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私が折原臨也の立場に成り代わって十二年。
今日も携帯を片手に情報収集をし、人間観察したら面白そうだと思う人間をチェックしていたらふと、視線を感じて顔を上げる。

・・・気のせいではない。
何処の誰か知らないが視線を感じたが、今はその視線さえ感じない。

不意に桜夜は嵐の前の静けさという言葉が脳裏に過ぎるも、この時はさして深読みをする事はなかった。

―――それが間違いだと知るのは数日後。



  □■□



「ねえ桜夜!君に紹介したい人がいるんだ」
「・・・珍しいね新羅。君がそんな事を言うなんて」
「まあね。きっと桜夜も気に入ると思うよ、なんたって普通じゃないんだからね!」
「ふぅん・・・」

桜夜がそう生返事をするも新羅は全く気にせず笑顔を貫いたまま、次の話題を口にする。
とは言っても彼の口から出る話など、徐々に噂になっている『首なしライダー』が殆どだ。
耳にタコが出来る程聞かされた話に桜夜は相槌もそこそこに右から左へと受け流す。

それというのも桜夜は此処最近頻繁に感じるようになった視線について考えていたからだ。
桜夜は人の視線に敏感だ。
そして其処に潜ませた感情についても同様だ。

観察されているようで気味が悪い。
自分もよく人間観察をする方だが、誰かから観察されるなんて冗談じゃない。
むしろ吐き気さえする。

そんな事を考えていると徐々に桜夜の顔に不穏の色が映っていく。
新羅はそれに気付かず恍惚な表情で首なしライダーについて語っている。

「それでね桜夜!もうほんっとうにその時のセルティは可愛くって、」
「へー・・・」

だが桜夜はこの時点で気付くべきだったのだ。
岸谷新羅が紹介する"普通ではない人物"について。

彼が紹介する人間なんてそう多くはない事位知っている筈だったのに。



そうして、運命の時間がやってきた。
場所は屋上、桜夜は背が高い男子に凝視されていた。


「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・新羅」
「何、桜夜?」
「私は何で彼に睨まれてるの?
まだ何もしてないよね?」
「まだっていつか静雄になにかする予定なの?」
「!」
「言葉の綾だよ、ていうか話が拗れるからもう質問にだけ答えてくれる!?」

前門に長身の男子生徒、後門に飛び降りる事を防ぐ為のフェンス。
桜夜の退路は文字通り防がれた。


新羅と話をしただけなのに何故か男子生徒、もとい平和島静雄から浴びせられる視線が更に強くなった。
恐る恐る彼の顔を見れば其処には眉間に皺をこれでもかと言わんばかりに寄せている。

・・・・・・おかしい。
自分は本家とは違い、まだ彼には本当に何もしていない。
断言する。何なら神様に誓っても良い。
お前無論信者だろと言われても其処は無視の方向で。


「・・・お前が、折原桜夜か」
「(声が低い低い低い!ていうか何で新羅は平然としていられるわけ!?)
・・・そうだよ、そういう君は平和島静雄くんだっけ?
一応初めまして、って言った方が良いかな?」

桜夜はいつもの笑顔ではなく、何処か引き攣ったような、それでいて歪な笑顔を静雄に向けて対峙する。

笑顔は人間関係を円滑にする為の必需品だ。
しかし意外と知られていないが笑顔の起源は威嚇だったと何かの本で読んだ気がするが今は置いておこう。
流石に"本気"の彼の力を直に受けたいとは思わない。
誰しも自分の身が可愛い。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・うぜえ」
「・・・・・・うん?」
「うぜえうぜえ、・・・・・・ああああああっっ!!!」
「っは!?」
「え、ちょっ静雄、話が違、」
「あああああっめんどくせえええっっ!!」

めきめきと何かがひしゃげる音が聞こえたが桜夜は何から発せられたのか見る余裕は無かった。

否、その前に何が原因で静雄の怒りを買ったのか。
それさえも桜夜は知る術を見付けられないまま、慌てる新羅を他所に文字通り命を賭けた鬼ごっこが開始された。


「え、何この展開新羅一体何言ったわけ?」
「僕は何も言ってないけど!?何その僕が犯人みたいな言い方!」
「私も人の事は言えないけど君も大概変人だからね、疑われても仕方が無いと、思う、けどっ」

とん、とん、と不規則な動きで静雄の攻撃を紙一重で躱す桜夜は軽口を叩いているが、その実余裕なんて無かったりする。
これでもギリギリで回避しているのだ、静雄が力任せではなく計算ずくの攻撃をしかけようものならとっくに桜夜はお陀仏だろう。


「っねえ静雄、俺は君の為を思って桜夜を紹介したんだよ?
これじゃ本末転倒も良いとこ、」
「うるせえええええ!!」

がしゃん!

今度はフェンスを破壊したのを見て桜夜は今度こそ顔を引き攣らせた。

ああ、もうホント、

「付き合いきれないな、っと」


桜夜はそう言うと躊躇いもなく屋上から飛び降りた。
驚く新羅と静雄を尻目に、桜夜はふと思考した。


人間は面白い。
特に腹に一物を抱えた人間は。

だけどそれとは別の、明らかに"人間"という括りを超越した"人間"は苦手だ。

自分の中で掲げる道理も常識も簡単に覆し、破壊して、粉々に潰せるのだから。


「―――、」


自分は折原臨也じゃない。
だから彼の天敵であり仇敵の平和島静雄とはもしかしたら仲良くなれるのではないかと思った。

だけどそれは想像であり妄想であって、現実はそうではなかった。

自分の思い通りにはいかなかったのにも関わらず、自分が殺されかけたのにも関わらず。

桜夜は笑った。
笑って哂って、歪に嗤いだした。

「あははっ、だから人間は本っっ当に面白い!見ていて飽きない!
私を退屈にさせない人間が大好きだ!」


平和島静雄とは仲良くなれない。
それを痛感した今、嘆くなんて真似はしない。
仲良くなれないなら、別の関係を築こうじゃないか。

本家と同じ、天敵で仇敵という、まさに一触即発な関係を。

懐に隠し持つナイフを片手に、こういう時に必要だと思ったパルクールと体術を使って君との戦争のような日常を。


「―――私を敵と認識したならそれで良いさ。
私も全力でお相手するよ平和島静雄くん、いや・・・この場合はシズちゃんと呼ぶべきかな。
まあ、精々壊れないでよね私は結構追い込むのが好きみたいだし」


そう呟くのと同時に桜夜の足と地面が音も無く接触する。
視線を屋上から前へと逸らすと、瞠目させたまま硬直した柘榴色の髪と瞳を持った少年と目があった。

桜夜はふと入学式の事を思い出しながらも、不敵な微笑でその少年にひらり、と掌をふるととても屋上から飛び降りたとは思えない足取りで校舎へと姿を消したのだった。



―――これが折原桜夜と平和島静雄の仲違いした瞬間。

―――これが折原桜夜と赤司征十郎の一方的なファーストコンタクト。

前作の続きです。
今回はこうして静雄と意味不明のまま仲違いし、赤司ともこの時出会いましたよ、というのを書きたかったのです。
個人的には凄く満足な話でした!


20150826