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「大丈夫、葵ちゃん!?
差し入れいろいろ持ってきたよ!!」
「無事かー野崎妹」

そう言って部屋の中に入ってくるのは千代と堀。
二人の掌にはコンビニで買ったのであろうゼリーや冷えピタ、更には墨汁なんてものもあった。

・・・何で墨汁?
確かに漫画家としてSOSのメールの意味は墨汁、という方程式があるかもしれないけど。
いやいやそれよりも兄さんは一体どんなメールを送ったの?

などという葵が素朴な疑問を抱くも、千代の問いかけにそれは霧散する。

「葵ちゃん、熱はどう?
野崎くんがいたから悪化はしていないと思うけど・・・」
「あ、はい。私って元々風邪をひいても大体一日二日で治る方なので心配無用なんですよ実は!
あと、差し入れありがとうございます千代先輩!」

にこにこと笑う葵の顔は僅かに赤いが、それ以外でおかしな所は見られない。
どうやら無理している、なんて事はなさそうだ。

「そっか!それなら良かったーいきなり野崎くんからメールが来た時はビックリしちゃったよー」
「それは・・・ご心配をおかけしてすみません」
「あ、ううん!そういう意味じゃなくてね!」

俯く葵と慌てる千代。
そんな二人を横目に堀は差し入れが入った袋を机に置く。

「あれだけ佐倉と話せるなら大丈夫そうだな」
「昔からあいつは寝込む方じゃなかったので」
「そうなのか?」
「はい。この前なんかは病院に行くまでは普通に病人だったんですが、病院に着いて診察室に入るまでの間に回復してました
「それ病院に行く意味あるのか?」


堀のまっとうな意見に梅太郎はですよね、と頷く。
だが事実なので仕方が無い。


「っと、あれ?
野崎、これ劇の原稿か?出来てたのか?」
「え?・・・ああ、いえこれは失敗作です」
「は?失敗作?」

頭を抱える梅太郎に訝しみつつもとりあえず学生鞄を置き、隣りに置いてあった演劇部の台本を斜め読みしてみる。

「・・・・・・」
「・・・・・・」


「あれ?堀先輩、何を読んでいるんだろう・・・」
「・・・あ、多分例の台本かも」
「?例の台本って?」


葵が千代達が来るまでの会話を端的に話しているのを堀は耳半分で聞きつつ、台本の方に意識を向ける。

「・・・王子がまんま鹿島だな」
「はい・・・今まで"王子"のイメージだけで考えていたので・・・」
「という事は鹿島に会ったのか?」
「はい。正直失敗しました」
「そ、そうか」

落ち込む梅太郎に堀は確かにこれは失敗作だな、と納得する。
花形の王子がただのナンパ男では劇の魅力が半減以下だ。
それだけは避けたい。


「・・・そうだ、葵にも話してたんだが、三人共ちょっとこの台本を読んでくれないか?
イメージを変えたい」
「あ?ああ、別に良いけど・・・」
「私も?」
「え、ホントにやるの!?」
「ああ頼む。じゃあ配役は葵がヒロイン、堀先輩が王子、佐倉は魔女兼王子の浮気相手で」
「最後の配役で一気に昼ドラ感満載だよ!!」

千代のツッコミに堀と葵は無言で頷いた。



  □■□



読み合わせをする為、テーブルを端に移動させる。
その中央に葵と堀、千代の三人が並ぶが千代と葵は落ち着かない様子で視線が泳いでいる。

それもその筈、堀は演劇部であり去年までは舞台で演じていたから慣れている。
しかし対する二人は演劇とは無縁の生活を送ってきたのだ、緊張するのは当然だろう。

(ほ、ホントにやるんだ・・・うう緊張するよおおおおお)
「はい、じゃあヒロインから」
「うぁっはい!」
「頑張って葵ちゃん!」
「っ千代先輩・・・!が、頑張ります!
え、えーと・・・『私はキャロル・・・、キャロル姫と呼ばれています・・・。
貴方の、名前は・・・?』」
「『・・・私はレミリオ・・・初めまして、美しいお嬢様』」

『!!』

二人は初めて聞く堀の舞台声に思わず赤面した。
流石主役を演じる為に日々練習してきただけあり、演劇に疎い二人でも分かる位彼は上手かった。

(先輩、本当に上手いんだ・・・!!)

千代がそう感動するも、盛り上げるのが堀ならば盛り下げるのもまた彼だった。


「『姫も魔女も魅力的だから俺は両方頂きたい!!宜しいか!!』」


(台詞ひっどいけど)

宜しくねェよ。

この場にいない筈のもう一人のアシスタントもとい火神がもしいたならそう突っ込んだに違いない。
千代のその予想は外れていなかった。

千代がそう思っている一方で、葵は兄と堀の真剣な眼差しに心を引き締め、台本を持つ手に力が篭る。

「(読み合わせといえども先輩にとっては本気の演技・・・!)
『なんですかその女っ!
私の事は遊びだったのですか!!』」
「『いいや本気だ!!本気で愛している!!
ただその愛の花が沢山蕾をつけてしまっただけだ・・・!!』」
「『そんな・・・私のことを愛しているって・・・言ったじゃない・・・!』」
「『っっ・・・もういや・・・!!私、耐えられません!!』」
「『っ待ってくれ!』」
「『離して!そして来ないで!私の事はもう放っておいて!
其処の魔女と好きにすれば良いじゃない!』」

演技において素人である筈の葵だが其処は台本通りに泣く演技をしている。
梅太郎は秘められた妹の才能が開花したのかな、また自分の作品でやってくれないかな、などと考えていたりするが葵達は読み合わせに夢中だ。
徐々にヒートアップする劇に収拾がつかなくなってきた所で、玄関付近が騒がしくなってきた事に梅太郎は気付いた。


(?もしかして火神、か?いやもしかしたら御子柴か・・・)

「『君の方が大事なんだ!』」
「『いや!貴方が憎い!あんなに愛を囁いてくれたのにっ・・・!!』」
「『その言葉は本気だ!』」

丁度良い、残っているメイドのミサの役を演じて貰おうと台本を片手に玄関に通じる扉を開こうとした、まさにその瞬間。

ばんっと勢いよく開け放たれた扉の向こうに立つのは艶やかな黒髪と眉目秀麗な顔立ちがよく目立つ青年がいた。
・・・何故かよく分からないが妙に殺気立った表情だ。

更に後ろにいるのは御子柴ではなく火神のようだ。
しかし何故か分からないが頭を抱えており、その火神の隣りには自分よりも背が高く、紫色という珍しい髪色を持つ男子がいるのも視界に入れる。
其処まで現状認識が出来た梅太郎ははて、と首を傾げた。


・・・紫色の髪の男と黒髪の男が着ている制服は妹が通っている陽泉高校のものだ。
という事は今日休んだ葵のお見舞いか何かだろうか。

色々聞きたいのは山々だが、火神達の前にそびえ立つ彼がそれを許さない。


「えーと・・・どちら様d」

「お前みたいな最低男に彼女は渡さない!!」

突如発せられた言葉に梅太郎は思わず絶句する。

誰だ、本当に彼は一体誰で葵とはどういう関係だ。
着ている制服から陽泉高校生徒だというのは分かる。
だが逆に言えば分かったことと言えばそれだけだ。
それ以外の情報が全く無いから余計に頭が回らない。


梅太郎は若干顔を青褪めながらぐるぐると思考をフル稼働させるも正解を導き出せる筈もなく。


「・・・・・・火神、これは一体・・・・・・」


「室ちん・・・」
「うぁあああぁぁあああ・・・・・・」

呆れかえる紫髪の男子、頭を抱えて苦悩の表情を浮かべる火神。


・・・一種の修羅場が、此処に来て完成した。

というわけで陽泉Wエースと夢野咲子と愉快なアシスタント組邂逅です!
漸く出会ったわけですが、私もこういう流れになるとは思わなかった。
誰かネタを下さい。


20150215