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「す、すみません氷室先輩・・・ちょっと寝不足気味で頭が可笑しくなってたみたいです・・・」

後ろめたさによるものからか、葵の目は氷室に向ける事は出来なかった。
おどおどしている姿に紫原は冷たい目を向けているが氷室はその真逆で抱きつきたくなるのを必死に耐えていた。

何だろうこの可愛い生き物連れ帰っても良いよねむしろ構わないだろう勿論答えは聞いてない!


「くっ・・・これが萌えか・・・!!」
「室ちん頭大丈夫?」
「え?え?」
「あ、葵ちんは気にしないで」

いつもの事だから、と心の中で加えておく。
大分紫原も氷室に対する扱いも分かってきたらしい。
彼もなかなかに辛辣である。


「(面倒臭いなーもう)・・・ねえ葵ちん、オレ達の練習しているところに見学しに来ない?」
「え?」
「葵ちんが見に来てくれたら室ちん元に戻るから(多分)」
「・・・何で私?というより私が行っても何か変わるとは思えないんだけど・・・」
「大丈夫大丈夫、むしろ葵ちんじゃないとダメっぽいし」

賭けても良いよ、と緩い口調で言う紫原に葵の頭に疑問符が尽きる事はなかったが拒否出来無い何かを紫原から感じ取った為、葵は素直に首肯する。

「別に良いなら行かせて貰うね。
あ、見学ついでにスケッチしても良いかな?」
「えー?何それ葵ちん美術部だったっけ?」
「そういうのじゃなくて・・・うーん私の趣味、かな?」
「ふーん・・・・・・良いんじゃない?雅子ちんも許してくれると思うし」
「やったあ!ありがとー紫原君!」

そんな会話を他所に氷室は未だ悶えていたのを葵は知らない。



  □■□



体育館で練習するバスケ部を体育館二階で見つつ、葵は徐にスケッチブックを開く。
そして考えるのはやはり漫画のこと。


うーん・・・結局どうしようかなあ。


葵がうんうんと唸りながら考えるのは自転車の事である。
担当に二人乗り自転車についてのくだりは却下されたので再び代替案を考えていたのだが、最早鉄板ネタしか思い付かなかった。


こうしたって始まらないし、とりあえず気分転換にバスケ部をスケッチしよう。
なにかの拍子にネタが思い付いたら万々歳って事で。うんそうしよう。


「・・・・・・よし。いきます」


髪ゴムを忘れてきたので髪がおろしたままの状態でスケッチブックと向かう。
垂れ流しにしている所為で何回も髪を耳にかけながら練習風景を次々と描き上げていく。


葵の特記事項としてこれから語るのは兄さえも凌駕する、完成度の高い状態で描きあげる速筆である。
デッサンに関しては五分以内であればどんな角度であろうと描き上げられるという最早一種の才能を葵は持っていた。


やっぱりバスケ部だからかな・・・背が皆高い・・・兄さん以上が三人?かな・・・・・・筋肉がしっかりついてる・・・そういえばかがみんも若松君も筋肉がしっかりついてたなあ・・・・・・。


そんな事を思いながら描き上げていった幾つものデッサンを見て葵はある事に気付いた。


「・・・・・・・・・あれ?」


色々と思い返していくうちに出来上がった二十枚程のデッサン。
その中でも半数以上を占めるのは―――。



「葵ちん沢山描いてたけどどんな絵を描いてたのー?」
「・・・・・・あ、紫原君」
「ねーこれ見ても良い?」
「え!?あ、ちょっと待っ」


葵達の会話を他所に別件で盛り上がるのは他のレギュラー部員である。
ちなみに今は休憩時間に入っており、ただただ静かに絵を描き続ける葵を物珍しそうに見るのは仕方が無かったと言える。
何せ今までそういう女子はあまりいなかったからだ。


「あの女子は美術部か?」
「ホントに絵を描いているだけだったアル」
「いつも悲鳴をあげる女とは違うみたいだな」
「まさか紫原の彼女とか言うんじゃ・・・・・・ヒッ
違いますよ主将。彼女はオレの」


岡村が何かを言おうとした瞬間、氷室が絶対零度空気を醸し出す。
しかしそれと同時に紫原が発した台詞により氷室の動きが止まり、その不可解な行動に岡村達が更に疑念を抱いた。


「えー何これ葵ちん、半分以上が殆ど室ちんの絵じゃん」
「ううっそ、それは!ただ気になった人を描いていたら自然とそうなったっていうか!
氷室先輩凄く綺麗というか、兄さんとはまた違うプレイスタイルでまるでお手本?ううん、えーと、そう!教科書みたいで自然と視線が引き寄せられて、こう創作意欲が沸くというか」
「あーはいはいご馳走様」
「何で惚気話を聞かされたような台詞を言うの!?
違うよ紫原君!断じて違う!何かヘンな事考えてるでしょ!?」


ぽかぽかと軽い効果音がつくような連続パンチが紫原を襲うが彼は全くノーダメージである。
葵は葵で必死なのだろうが彼の腹筋の前では無意味な行動極まりない。
彼女の身長が平均よりも小さく、また対比する人物が紫原な事もあり彼女がより小柄に見える。
まるで小動物だと思ったのは決して少なくない。


「・・・・・・あいつら話が丸聞こえだっていうの知ってんのか?」
「何じゃ!結局あの子も氷室なんか!
バスケ部はモテるって聞いたのは嘘だったんか!?」

男泣きする岡村に向けられるのは冷たい二対の目。
言わずもがな向ける人物は劉と福井である。

「バスケ部だろうがそうでなかろうがお前はモテねえよ」
「キモイアル、ケツアゴリラ」

そういえば当事者である氷室はどうなのか、と思って氷室の方へと視線を向けるが、其処には誰もおらず辺りを見回すといつの間に移動したのやら件の女子生徒と紫原の所にいるではないか。
しかもいつも見ている笑顔とは別の、喜色を前面に押し出した笑顔を浮かべながら。


「葵ちゃん、オレを沢山描いてくれたんだって?」
「あ、室ちん」
「!!ひ、氷室先輩!?」

人畜無害な笑顔に見えるが明らかに意地が悪そうな色も滲ませている。
まるで好きな娘を苛めている少年の図である。
此処で割り込んでも損しかないと紫原は察した為、静観する事にした。
彼はゆるい言動と性格に反して保身に関してのやり方は熟知していたりする。
これも全て中学時代の経験の賜物である。

閑話休題。話がそれた。


「ち、違うんですこれはその」
「でもそれだけオレを見てくれてたって事なんでしょ?」
「う、う、」
「・・・そうだ。ねえ葵ちゃん、部活が終わるまで後三十分あるんだ」
「その、・・・・・・・・・え?」
「今日良かったら一緒に帰らない?」
「・・・ええ!?で、でもそんな悪いですよ!」
「もう外も暗くなってきてるし女の子一人だと危ないし送るよ」
「私の家、そんなに遠くないですし!そ、それに私この後買い物に行かないといけないのでどっちにしたって先に帰って貰うかと、」
「じゃあ着いて行くよ」
「!?」
「それにそうして歩けば少しでも長く葵ちゃんといられるしね」


怒涛の展開に葵は回らない頭でぐるぐると考えていたが、その一言で葵の全てが一時停止した。


「・・・・・・・・・」
「・・・葵ちん?」
「葵ちゃん?」


ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。


そんな虚しい音が氷室と紫原の頭の中に響いた。気がする。
依然無言のまま、且つ何故か瞠目したままで固まっていた葵だったが、何の前触れもなく動き出したのも突然だった。


「っっありがとうございます!氷室先輩!」
「え?」
「おかげで(漫画のネタ的に)何とかなりそうです!
氷室先輩のおかげです、このお礼は必ずしますね!」
「・・・え?」
「すいません私急遽用事を思い出したのでこれで失礼します!
見学ありがとうございました!」
「え?え?」

氷室が何とか事態を把握しようとしたのも束の間、その間に葵はとても帰宅部とは思えない速度で走り去るのをそのまま見ている事しか出来なかったのは余談である。



  □■□



「兄さん仕事は進んでる!?自転車ネタ出来たよ!」
「何だと!?でかした葵!」

こうして数日後無事に原稿が出来上がる事になるのだが千代は改めて漫画を作るのは大変なんだなあと痛感したのだった。


アニメ一話最終話。一体どれだけかけてんだと言われてもおかしくはない量。
どうも『青空』はお互いがお互い振り回す傾向が強い模様です。
野崎くんアニメお疲れ様でした!最新刊楽しみにしてますT先生!


20141018