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!前回の紫原・氷室side



課題に追われていた紫原達だったが、その中でもかなりハードスケジュールをこなしていた葵がとうとう倒れてしまった。

その事を聞いて紫原がまず思ったのが「ああ面倒な事になりそうだなあ」の一言に尽きた。
実際、葵が風邪によって学校を休んだと知った時の氷室の顔は当分忘れそうにないと断言出来る程だった。


そして現在、紫原は氷室の対応に手をあぐねていた。


「・・・室ちん、いい加減にしてよ。放課後葵ちんの家に行くんでしょー」
「・・・ああ。
せめて葵ちゃんを近くに感じられるように、彼女が隠し持っていた『恋しよっ』を読もうと思うよ・・・」
「待って室ちん、なんで葵ちんが隠し持っていた少女漫画を持ってんの?
ていうかそれ私物なの?疑問に感じてるのってもしかしてオレだけ?」


色々おかしい台詞が聞こえた気がするが氷室はそんな紫原を黙殺する。

此処で敢えて氷室を擁護するならば、葵が持っていた学生鞄に資料用として忍ばせていた少女漫画を氷室が偶然見てしまい、それをきっかけに氷室が興味本位で買ってしまったという至って単純な理由だ。

謂わば、後に浪漫学園にて某演劇部部長(男)が葵と同様の理由で忍ばせていた少女漫画を事故で目撃してしまった某演劇部部員(女)が衝動的に同じものを購入してしまったのと同じ心理である。


紫原がまるで犯罪者でも見るような目つきで氷室を見ているが彼はそれに気付いているのかいないのか、この場にいない彼女の名前を連呼するのみで全く効いている素振りさえ見せない。
・・・少女の名前を連呼する氷室の姿は傍から見たらただの危ない人である。

美形であっても通報されるだろう。ていうか一回葵ちんに見られて幻滅されたら良いのに。

紫原は心中でそう呟いた。


「葵ちゃん葵ちゃん、」
(・・・此処まで想われていたら葵ちんも女冥利に尽きるだろうなー・・・)

最早紫原は氷室を遠巻きに見る勢いで傍観しようと静かに決めたが、ふと氷室を見るとその考えは瞬時に一蹴した。

「・・・!マミコ・・・!!」
(室ちん、普通に読んでない?)

放課後にお見舞いで会えるというのに何故其処まで恋しがれるのか。
やはり恋愛とは理解不能な感情だとつくづく思い知らされる。


紫原は彼と同種の変人に見られるのは流石に避けたいのでとりあえず話題をずらす事にした。
・・・普段身長やら膨大なお菓子を食べる所為で常日頃からヘンな目で見られている事は気付かないふりをして。


「ていうか少女漫画でそんな共感するところあるの?」
「っ他の少女漫画は知らないがとりあえず此処!
このマミコと鈴木が離れ離れになった所なんて今のオレ達にぴったりだ!」

そう言って見せられたのは主人公のマミコが婚約者に攫われてしまい、アメリカへと行ってしまった鈴木を想い、嘆き悲しむシーン。


『私達、もう会えないの・・・!?』


「葵ちんには学校から十分位歩いたら会えるけどね」
「何言ってるんだ、これ位寂しいって事だぞ!
アツシは分かってない!!」



紫原の限りなく正論に近い台詞は自論で一刀両断された。
キセキの中でも問題児とも言われた紫原だがこと暴走した氷室に関わればたちまち常識人になるのだから不思議である。


「オレは今こんな気持ちだよ!!」

そう言ってまた見せられる漫画のワンシーンに紫原はもう突っ込む気力が無くなりそうになった。

『このコロッケ、サクサクしていてとっても美味しい!!』


「室ちん、見せるページ間違えてない?」



  □■□



そして場面は変わり、コンビニにて氷室と紫原は葵へのお見舞い品を購入すべく色々棚を物色していた。

「アツシ、何のお菓子を買うか決めたかい?」
「もうちょっとー」
「全く・・・この後ドラッグストアにも寄らないといけないんだから早くしてくれよ?」
「うん、分かったー」

既に葵に渡す分の品物は籠の中だ。
後は自分が選ぶ駄菓子だけ。

どのお菓子を買おうと吟味していると不意に氷室から声をかけられた。

「・・・そうだアツシ、日本のお見舞いってどんな感じなんだ?」
「はあ?」

胡乱気に己を見る菖蒲色の双眸は言外に「何を言ってるんだ」と物語っている。

「だって未来の家族になるかもしれないだろう?
粗相があって修羅場になったらどうするんだ」
「なんでお見舞い如きに其処まで発展するの?
あれなの?室ちんは昼ドラ好きなの?」

「アツシは分かってないな。
午後の授業中ずっと色々とシミュレーションをしてみたんだけど・・・多分こうなる」



『葵は君には渡せんなあ!!』
『何処の馬の骨とも分からない人に娘は渡しません!』
『お姉ちゃんは私のものよ!!』
『姉貴は渡さない・・・!!』
『葵が欲しくば俺を倒すんだな!』




「どうやったらそんな修羅場になるの?」



上から野崎父、野崎母、野崎妹、野崎弟、野崎兄。
確か彼女は両親と兄、弟妹の六人家族だった筈だから数は間違っていない。

紫原はそんな事をぼんやりと考えつつも氷室へツッコミを入れる。
おかしい、自分はバスケ部員であって決してお笑い要員ではなかった筈だ。
勿論隣りにいる帰国子女の彼も。

「そんな後ろ向きな考え方じゃなくてもっと前向きに考えなよ」

嫌われるより好かれる方向に。
げんなりとした表情でそう言い放った後輩に氷室ははっと何かに気付いたように目を瞠らせた。

「そ、そうだな・・・例えばこうか」
「?」



『好きです・・・!』
『母さん何言ってるんだ!?』
『そうだぞ母さん!』
『氷室さんは私が目を付けてたのよ!!』
『こうなったら彼を賭けて勝負だ!!』




「だからなんで修羅場になるの?」



氷室が改めてシミュレーションした内容に本日何度目かによる紫原のまっとうなツッコミが虚しくコンビニにて木霊する。
紫原の中で氷室は昼ドラ好きなのでは、というあらぬ疑いがかけられたのは言うまでもない。





そんなこんなでようやく葵が住むマンションに辿り着き、後はインターフォンを押すだけというところにまで差し迫っていた。


「・・・・・・」
「じゃー室ちん、インターフォンを押すよー」
「待ってくれアツシ!!家族の人が出てきたらなんて言えば良いんだ!?」
「・・・初対面なんだから初めましてって言って、簡単に自己紹介でもしたら?」

なげやりな感じでアドバイスをするといつもの落ち着きは何処に行ったのか氷室は冷静さをかなぐり捨てた様子で紫原に詰め寄った。

「葵ちゃんが出てきたらなんて言えば良いんだ!?」

其処は普通に挨拶しなよ。
ていうか室ちんこれお見舞いだよ?お見合いじゃないんだよ?
色々構えすぎだってー」

面倒臭いという感情を前面に押し出しつつ、紫原はインターフォンを押そうとした瞬間。

不意に開けられた扉に紫原は一瞬全ての思考が停止した。

・・・え。


「人の家の前で何喋って・・・あ?」

赤みがかかった黒髪、特徴的な眉毛。

自分程とはいかないが高身長の男に紫原は何故此処にいるのか。
そう問おうとしたのだがそれよりも先に言葉を発したのは氷室だった。

「・・・・・・た、タイガっ!?」
「タツヤっ!?」
「え、なん、ここっ・・・」

恐らく氷室が言いたいのは「何で、此処に、」だろう。

何故葵の家に火神がいるのか。
そう紫原が問おうとしたのと隣りにいた氷室の混乱が頂点に達したのは奇しくも同時だった。


「――――っっアツシぃいいぃいいいい!!」


大抵の事は笑顔で乗り切る氷室を此処まで動揺させる野崎葵という人間は本当に凄いな、と半ば現実逃避しながら痛感する紫原。
紫原の受難はまだまだこれからだ。

というわけで紫原・氷室sideでした。
内容はほとんど千代・みこりんの野崎家お宅訪問のパロだったのですが、とりあえず氷室のキャラが崩壊してきたと痛感しました。
氷室ファンの方すみませんorz


20150315