仲間では、ない」

少女はそうか、と笑う。きらきらとした輝きは、何故か少し重い。

「そっちがイヤんなったらすぐ俺んとこ来いよ」

待ってる、と、彼女は笑う。

05.フリオニールとセフィロス
垂れる髪は同じ色であるはずなのに鉛のように重々しくなく、朝露のように煌めきチカチカと反射する。
うつ伏せた体は銀色を纏い、腕で口元を隠した男は発光する黄緑で俺を眺めた。

「…楽しいか」
「いや…お前は?」

猫科を思わせる鋭利な瞳孔がチキリ、睨む。
寒々しい気が背筋をかけ上がる――寒々しい?――そうだろうか。
生唾を飲み込んで手を差し出す。
指の節にすり寄る頬はなめらかに誘い…見上げる黄緑に爛々と俺の期待が映った。

06.カインとフリオニール
土色の瞳が好奇心を隠せない様子で、竜騎士の話をねだる。
遠慮がちを装おって隣を歩く大きな少年は、すっかり弟のつもりらしい。

「そんなに、話をするのは得意じゃないんだがな」
「そうか?カインの話、分かりやすくて面白いよ」

慕わしげにはにかむ目元に、安穏とした憧れが見えて目眩がする。
そんな想い、俺には相応しくないだろう。
しかし束の間の夢と消える時間ならばいっそ、全てを込めて応えて見せようか。
忘れるのなら、忘れるのなら。
臆病者の思考に辟易する。
自分を貶めるのはもう十分だと、そう、思うのに。
俺を失って、それにも気付かず茫然とする彼が見たい。

07.ゴルベーザとユウナ
「ゴルベーザさん、ゴルベーザさんっ」

ぴよぴよ後を着いていく、目覚めたばかりのユウナは小刻みに進む足を一所懸命動かした。
ゴルベーザはいかにも逃げる風を装って、実のところ常の半分も遅く歩いている。
ユウナがつまずきやしないか、荒くれ者に見つかりやしないか気が気でない。

「…ユウナ」
「はい!」

別れを告げようと決断したが口ごもる。
久し振りに口を開いたゴルベーザに、ユウナは満面の笑みを浮かべた。

08.ケフカとセフィロス
結果は確かにいっしょ、荒野。
でも破壊の足跡があまりにシンプルで味気ないとは思いませんか。

「力そのものには意味がない」
「ああん、じゃあセフィロス、あなたは空っぽなんですね!スッカラカン!」

けひけひけひ。
愉快です。
つまりそれはあらゆる器になろうという傲慢です。片翼、なるほど、相応しい。
ボクチンは、満たされた神なのですから、傍らには私を映えさせる天使が欲しいの。
スッカラカン、は、ちょうどいいです。
シンプルな破壊の仕方だけは要教育指導。

「頼むよセフィロス、ねぇ」

きら、光る目の色だけ似ている。
凪いだ憎悪はとても甘い。

09.ジェクトとラグナ
「おら、まだ痛むか?」
「すっかり完治、どうもどうも」

ひらひら漂わせた左手をとり、ジェクトが彼らしくない恭しい動きで手袋をはめてやる。
それを黙って見詰めるラグナは感情を伴わない振りを決め込んだ。
瞬きの回数が多くなる少し垂れた目の焦点が合わないようにと。
武骨な指が薬指を掠めるも、すぐに黒が覆った。
ラグナがしっかりはめられた手袋の締め付けを確かめようとジェクトの人差し指を握る。
互いに鈍い痛みを感じているけれどそれが元の世界の痕跡のようで落ち着くのだ、と。
思い込む、彼らは言い訳を抱えている。

10.ジタンとアルティミシア
どう考えても、どう足掻いても、差し伸べられた手は小さい。
しかし軽薄と呼ぶには些か、緊張感があった。

「お手をどうぞレディ」

ふと見せる笑みに紛れた憧憬は瑞々しい。
何故、と問うより先に彼の唇が動く。
笑ってくれないか。
アルティミシアは誘われてゆったり、微笑んだ。
この形のまま、ねぇ、時を止めてあげてもいい。






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