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「ていうか何で火神が此処にいんの?」

動転している氷室は当分使い物にならないと早々に見切りをつけた紫原はかなり薄情である。
しかしスルースキルならば火神も負けていない。

「何でって言われてもな・・・隣りに住んでて、尚且つ葵・・・あー友達が寝込んだって聞いたら普通、見舞いに行くだろ?」

項垂れる兄貴分を見ないようにしつつ火神は当然のごとくあっけらかんと言い放つ。

その様子を見て紫原は小さく安堵の息を吐く。

・・・どうやら兄弟で少女争奪戦という昼ドラ展開は避けられたようだ。
流石にもう面倒臭い事はゴメンだ。もう付き合いきれない。

見た限り火神の方に恋愛感情は無い。
良くも悪くも素直で分かりやすい火神だ。
現に葵との交友関係をなんて事無さ気に自分達にバラしたのが良い証拠である。


「・・・だから室ちん、そんな動揺する事なんて無いってー」
「なあタツヤも熱があるのか?病気なのか?」
「・・・まー似たようなものかな・・・」


紫原の脳裏にはよく女子達が言う『恋の病』という単語が過ぎるが、氷室の場合はそれよりももっと重症な何かだと思っている。
恋愛は人格さえも崩壊させるのだから本当に末恐ろしい病気である。
自分もああなるのかと問われれば絶対になりたくないと断言する。


「はあ!?
おい紫原、だったらタツヤをこんな所に連れてこないでさっさと家に帰って薬飲ませて寝かせておくべきだろ!
タツヤ、大丈夫か?自分の足で帰れそうか!?」

(火神、違う。そうじゃない)

色々間違った解釈をしてしまった火神に訂正をしようとするも氷室がそれを許さない。

「っこんな所、だと・・・!?
タイガ!お前はオレの欲しいものを全部持っている癖に葵ちゃんまで取るつもりなのか!?この泥棒猫!」
「は!?」

泥棒猫とは恋人を奪われた女性が奪った女性に放つ決め台詞に使う言葉であって決して男に言うものではない。

「室ちん錯乱しないでよ。
ていうか此処葵ちんの家の前だよ?良いの?ご近所に変な噂が立つよ」

「!!!」


葵の事で動揺するなら正常に戻すのも彼女の名前を言えば良いらしい。

そう学んだ紫原だったがもうこんな場面が来ない事を心底願ったのは言うまでもない。
多分無理な願いだろうけども、願わずにはいられない何かがあった。


・・・あ、お菓子が切れた。

紫原のやる気が更に下がった瞬間である。



  □■□



氷室達よりも一足先に野崎家に足を運んだ火神だったが、まさか氷室と紫原に会うとは思わなかった為驚愕した。
そしてかつて無い氷室の変貌ぶりに火神は戸惑いを隠せない。


アンタ室ちんの弟分でしょー何とかしてくんない?

はあ!?そう言うお前は相棒だろーが!!

オレもう疲れたー。火神バトンパース。

ふざけんな!!


紫原と火神、異色コンビのアイコンタクトが完成した奇跡の瞬間である。


「あ、あー・・・とりあえず二人共、葵の見舞いにきたのか?」
「そー。今日のプリント渡しにねー(後葵ちんのお宅訪問)」
「・・・タイガも葵ちゃんのお見舞いかい?」
「ああ、そうだけど・・・タツヤ、なんか怒ってないか?」
「別に?」
「・・・・・・」

にっこりと微笑まれた火神の顔から血の気が無くなる。
そして氷室の周囲の気温がぐんと一気に下がった気がした。
ついでに言うと氷室の笑顔は目が笑っていない。

氷室の心情としては弟分が好きな女の子と家が隣り同士というのが心底納得が出来なかった。
しかもこの様子だと何度も家を行き来しているのだろう。

「くっ・・・オレもこのマンションに引っ越したい・・・!」
「室ちんいい加減にしてくんない?
葵ちんの家に入るよー」
「っっ待ってくれアツシ!一人にするな!」
「はあ?」

いい加減野崎家に入ろうと結論付け、玄関扉を開けた三人。
その際インターフォンを鳴らさなくても良いのかと問うたが事前に火神は勝手に入っても良いと許可を貰ったらしく、敢えて鳴らさなかったとか。

・・・むしろあれだけ騒いでいて様子を見に来なかった方が奇跡である。

ぼんやりとそう考えていた紫原だったが氷室の必死な声に現実に戻された。

「なにー室ちん」
「タツヤ?」
「一人にされたら何してしまうか分からないからちゃんと見張っててくれ」
「もう室ちん帰った方が良いんじゃない?」


こんな男の何処が良いのかサッパリ分からない。
やはり陽泉高校の女子は騙されている。

紫原のまっとうな思考に誰一人気付く者はいなかった。


「・・・と、とりあえずこっちがリビングだ・・・、・・・?」


「『・・・の名前は・・・?』」
「『私は・・・』」



「?」
「話し声がするね」
「えー?もしかして葵ちんと家族の人とか?」

そう言ってリビングに繋がる扉を開けようとした、その瞬間。


「姫も魔女も魅力的だから俺は両方頂きたい!!宜しいか!!」

『・・・・・・』



姫?魔女?

・・・一体全体何の話だ。

紫原は無言で火神を見るが彼は無言で首を横に振る。
どうやら彼に心当たりはないらしい。
火神の表情は心なしか青ざめていたが。

しかし彼らの困惑と動揺を他所に口論はヒートアップする。

「なんですかその女っ!
私の事は遊びだったのですか!!」
「いいや本気だ!!本気で愛している!!
ただその愛の花が沢山蕾をつけてしまっただけだ・・・!!」
「そんな・・・私のことを愛しているって・・・言ったじゃない・・・!」
「もういや・・・!!私、耐えられません!!」
「っ待ってくれ!」
「離して!そして来ないで!私の事はもう放っておいて!
其処の魔女と好きにすれば良いじゃない!」

ドアと壁の隙間から覗いてみると其処には茶髪で青い制服を着た男と明るい髪をリボンでくくった少女と葵が修羅場を繰り広げていた。

涙目で茶髪の男の手を振り払う葵の姿に氷室の何かが切れたのを紫原と火神は見逃さなかった。
もはや条件反射の如く氷室を取り押さえようとしたが、彼らの予想より早く氷室が動いた。・・・動いてしまった。


彼ら三人の目には奥で修羅場を見ている梅太郎と、葵達の右手にある台本を映す余裕は無かった。
それが喜劇とも悲劇とも呼べる事態を招いてしまった。



「待って室ち、」

「えーと・・・どちら様d」

「お前みたいな最低男に彼女は渡さない!!」



『・・・・・・』

帰りたい。


氷室の背中に不穏な影が見えたのを紫原と火神は全力で見なかった事にしたかった。


お待たせしました最新話ですが相変わらず氷室が暴走且つ迷走する回になりました。
いつか氷室ファンに刺されないだろうか、それだけが不安。
そして『青空』の紫原はまっとうで常識人に見えるという不思議。


20150809