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初めて会ったのは鬼になりたてで、右も左も分からなかった時。
人だった時も合わせて大体六歳前後といったところか。
そんな頃に彼女と出会った。

「・・・・・・何じゃこのボロ雑巾みたいな少年は」
「・・・・・・ボロ雑巾とは誰の事ですか」



夜空を切り裂いたかのような黒髪。
自分と同じ色とは到底思えない位綺麗な色だった。
膝裏まであるその髪をそのまま垂れ流しており、結う事さえもしていない。
装飾品を嫌っているのか分からなかったが、正確な数字は不明だがこれまで生きてきた人生の中で一番容姿が整っていると断言出来た。
―――それは今も、変わらない事実だけども。



雷光のような強い光が宿った紫紺の双眸。
桃の香りが不安しか無かった心を和らげた。
穏やかな雰囲気、自身の名前を閃いた時の表情、偏見ではなく自分そのものを見る視線。

全部、全部初めて与えられたモノ。

だから唯一絶対の存在となったのだ。
初めて出逢ったあの瞬間から。





二度目に出会ったのは何千年後の事。
たった一度だけ、何千年の時と比べたら瞬きに等しい時間しか過ごしていないのにも関わらず彼女の事は忘れられなかった。


「・・・・・・常人がこのような所まで来れる筈が無い。
そなた何者じゃ」

二度目の再会。
現世、人気が無いどころが彼女が言った通り一般人が辿り着けない場所にて太上道君は封印されていた。
真正面から向き合ったその顔は何も変わっていない。
抜けるような雪白な肌、濡れたような紅い口唇。
ただしあの時には無かった鈍色の鎖が嫌に主張していたのが非常に勘に触る。

「・・・こんな所にいたんですか。太上道君」

正直子供の頃の記憶なので美化されている事が多いが、記憶のものとあまり大差なかった。
おいそれと近寄れない、触れてはいけない高貴さに目眩がしそうになる。
やっと見付けた。
現実味がないようにも感じられる。
今にも抱きしめて存在を認識したいという願望が沸き起こるのをぐっと堪えた。



  ◎  



「・・・・・・ほう。そなた、常世の者か。
よくもまあこんな場所まで来れたものじゃ。
現世の者が此処まで辿り着く事はそうおらぬ、常世の者は逆にこんな辺鄙な場所に来ようとはせぬ・・・褒めてつかわす」
「・・・」
「しかも妾を太上道君と知っているとは。
世間一般で太上道君という存在は男と知られている筈じゃが、そなた何処でそれを知った?」
「・・・」

不敵に笑い、偉そうに黒髪をかき上げてみる。
さてどう出るのか。

「・・・何処で知ったのかと聞いておる」
「・・・」

無言。
相手はただ只管自分を凝視するだけで微動だにしない。
・・・封印の期間が長すぎて言葉が通じないなんてそんな馬鹿な事は認めたくないのだが。

「―――何しに来たのじゃ貴様!
妾の言葉が通じんと申すか!うんともすんとも言わんとは失礼にも程があるぞ!」
「!」

太上道君の怒号に鬼灯は流石に我に返った。
意図的に上の空になる事はあれどこんな事は初めてだ。
それ程までに、彼女に意識を奪われていたと?

「・・・貴女何か術でもかけましたか」
「何もしておらぬわこのたわけ!
妾が質問しておるのに何故そなたが質問するじゃ!オカシイじゃろ!」

ばしばしと鬼灯を叩く太上道君だが鬼灯は大したダメージを受けていない。
その間も半ば呆然と彼女を見る。

・・・掌で叩かれる感覚。本物か。

「・・・貴女を知っている理由なんて簡単ですよ。
昔貴女と会った事があり、それを今まで覚えていただけです」
「・・・妾が此処に百五十年程いるのだが、それより前の事か」
「ええ。気が遠くなる位昔の事です」
「そなた、名は?」
「・・・・・・・・・鬼灯と、申します」

心の何処かで願っていた。
先の言葉通り、あれから気が遠くなる程の月日が経った。
自分と同じように彼女も覚えている筈が無い。
だけど願わずにはいられなかった。

自分と同じように彼女も覚えていたら良いのに、と。


「・・・鬼灯、だと?」
「はい」

じわりじわりと紫紺の双眸が瞠目する。

「まさかとは思うが」
「お久しぶりです。何千年ぶりか忘れてしまいましたが息災なようで何よりです」
「は、」
「貴女が付けた名前を採用させて頂きました。有難う御座います。
・・・それはそうと、あの日からずっと探していたんですがまさかこんな所にいたとは思いませんでしたよ」
「・・・・・・あの時の童か。
随分と大きくなったな、・・・そうかあれからもうそんな月日が経ったのか」

じゃら、と鎖を鳴らしながら納得した表情を浮かべる。

「そうですよ。というか何ですかこの鎖」

鬼灯はずかずかと無遠慮に彼女の前にしゃがみ込む。
次いで華奢な手首についた枷を掬い上げる。
両手足に課せられた鈍色の枷からは細い鎖が伸びており、その先には岩の壁に打ち付けられている。
・・・地獄にも鎖なんぞ掃いて捨てる程あるが、これは何と言うか・・・。

「・・・鎖のように見えますが軽すぎますね。
ただの鎖ではないのですか?」
「気付いたか。なかなかに目敏いな」
「有難う御座います。・・・それで?
貴女なら簡単にこんな鎖断ち切れるでしょうに」
「これは封印術じゃ。
どれだけ歩いても走っても転んでも何をしても障害ではないが、妾の力ではこの封印を解く事は出来ん」
「・・・・・・封印?」

灰色がかった瞳がゆっくりと瞠目する。
それは予定外だとでも言うように、予想外だとでも言うように。

だが彼女としてもこれは不本意な封印だった。
しかもただの封印術ではない、力任せに解こうと思っても並大抵のものでは太刀打ち出来ない、強力な術。

太上道君は鬼灯の反応をよそに奥歯を噛み締める。
そして睨みつける。忌々し気に、恨めし気に。
自身の自由を奪い、今も尚蝕み続ける封印の象徴となる鎖を。ひたすらに。


『紅灯』初の小説。
時間軸は見ての通り再会話。原作前です。
これが病鬼灯だったら無理矢理裏に行くのも一つの未来だろうなあと思いつつ書いてました。
封神混合なのでいずれ太公望やら妲己と絡ませてみたいなあ。

20140603