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野崎葵は奇行種である。
だがしかし、知る人は知っている。
葵だけではなく、彼女の兄の梅太郎も知る人ぞ知る変人であると。




「・・・兄さん、今月のネタはどうするの?」
「そうだな・・・自転車ネタはどうだ?
鈴木はチャリ通、マミコは徒歩で登下校しているが敢えて此処で下校の時に一緒に帰る展開に持っていこうと思う」
「そっか。じゃあ其処に至るまでの過程と・・・後はどうやって鈴木とマミコを一緒に帰らせるか、だね。
不自然にならないようにするにはー・・・」
「うーん・・・とりあえず少女漫画でも法律違反すると怒られるからな。
二人乗りはアウトだ」
「うーん・・・」

他の少女漫画とは被らないようにする。
それが一番難しい。

葵はうんうんと唸りながら漫画の構想を練り始めるのだった。



  □■□



(鈴木はチャリ通なんだよねえ・・・私の周りに異性にモテて、且つチャリ通の人っていたかなあ)
「何考えてんの葵ちん」

のんびりとした声音と口調で葵に話しかけるのは紫原敦。
身長差が約50cmある為か、葵に大きな影がかかっており葵から紫原の顔を窺う事は出来無い。

「・・・紫原君?」
「あ、なんかおいしそーな匂いがする・・・ねーちょーだいそれ」
「え?」
「あクッキーはっけーん」
「・・・じ、自由だね紫原君・・・」

紫原にとって葵に対する第一印象はあまり良くなかったがそれも一時の事。
作り過ぎたから持っていくと良いと兄から渡されたお菓子類を紫原に見付かり、物欲しそうな目に耐えれず全てあげた瞬間から紫原の中でそれらは全て吹っ飛んだのだがそれは別の話だ。



「んでさー、さっきヘンな顔してたけど何かあったの?」
「・・・・・・へ、ヘンな顔・・・。そんな顔してた?」
「してた」

即答。
葵は反射的にずん、と落ち込むもそれは一瞬のこと。

「そういえば紫原君の周りに自転車通学の人っている・・・?」
「そんなの知るわけないじゃん。
いきなり何言ってんの葵ちん」
「・・・だよね・・・」


鈴木は自転車通学。
ならば一番手っ取り早いのは鈴木のモデルである"彼"に尋ねてみる事だが、如何せん"彼"が自転車に乗っている所を全く想像出来ないとはどういう事だ。


「うーん・・・あー・・・うー・・・」
「そーいうのうざいんだけどー」
「うーうー・・・良いじゃないちょっと位。
私だって悩むんだよおー・・・ああ、もう!
こうなったら人間観察に行くしかないかなあ」
「人間観察?」

その単語は空色の彼を思い出す。
紫原は殆ど無意識のうちに眉間に皺を寄せた。

野崎葵は奇行種である。
何度でも言おう、紫原は心底それを身をもって痛感していた。
・・・今度はどんな珍行動を取るのだろうか。
紫原が内心戦々恐々としていたのを当然の事ながら葵は知らない。

「そう人間観察。
とりあえず校門前に移動しようかな」

ちなみに今二人がいるのは渡り廊下であり、校門とはすぐ近くに位置する。
角を曲がればすぐ其処、という場所である。
時刻はそろそろ部活が始まる前という微妙な時間だが、紫原は現在担任に仕事を任された為遅刻しても咎められる心配は全く無かった。
故にこうしてのんびりとしていられるのだ。

「ていうか何でチャリ通?
前々から思っていたんだけど葵ちんって変な事を突然言うよねー」
「・・・・・・・・・な、ナンノコトカナ」
「・・・・・・まあ、別に良いけどさー」

片言になってる。
それで誤魔化せると思ったら大間違いだが、紫原は敢えて言及を避ける。
元々そんなに興味は無い。


葵と紫原の身長差から来る歩幅のリーチはかなり違う。
なので通常通りに歩く紫原の歩幅に何とか合わせようとする葵が小走りになるのは当然のことである。


「―――あれ、葵ちゃん?・・・と敦」
「げ、室ちん・・・」
「え、氷室先輩?・・・・・・氷室先輩!?

もうすぐ校門に着くという所で氷室と遭遇した葵と紫原。
此処で紫原は氷室の顔を直視出来なかった。

殺気が半端無い。
名前は個を表すとは本当らしい。
だって氷室の体から殺気という名の冷気が漂っている。
室ちん一人で地球温暖化問題を解決出来るんじゃないの?
いやいやそうじゃない。ていうかオレ詰んだ。リセットボタンは何処ですか。

紫原は現実逃避混じりにそんな事を考える。
そしてそんな紫原の心境など葵は知る由もない。


「あの、氷室先輩!
もし氷室先輩が自転車通学していたとして、徒歩で通っている女の子と一緒に帰ろうと思った時、どう誘いますか!!」
『・・・・・・・・・』


おどろおどろしい雰囲気を纏わりつかせながら紫原に謎の圧力をかける氷室に葵は昨日今日と頭を悩ませている疑問をぶつけた。
そしてその事で氷室は一瞬目を瞬き、紫原は何そのヘンに具体的な質問、と葵に怪訝な表情を見せる。
ちなみに葵は真剣且つ必死な表情であり、其処には一切の冗談等の類は含まれていない。

何せ氷室は兄が描いている少女漫画のヒーローのモデルである。
ヒーローもとい鈴木の事ならモデルの氷室に聞けば良いという至って単純な考えは間違いは無い筈だが相手は王子様系の容姿をした氷室である。
氷室=自転車という方程式がどうしても結びつかない、というのが正直な本音である。

そしてその考えは紫原にも伝わった。

氷室と自転車。
似合わなさ過ぎて想像すら出来無い。
ていうかホント何なの葵ちん。


「・・・えーと、葵ちゃん・・・?」
「葵ちん、話が飛躍しすぎてr」


しゃああああっ


校門近くにいた三人の前を何かが通過した。

『・・・・・・』


「・・・何だろ今のは・・・」
「二人乗り用の自転車?何か凄いカップルだねー」

黒髪の男子生徒とオレンジがかった髪の少女が二人乗り用の自転車を漕いでいたのを三人は見逃さなかった。
その為思わず絶句したのは言うまではない。
・・・特に黒髪の男子の身内である葵はとてつもない衝撃を受けた。


(兄さん何やってんの!?
いやその前に何あの自転車!?買ったの!?ていうか千代先輩だよね今の、何がどうなってそうなったの!?)

冷静さを欠いた頭で真相を掴む所業は流石の葵でも出来なかった。

20140914