カレンダーを見ててふと火神は思った。
そろそろ毎月恒例行事を迎える時期だな、とただ漠然と。
「火神君、どうしたんですか?
カレンダーをじっと見てますが何かありましたか」
「あ?あー・・・いや何でも無ェよ」
・・・とりあえず食材を買って帰ろう。
新しい人も増えたらしいしそれなりの量はいるだろうが余るという事はないだろう。
仮に余ったとしても自分もよく食べる方だし。
故に問題は無い。
「火神ーマジバ行かねー?」
「ワリ、今日は用事があるんだ、また誘ってくれフリ」
「え、珍しいな」
「まあな」
「・・・そういえば火神君ってマジバに行かない時が定期的にありますよね。
何かあるんですか?」
降旗の魅力的な誘いを断ると次は黒子の質問が飛んできた。
その内容に火神は鋭い、と内心で冷や汗を流す。
別に疚しい事なんてしていないが一部の人間から秘密にして欲しいと言われている為火神は言葉を濁した。
「あー・・・まあ野暮用というか何というか・・・」
「?あ、でも一人暮らしだもんな色々やる事が多いだろうし、そんなところ?」
「そ、そんな感じだな」
嘘が決して得意ではない火神は横から出された河原の助け舟に乗っかる形でそう頷いた。
これが誠凛男子バスケ部部室内で行われた会話である。
□■□
火神の隣りの部屋の住人は漫画家だ。
親元を離れ、兄妹だけで生活していると聞いた時、何だか自分と似ているなと思ったのは記憶に新しい。
年齢が近い事もあり、火神とその隣りに住む兄妹とは関係が良好であった。
インターフォンを鳴らし、住民がドアから出る前に火神は勝手知ったる何とやらを実行し家の中に滑り込むように入った。
廊下を歩き、リビングに繋がる扉を開ける。
其処には笑って火神を出迎える兄妹、もとい野崎兄妹が―――。
「兄さん13ページ目は何処にあるの!?」
「野崎くん!20ページ目のベタ終わったよ!!」
「野崎ィ!だからちゃんと背景の事考えろって言っただろうがああああああ!!」いるわけがなかった。
「・・・・・・」
漫画家にとって恐怖なのは〆切である。
今がその〆切間近であるこの時期は野崎家は毎月このような感じで修羅場を迎えていた。
状況から察するにいつもと同じ位の修羅場のようだ。
「おーい飯を作りに来たぞー・・・」
「っかがみん!?」
「かがみん言うの止めろ」食材が入った袋をキッチンに置くと、ようやく葵が気付いたらしい。
何処かの敏腕マネージャーと同じあだ名で呼ぶこの少女に思わず真顔になったのは仕方が無い。
よく自分は目つきが悪いと言われるが彼女には全く効果が無いらしいので結果オーライと言うべきか。
・・・ではなく。
「かがみん、いつもいつもありがとー!
ごめんね今ちょっといやかなり立て込んでて!美味しいご飯期待してr」
「先輩背景お願いします!!」
「またか!!」「・・・・・・」
「えーと・・・・・・何というか、ごめんね」
「いやもう慣れた」
ばたーーんっ
『っ!?』
「野崎ーーー!!」
「野崎くーーん!!」連日の徹夜に耐え切れなかったのか。
本日金曜日の夜、野崎兄が倒れた為更に事態が悪化した。
□■□
そんなこんなでそれから数時間後。
何とか原稿を終わらせる事に成功した葵と千代、堀は火神が作ったおにぎりを安堵と疲労が入り混じった表情で食べていた。
火神は一段落した様子でぐるりを辺りを見渡した。
原作者の野崎梅太郎は原稿を終えると同時に電池が切れたように眠りについているが最早気絶といっても大差は無いだろう。
アシスタントが増えたと聞いていたが恐らくあの大きなリボンを付けた少女がそうだろう。
葵から聞いた情報によるとベタ担当の佐倉千代。物凄い小さいがそれでも自分や葵よりも年上らしい。
・・・思わずその事を二回聞いた自分は悪くない。と思う。
「ありがとー火神君!
すっごく助かったよ、このおにぎりも美味しいし」
「・・・いやおにぎり位、誰でも作れる、です」
たどたどしい日本語もとい敬語に千代はこてりと首を傾げる。
その隣りで聞いていた背景担当の堀も疑問符を頭に浮かべているようである。
すると其処で、アシスタントにおいてオールラウンダーの野崎葵がフォローを入れた。
「火神君は長くアメリカにいてね、帰国子女なんだよ。ちなみにお隣りさん。
そういえば堀先輩はあまり話した事なかったですよね?
敬語がたどたどしいですけどまあちょっと位見逃してあげて下さい」
「お、おお?確かにあまり話した事無かったよな・・・えーと背景担当で三年の堀だ。
よろしくな」
「あ、私はベタ担当で二年の佐倉千代です」
「・・・誠凛高一年の火神大我。
メシスタント?って奴を修羅場の時中心にやってる、です」
きっかけは本当に些細なものだった筈だ。
もう殆ど忘れてしまったが、隣りの住人が漫画家だと知った時凄い衝撃を受けた事は覚えている。
「何つーか、その色々大丈夫、ですか?
作ってる間色々悲鳴とか聞こえてたんスけど、」
「大丈夫だよ、何とかなったし!ね葵ちゃん!」
「うん、かがみんも慣れようよ毎月恒例行事じゃない」
「その前に次はこうならないようにもっと計画しておくべきだろ・・・」
「えーと・・・」
「あ、はは・・・」
堀の溜息混じりの、且つまっとうな台詞に苦笑するしかなかった葵と千代。
返す言葉が無いのは火神にも伝わった。
微妙な空気を敢えてスルーし火神は机の上に置かれた原稿を手に取る。
「・・・そういやオレ、あまり原稿・・・つか少女漫画読まねーから凄い新鮮に見えるな・・・」
「え、そうなの火神君!?」
「ッス、」
「じゃあ一度読んでみたらどうだ?
野崎・・・ああ兄の方な、アイツも別に怒りはしないだろ。
なあ野崎妹」
「そうだね。友達とかにネタバレさえしなければ」
「しねーよ!流石のオレでも!
葵はオレをそういう風に見てたのか!?」
「冗談だよ」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながら葵は眠気を何とか吹き飛ばそうと洗面所に行こうと席を立つ。
それを横目で見ながら火神は手元の原稿を目を落とす。
「・・・これってどんな話なんだ?」
「そうだな・・・平凡なヒロインがモテる男に惚れて、其処から他の女をのし上がっていく話だ」
「へえ・・・・・・。
・・・・・・つまり、この漫画のヒーローは美形で頭良くてスポーツ万能で女子にすげーモテるって事、か?」
「う、うん大体合ってるよ」
「・・・・・・」
見た限り、優しそう?だし、・・・性格も、顔も良い・・・この話を読んでると女の扱いに慣れてそうだな・・・・・・・・・、あれ?
「・・・オレ、なんかこいつ知ってる・・・」
「え?少女漫画あまり読まないんでしょ?」
「そうなんだけどよ・・・もっとこう・・・よく知ってる奴に似てるというか・・・」
火神は何かを思い出そうと必死に頭を稼働させる。
一体誰だったか。
誠凛の誰かでは無かった筈だ。
それよりももっと前に・・・。
「美形で、物腰柔らかで、女によく囲まれていて、爽やかに且つ涼しげに笑う・・・」
ハッ、と火神の中で答えが閃いた。
そうだ、思い出した。
(辰也だ!!!)ヒーローのモデルと火神が思い描いていた人物が実は同一人物で、且つ鈴木→氷室と連想出来た火神に対し、大正解だという事を教えてあげられる人物はいなかった。
というわけで今までで一番続編希望のコメントが多かったので続編upしてみました。
以前雑記にて黒子キャラ一人位アシに欲しいなあと言っていた事を今回実行。
かがみんはマンションに住んでるしヒーローのモデルにすぐに気付きそうだなあと思ったので。
20140901