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すっかり劇の台本を現実のものだと信じ込んでしまっている氷室と紫原、そして火神だったが、氷室よりも幾分か冷静さを取り戻した火神はひとしきり唸ったところで葵達が持つ台本に気付いた。

・・・あれは、なんだ?

野崎家でよく繰り広げられている突拍子の無い会話の数々に耐性が付いている火神は暴走しつつある氷室を視界に入れないようにしつつ、千代に目で訴えた。


・・・一体何事なんだ?・・・です。

・・・え、えーとぉ・・・。

千代は火神の問いかけに視線を彷徨わせる。
答えたいのは山々だが果たしてどう答えたら正確に伝わるのか。
否、それよりこの重苦しい空気は一体何なのか、梅太郎の前に立ち塞がる恐ろしく顔立ちが整った黒髪の男子は何者なのか。


双方の混乱を余所に話はより拗れていく方向に進んでいく。


(ななななんで氷室先輩が此処に!?
も、もしかしてこれは事情を察した先輩のアドリブ!?途中参加なのになんて演劇派なの氷室先輩!!)
「(くっいきなり割って入った割にはやるじゃねえか・・・!
しかも舞台映えする顔だな・・・まあ鹿島には負けるがな!)
仕方ないんだ、姫も魔女も両方魅力的なのが悪い。
そう、私はどちらか一人なんて選べる筈が無い・・・!!」
「そんなっ・・・!そんな仕打ちって無いわ!
もうイヤ!貴方なんか知らない!貴方なんか忘れて幸せになってやるんだから!!」


まさかのアドリブ!?そして演劇続行!?


堀と葵のまさかの切り返しに千代と梅太郎の心中は一致した。
ぎょっと目を開くも突っ込みが追い付かず更に事態は混沌を極めた。
そして置いてけぼりを食らわされている紫原と火神は依然事態を掴めない。

「・・・ねー葵ちん、風邪だって聞いてたけどそんな大声出して大丈夫なわけ?
ていうか何なのその芝居めいた口調?」
「む、紫原・・・」

空気を敢えて読まず、むしろぶち壊した紫原の言動は彼らにとってはファインプレーとも言えた。
しかし劇を続行させていた堀と葵においてはきょとりと目を瞬かせた後―――そういえばと我に返る。
そして今度こそ劇を中断させた。


「・・・そういやそうだな。
悪い野崎妹、熱はぶり返してねえか?どうも劇の事になると熱くなってしまうな・・・」
「い、いいえ此方こそ未熟なのに付き合ってくれてありがとうございます」
「いや粗削りだけどなかなか良い筋してるぜ。勿論佐倉もな」


目の前で織り成される会話に火神はこれでタツヤの誤解も無事に解けた、と一息つく。
何とも傍迷惑だった。
出来るならもう二度とこんな嫌な汗をかく修羅場に遭いたくない。絶対にだ。


火神がそんな事を思っている中、氷室はというと。


(三人の会話を整理するとつまり・・・)

熱を出しているのにも関わらず葵は台詞合わせに付き合っていた事になる。
だがその事を知っているあの茶髪の男はあろうことか続行したという事で・・・。

病人の彼女を?
まだ若干頬が火照っていて、完治していないのは明らかなのに?

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。


「・・・タツヤ?」
「室ちん?」

「よし、殺ろう」

「なんでだよ!?」

殺気立ったその目に火神は絶叫した。
一体全体何故その思考回路になったのか。


火神は考えるよりも先に氷室にタックルをかましたのは言わずもがなである。



  □■□



「じゃあもう熱って殆どないってことー?
なんかまだ顔が赤いけどそれって葵ちんの気のせいじゃないの?」
「そうだよ葵ちゃん!
台詞合わせで気付かなかった私が言うのも何だけど、葵ちゃん寝た方が良いよぶり返しちゃう!」
「む、紫原君、千代先輩」

責めるような口調で正論を突きつける紫原と献身的な態度の千代に葵はぐうの音も出なかった。
・・・何より口よりも目で雄弁と語る残りの男性陣に、下手な口答えなど出来る筈が無かった。

所詮一対複数。
勝敗は目に見えていた。


「う、・・・」

個人的にはもう大丈夫なのに、という思いと兄達の配慮にせめぎ合っていると、此処で氷室が動き出した。


「・・・?氷室せんぱ、」

こつん

「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・』



そんな軽い音に次いで訪れたのは恐ろしい程の沈黙だった。
何てこと無さ気に氷室は葵の額に己のそれを当て、熱を測っているがそれを間近に見せつけられた千代達は思わず茫然自失した。

「ひ、ひむ」
「・・・そうだね大分火照ってるから早く寝た方が良いね、寝室は何処?
連れて行ってあげる」
「っ!!いっ良いです大丈夫です一人で行けます!!」
「葵ちゃんは病人だろ?途中で倒れたらどうするんだ」
(ええええええええ)

火照るという単語を通り越して最早茹蛸になった妹に梅太郎はこの時、兄としてではなく少女漫画家としての己を躊躇なく行動した。
―――とどのつまり、何処から取り出したのかスケッチブックとシャーペンをそれぞれ片手にスケッチし始めたのだ。
勿論それを見過ごせる程アシスタント組は甘くも優しくもなかった。

「っ!!葵!氷室!そのまま動くな!最低でもあと十分はそのままの体勢でいてくれ!」
「先輩何言ってんだ、です!」
「っっおい野崎一体何言ってんだ!つか自重しろぉおお!」
「野崎くん!!お願いだから手を止めよう!?」
「止めるな佐倉に堀先輩!!此処はまさにネタの宝k」
「・・・えーと・・・?」
「(ネタ?)・・・とりあえず室ちん離れなよ、葵ちん悪化するよ」
「え?」

紫原の何処か同情交じりの台詞に氷室は素直に葵の方へと視線を向ける。
其処には千代達が止めようとするのも無理はない位取り乱した葵の姿があった。

「野崎くんもう没収!!」
「なっ佐倉・・・!頼むもうこんなシチュエーションが無いと思、・・・そうだ佐倉、ちょっとモデルに」
『!?』

更に爆弾を投下しようとする兄に葵の何かが振り切れた。

「〜〜〜〜っもう兄さん黙ってぇえええ!!」

そう絶叫した直後、葵の体が後ろに倒れ、風邪が悪化したのは・・・言うまでもない。

物凄く難産でした。
何度も書き直してという繰り返し。色々パターンを考えたのですよこれでも。
勢い余って氷室が告白するとか外に連れ出すとか。
でも前者をすると本編終了するので没案に。

今回で風邪ネタは終了。次はどれにしようかな!
何か案があればお聞きしたいです(^^)

20150809