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兄に言いくるめられてあるマンションに引越ししてはや数日。
背景が描けないという漫画家として致命的な弱点を持つ兄に変わって背景を中心にアシスタントをしていた葵だったが、最近月刊誌で掲載される事が決定した今、深刻な悩みを兄と共に二人は抱えていた。

「・・・とりあえず兄さんはヒロインについてイメージを固めてね。
私はヒーローの方をやるから」
「分かった」

何だかんだ言って兄に甘い葵である。
傍から聞けば誤解しか招かない発言に律儀にツッコミを入れつつも最終的に承諾した葵が何処か生温かい弟の視線を向けられたのは良い思い出だ。



そして。
葵は現在、自身が通う学校にてネタになりそうな人を探して人間観察をしていたのだが、そう都合良く事は運ばなかった。


(分かっていたけどやっぱりネタになる人なんてそう簡単にいないよねえ)

学園もののヒーローか・・・やはり此処は王道に行くべき?
お金持ち学校で庶民の一般生徒と生徒会長の恋やら学級崩壊したクラスに転入していざ学級改革!とか?
・・・・・・うーん・・・結局兄さんの作品なんだし私に決定権があるわけじゃ無いし・・・・・・、


葵は学校に備え付けられていたベンチから立ち上がる。
人間観察に来たは良いがあまり人が来なかった。
これでは観察も出来やしない上、思い浮かぶネタも思い付かない。
どうしようかなあと思案に耽けたまま歩き出した、その瞬間。


「ぶふっ」
「わっ」

どん、と誰かにぶつかった。
そう認識した時には葵はよろけた末、尻餅をついてしまった。


「ご、ごめん!大丈夫!?」
「だ、大丈夫で・・・」

痛む体を抑えつつ、ぶつかった相手を見る。
其処にはやたら綺麗な顔をした男子生徒がいた。

「・・・・・・」
「思いっきり体を打ち付けてたから痛かったよね、大丈夫かい?」
「・・・・・・」
「えっと・・・」

「あれー室ちん?どうしたのー?」
「アツシ!」

ぽかん。
思わず凝視し固まっていた葵だったが急速に冷静さを取り戻した。
そしてその思考を無理矢理引き寄せ組み立てる。

今まで霧散し、ピンと来なかったが今なら出来る。
ぶつかった衝撃でネタの神様でも舞い降りたみたいだ。


ヒーローのモデルになりそうな人キタ――(゚∀゚)――!!
髪がサラサラで直毛、均衡のとれたスタイル、高身長!
少女漫画の王道、王子様系ヒーロー!
これだ!


葵の中で思考が止まった。否、纏まった。
彼女は自覚こそ無いが何処までも無自覚の奇行種で、それが人によってはドン引きされるという事を何回か起こしていた。


「すみません無理を承知で聞きますが貴方の名前を教えて下さいお願いします!!」
『・・・・・・』

くわっと鬼気迫る表情。
普通なら「何だこの非常識な娘は」と比較的緩い思考の持ち主である紫原でさえも思ってしまう台詞だったが、五十センチ近く身長差があるにも関わらず葵の勢いに言葉さえも出なかった。
尻餅をついていたのも何のその、体の痛みも吹っ飛んだ葵が立ち上がった事でより気迫が増した事に気付いたのは紫原とぶつかった張本人の氷室のみ。

「ええと、」
「お願いします!」

傍から見れば一目惚れだと思ってしまう光景だが残念ながら一文字も合っていない。
葵にとっては名前も念の為に聞いた方が、兄が「キャラの名前を考えるのが苦手」というこれまた漫画家として致命的な弱点を克服する為の資料としてなるのでは、という甘さの欠片も無い理由だった。
そして何より致命的だったのが、野崎葵という人間は自身の恋にあまり興味がなかった事である。
何せ兄に知られたら最後、格好の餌食になるのは目に見えている。

『・・・・・・』

そんなこんなで。
氷室は葵の謎の気迫により名前を教えたのだが、紫原は軽率だと今回は怒らなかった。
彼もまた、彼女の勢いに呑まれその光景をただ茫然と見守っていただけだったのだから同罪と言われたら同罪だった。



  □■□



「・・・・・・」
「・・・・・・」

沈黙が痛い。
紫原は自分に全く関係が無い筈なのに何故こんな仕打ちを受けなければいけないのか皆目見当がつかなかった。
それもこれも、原因は全部隣りにいるやたら花を飛ばしまくっているこの男の所為だ。


「・・・室ちん、いい加減にして。しつこい」
「え、何が?」
「花を飛ばさないでって言ってんの!
室ちん、あのヘンな女と会ってからずっとその調子だし・・・ていうか何でそんな顔してんの?」
「・・・そんな顔って?」
「物凄い顔が緩んでる」
「え、そんな顔してる?」
「してる」

紫原の真顔を見て氷室は少し顔を引き締めた。
花はいくつか減ったがそれでも全体的に花が咲いている。
・・・表現じゃなく、氷室が歩いた後を見たら花が落ちているように見える。
幻覚って進化するんだ・・・。


「氷室さん、ですか。へえ綺麗だし涼しげで良い名前ですね!」

名乗った後、すぐに発せられた葵の台詞。
満面の笑顔付きで言われたその言葉に氷室はあっけなく落ちた。

紫原はそれに気付いた。
だからこそ、このややこしそうな二人に巻き込まれる事を確信していた。

そして願った。
中学時代、完全無欠と言われた赤い彼に向けてこの男をどうにかしてくれ、と。


これは男子高校生でありながら少女漫画家の兄を持つ少女と帰国子女の男子校生が描く、奇妙な恋物語。

彼はこの後、少女によって自身が少女漫画のヒーローのモデルとして無断使用される事なんて予想だにしなかったのだがそれはまた別の話。

「月刊少女野崎くん」を知る人が何人いるのか分かりませんがアニメ化おめでとう!という事で黒子との混合小説。
詳細は雑記の追記にて記載中。
ヒロインのマミコは千代ちゃんとみこりんがモデルという事でしたが鈴木のモデルはいないなあと思い至り、最終的にこうなりました。
物凄く楽しかったです(*^^*)


20140809