▼ J・ジェネシスB(1/1)
(※ツイログ)
時刻は昼下がり。互いの抱えている仕事がひと段落し、J・ジェネシスと黒岳カガリが職場の休憩室でお茶をしていた時だった。
他愛のない雑談を重ねているうちに、ふとジェネシスの脳裏に先日のジェムクローンの言葉がよぎった。
多少失礼にあたるかもしれないが、私と彼女の仲ならば平気だろう。
思い切って質問を投げ掛けた。
「ところでカガリさんはその年齢で結婚を考えたことはありますか?」
そんな突飛な質問に、カガリは珍しく目を瞬かせ、小さく首を傾げる。
「うん? ジェムくんに何か言われたのかい?」
「ええ、まあ。結婚しないのか問われました」
「ははあ、それで?」
「私は今まで結婚を無駄なことだと思ってましたから、その……ジェムクローンには一旦返事を保留してもらいました」
「ふむ、それで私はどうなのかと気になったわけかい?」
「……まあ、そんなところですね」
研究者としての時間が殆んどを占めていた私にとって、結婚という言葉は未だに非現実的だ。
ならば身近な人間であり、異性でもある彼女はどう考えているのか。単純に興味があった。期待はしていない。
何せ私も彼女も人間らしい人間ではないのだから。
「……まあ、考えたことがないと言ったら嘘になる」
短い沈黙のあとの意外な返答にら思わず目を瞬かせる。が、間髪入れずに彼女は言葉を紡いだ。
「けれど、早々に諦めた。というか、放棄かな?」
「放棄?」
「具体的には11歳の頃にその考えは放棄した」
「……早過ぎません?」
「そうかな?」
へらり、と力なく笑う彼女に違和感を覚える。けれど、私は自分の中の好奇心を止められなかった。
「何故、放棄したのか訊いても?」
「取り返しのつかない失敗をしたからさ」
失敗。研究者の私にとっては嫌な言葉だが、彼女のことだ。それを踏まえた上でそう表現したのだろう。
「人生最大にして最悪の失敗だったよ」
「若い貴女ならいくらでも取り返しは」
「取り返せないものだったんだ。大切だったけど、私はそれを落としてしまった。だから、未だに引きずっているのさ」
だから、私は誰のことも好きになれない。
彼女は視線を落とし、呟く。どこか悲しげで、何より空虚な声色だった。
何か言葉を投げ掛けようと思い、彼女の言葉を頭の中で反芻させる。
そこで気付いた。
確か彼女は『放棄』と言ったか?
……。
「カガリさん」
「む、何だい?」
「貴女が結婚を放棄したというなら、私が拾っても何ら問題ないですよね?」
「……うん?」
訳が分からないといった表情を浮かべる彼女の手を取り、その甲に唇を寄せる。
「カガリさん、私と結婚してください」
随分とすんなりと言葉が出たものだと我ながら感心せざるを得ない。
「ああ、そういう……じゃなくて! ジェネシスくん結婚願望とかなかったよね!?」
「おや、また心を読んだのですか?」
「いや、読んでない。訂正する。ジェネシスくんは結婚願望がないと思ってた」
「そうですね。だから気が変わりました」
未だに掴んだままの方の手で彼女の腕に指を這わせる。
彼女はわずかに顔を引きつらせたが、頬は心なしか赤い。そのまま引き寄せ、耳元で囁く。
「ジェムクローンの母親にも、私の妻にもなってくれますよね?」
「……あの、ちなみに拒否権は」
「ありません」
「だよね……知ってた……」
空いている手で目元を覆った彼女はがくりと肩を落としたのだった。
prev / next